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ロタとイリカ 独居老人、彼女を造る。  作者: KIZOOS
第三部 クミマル編(ロボット外見の章)
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59/83

58 ロタとリモリ、デスクワークと町工場。

  百三十八、


「えっ、一緒に帰るって、俺と?」

「うん」

「二人で?」

「そ。嫌?」

「嫌じゃないけどさ」


 リモリの誘いにロタが戸惑っていると、マノウが近付いてきて、

「まあ、外は夜道ですからね。この辺は田舎で、ひとけもないですので。送ってくださいとも言えませんけど、安全面を考えると、リモリ一人よりも、ロタさんとお二人の方が良いかもしれません」

「そりゃそうでしょうが……」

 ロタは語尾を濁す。

 内心、当然、

(俺がリモリさんに何かするかもとは思わんのかね?)

 との疑問が湧いたが、まさか、口に出すわけにもいかぬ。

 自分も五十代だし、いい年をして変に意識していると思われるのも心外な感じはする。

 だからといって、全く気遣わないのも駄目だ。自分は独身でもあるのだし。

 また、男性と二人きりになるだけで威圧感を覚える女性は多いという。体格や体力で自分を上回る相手だからだ。

 あるいは、もしも話がこじれたら、自分の社会的地位も揺らぎかねぬ。

(さあて、どうしたものか。ふうむ。こういう時、結婚してる男とかモテる男とかなら、受けるにせよ断るにせよ、スマートに切り抜けるんだろうけどな)

 そんな卑屈な思いも浮かぶロタ。


 一瞬、「マノウさんの帰り支度が終わるまでお待ちしますよ。三人で帰りましょう」という言葉がのど元まで出かかったが、それはそれでリモリに失礼な気もした。

 マノウも、ロタを信用しているからこその発言であろうし。それに、リモリとて、成人した大人の女性である。分別もつく。本人なりに、ロタや父親との距離感は考慮した上での判断であろう。


 しかし、だ。

(とりあえず、ワンクッションは置くか)

 と、ロタは腹の中で計算し、

「マノウさんも、割とすぐ、ここを出て家に帰られるんですよね?」

「ええ。あとはもう、奥の台所を確認するぐらいです」

「じゃあ、いずれにしても、後から追い付かれるかもしれませんね」

 マノウも、ロタの言外の意図を察したか、ほほを緩め、自然な真顔で首肯し、

「ええ、そうですね。私も、この後すぐに出ますので、追い付くかもしれないです」

「では、私たちは少しだけお先に出るということで」

「そうですね」

「うん、そういうことで」

 マノウの返事を真似るように、リモリもそう付け加えて、横目でロタを見上げてニヤッとした。

 クリクリと見開かれたその目は、まるで「気が済んだ?」とロタを冷やかしているかのようにも見えて、ロタは苦笑する。


 こうして、ロタはリモリと横に並んで、二人で工場を出発したのだった。



  百三十九、


 マノウの会社(町工場)を出る。

 門を抜けると、辺りは草や畑に囲まれている。その向こうには、山々の影もそびえている。

 昼間には暑さもあったが、今は涼しい。梅雨入りが近いためか、風は湿っているが。

 マノウは田舎と言っていたものの、外灯は設置されており、道を普通に歩く分には、明るさに支障はなさそうだ。

 とはいえ、確かにひとけはない。女の子一人で歩かせるのは、少々心配ではあろう。

(俺だって、ちょっと怖いしな)

 ロタはそう感じる。


 もっとも、今回、リモリから誘われず仮に一人で帰っていたとすれば、近くのバス停まで歩けばよかっただけなので、さほど長距離を歩かずに済んだわけだが。

 無論、一人で帰るよりも、リモリと二人の方がよい。滅多に会えぬ相手なのだし、貴重な機会ではある。

 若くきれいな女の子と一緒に帰ることができ、男として単純にうれしいというのもある。

 が、それだけとも言えない。人間的に、好感を持てるからでもある。


 ロタのすぐ右横を歩くリモリ。

 上はデニムパーカー。ズボンもデニムだ。ズボンの前部には、腰に大きなリボン。女の子っぽい。

 高さ的には、ロタの右肩の近くにリモリの頭がある。茶髪のショートカットである。

 ロタは長身だが、リモリは女子としては平均的な身長である。二人並ぶと、身長差は大き過ぎず小さ過ぎずかもしれない。


「おうちは、この辺なんでしょ?」

 ゆっくり歩きつつロタが尋ねると、リモリはロタを見上げ、

「そう。もう少し歩くと下りの山道があるんだけど、そこを抜けると着きますね。バス停もそばにあるから、それに乗れば、ロタさんも駅へ戻れますよ」

「工場最寄りのバス停と、路線は……」

 リモリは「うん」とうなずいて、

「同じです。たしか、バス停三個分くらい、駅に近くなるはず」


(そうか、俺としては、バス停三つ分の距離を歩かされるってわけだな)

 特に他意もなく、ロタは思った。

 すると、まるで見透かしたかのように、

「でもね、ロタさん。次のバスが来るの四十分後だよ。つまり、私とこうやって一緒に帰らなかったとしても、結局、同じバスに乗ってたと思うよ」

 リモリのこの指摘については、ロタも薄々気付いてはいた。しかし、リモリがそこまで見越していたことに驚いたロタは、

「そんなことにまで気を遣ってくれてたんですね。済みませんな、何か」

 リモリはぷっと噴き出し、

「ええー?

 そんな、お礼言われるようなことかな?」

 ロタは、歩きながら右を見下ろし、真面目にリモリと目を合わせ、

「いや、なかなかの気遣いだと思いますよ。私が二十歳(はたち)の頃、そこまで気が回ったとは思えないから」

 本音であった。

 なお、二十歳とは、今のリモリの年齢のことを言っている。

「そんなことないでしょ」

「いや、あるよ。やっぱり、リモリさんは社会に出られたのが早かったから、気配りとか、訓練されてるんじゃないの?」

 リモリは、高卒でマノウの工場へ入社していた。

 うーん、と軽くうなったリモリは、

「どうでしょうねー」


「仕事場は、やっぱり男性が多い?」

 ロタは質問しながら、以前読んだマノウの工場の会社概要を思い出す。たしか、従業員は十五名程度だったはずだ。

「はい。私以外、女性は一人だけ。あとは男性ですね。みんな、優しいけど」

「社長令嬢だものね」

 ロタは冗談めかす。

 多少の反発は予測していたのだが、

「うん。それで大事にされてる部分はあると思う」

 意外にも、素直に認めたリモリ。多少、喜んでいる風でもある。


「もしかして、マノウさんのお父さん、つまり先代からの社員さんもいらっしゃる?」

「います。二人。もう六十過ぎだけど。経験とか、すごいですよ」

「そうだろうね」

 ロタが横目でコクリと首肯すると、リモリと視線が一瞬合った。

 ロタは話を続け、

「私は、いわゆる普通の企業勤めですからね。新卒で採用され、定年が来れば退職。もう、とっくに十年を切ったからね。非正規雇用も多い中、未だに基本は年功序列だし、まあ恵まれてはいるけど」

「しかも、お仕事、好きなんでしょ。幸せじゃん」

「そうだね」

 ロタは肯定するものの、本題はそこではないので、すぐに言葉をつないで、

「ただ、そんな身からするとさ、マノウさんの会社みたいな代々続く町工場みたいな世界、私は知らないからさ。

 ちょっとまぶしい感じはするかな。いや、もちろん、甘くないのは分かってるつもりだけど」

「まぶしい、って?

 デスクワークとは違って人情味があるとか、それ系?」

「そこまでは言わないけどさ」

 リモリの口調が何となくとがったようにも聞こえたので、ロタは、出しかけた持論をやんわりと引っ込める。


 リモリもそれを悟ったか、深追いはしてこなかったものの、

「無い物ねだりだよ」

「やっぱりそうかなあ」

 というロタの相づちに、リモリは、

「もちろん、お互いに、だよ。デスクワークにだって人情の世界はあるんだろうしね。私らも、デスクワークとかに対して、色々考え過ぎちゃってるんじゃないの。幻想も偏見も持ってるよね。

 それとおんなじでさ、町工場も、納期に追われたり、お客様の御要望とズレちゃったり、大手の意向には逆らえなかったり。

 仕事の繁忙期と閑散期の差も激しいしね。うちはそうでもないんだけど、繁忙期には職人さんの確保が大変だったり、逆に閑散期には稼働率が下がって、固定費の負担が重かったり。

 町工場で、仲間同士で熱い議論を交わし合って、涙して、笑い合って、とか、そりゃ漫画やドラマではよくあるけど、実際はね。でも、そういう場面が全くないかと言えば、そうでもないし。そこは色々だけど。難しいよね」

「なるほどね」

 ロタは素直に受け止める。


 「親子」以上に年の離れた若者からズバズバ言われてしまったが、余り生意気だとは感じなかった。リモリなりの経験と苦労がにじんでいたからだ。

 また、

(それが生かされたからこそ、イリカもここまで育ったわけだしな)

 ロタはそうも思ったのだった。

「だからね、今日、イリカちゃんを造るために集まったのは、楽しかったなあ」

 リモリの突然の話題転換に、ロタは少々ビクッとなる。

 まさか、ロタとリモリとが、同時にイリカのことを思い浮かべるとは。不思議な符合であった。


「楽しかった?」

 ロタの問い返しに、リモリは明るく「うん」とつぶやいて二、三歩、早足でタタッとロタの前へ出て、手を後ろに組んで振り向き、

「みんなで集まってさ。何か、文化祭みたいでワクワクしたの。ドワキさんやハヤミさんは、室内でデスクワークというか、緻密に工程表を書いて、プログラミングして。クミマルさんと、私たち親子は、主に現場の作業で。もちろん、厳密には分けられないにしてもさ。

 そして、そんなみんなを、元はと言えばつなげたのはロタさんで」

 ロタは、フッと照れ笑いをする。

 リモリは、ロタの方をちらちら振り返りながら、ぽつりぽつりとしゃべる。

「なんか、そうやって、色んな仕事の、いいところが集まったみたいだった。イリカちゃんのロボットとサーバーを中心にして、あの場所がキラキラしてた。素敵だったなあ」

「そうだな。なるほど」

 ロタも強くうなずく。

 心から、その通りだと思った。


 二人の話題は、別の方向へと移っていく。

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