57 打ち上げ、そして解散。
百三十六、
いつの間にか、すっかり夜になっていた。深夜というほどではないが。
マノウのソフトウェアを使い、ロボイリカを再び椅子へ座らせた後、一同もそれぞれ椅子に座り、テーブルを囲む。
皆が持ち寄った食べ物がまだ大分残っていたため、片付けてゆく。
「このアジの押し寿司はどなたが?
おいしいわねえ」
クミマルの問いに、
「あっ、それ私です。地元の駅弁なんですけどね」
と、ロタが返事をする。
「ああ、そういえば有名ですよねえ」
クミマルがうなずくと、
「私もさっきいただいたけど、よく冷えてるよね」
と、リモリ。今はミカンの皮をむいている。ドワキの差し入れである。駅前で買ってきたらしいが。
ロタは、
「保冷剤で厳重にして持ってきたからね」
「長旅ですものね」
マノウが口を挟む。
「はい。まあ、ほとんど列車に乗ってましたから、冷房は効いてましたけどね。
長旅といえば、今日、脳イリカも空を飛んできたわけで」
ロタがハヤミへ話を振ると、
「そうですね。実を言いますと、ネット回線を利用し、私どもの研究所とマノウさんの工場とで、遠隔操作で動かす案もあったのですけど」
しゃべりつつ、ハヤミは缶コーヒーを一口ずつ飲む。
ハヤミと缶コーヒーは、何だか不思議な組み合わせだ。ハヤミには、高級ティーカップが似合う気がする。ロタの勝手なイメージだが。
「遠隔操作になさらなかったのは、やはり安定性の問題でしょうか?」
マノウが尋ねる。
マノウは、先ほどから余り飲食していない。客を迎え入れる側ということで、遠慮しているのかもしれない。
ハヤミは缶コーヒーを更に一口飲み、
「はい、それが大きいです。また、秘密保持という面でも不安がありましたし。通信を傍受されないようにするために、セキュリティーを厳重にする必要性も出てきますが、そうなりますと、そちらの専門の方を新たに探さなければいけなくなったでしょうから」
マノウは納得したように、
「私も、そちらは詳しくないですね」
「僕もだな」
ドワキも同意する。
ハヤミは二人へうなずいてから、
「それに、商品開発や学術研究をするわけではなく、ロタさんの個人的な恋人を造るわけですから。やはり、ロタさんも交えた形で、出来るだけ皆で顔を合わせて話した方が効果的かと」
「それはありますねえ」
と、次はクミマルが口を開き、
「イリカちゃんには二つの側面があると思うんですよねえ。一つは、ロタさんを癒やして、元気付ける役割を持ったイリカちゃん。だから当然、ロタさんの意向は大事」
「二つ目は、イリカちゃん自身?」
「そうね、リモリちゃん。
出来るだけ人間に近い動きや外見を実現させることによって、人工知能も違和感を抱かず成長していくわけで。うまく言えないけれど、やはり、私たち制作者側も、お互い、人間的な心配りが要るんじゃないかしら」
ハヤミも力強い口調で、
「まさに。今回、このプロジェクトに参加して、人工知能だけでは分からなかったことも随分と判明しましたから。そこの波及効果は計り知れないです。
イリカちゃんの件自体は秘密でも、途中で発見した理論や法則はたくさんありましたので。随分、論文も書きましたよ」
マノウも、声を大きめに、
「まあ、それをおっしゃるなら、こちらこそですけどね。私のロボットを、よもや、あの著名なハヤミ先生の人工知能で動かす日が来ようとは。どれだけ貴重な経験になったことか」
「そうだね、それはね。夢みたいだよね」
と、リモリも首肯する。
ハヤミは困ったように苦笑して押し黙ってしまったが、恐らく、マノウ・リモリ親子にとっては本音であったに違いない。
百三十七、
六人は、それからも色々な話をした。
一人ずつにとって、自分とは異なる分野の人脈も広がり、情報交換も出来て、有意義な機会となったようである。
ロタとしても、楽しいひとときであった。
やがて、後片付けが始まった。
サーバーは、第三者が操作できぬよう暗号化が施され、マノウの工場内の金庫にて厳重に保管される。
明日、ハヤミが夫、同僚と共に取りに来る。
ロタも立ち会うと申し出たが、明日のその集合時刻と、ロタの乗る高速列車の発車時刻が近いので、取りやめになった。
また、ハヤミによれば、たとえロタが立ち会っても、特にやることもないという。
「言われてみればそうでしょうな。では、お二人にはよろしくお伝えください」
と、ロタも素直に引き下がる。
(依頼者である俺と、ハヤミさんの夫や同僚と、会わせたくないのかもしれないしな)
と、ハヤミの心情もくみ取るロタ。
考え過ぎかとも思ったが。
もし、面と向かってハヤミへこれを聞いたとしたら、「誤解です。そこまでは思ってないですよ」などと苦笑されそうだ。
しかし、社会人の世界では、こういうちょっとした機微が大切な場合もある。
さて、こうして、一人、また一人と帰って行く。
クミマルは近隣県の知人の家へ泊まり、ドワキ、ハヤミは、それぞれ違う宿泊施設へ。ロタのホテルとも別々であった。
まず、ハヤミが工場を去った。
去り際、ハヤミとリモリが会話を交わす。
「さようなら、リモリさん。さっきも言ったけれど、ずっと会いたいと思ってましたから、今日はうれしかったですよ」
「いえっ、私の方こそ。あのっ、これ、今日、ハヤミ先生にずっと言いたかったんですけど」
「なんでしょう?」
「ハヤミ先生は、昔、テレビの教育番組に出てましたよね。夜八時からの」
ハヤミは目を見開き、
「えっ。はい、まあ、出てましたけど。十年前でしたかね」
笑顔ではあるが、全くの予想外だったらしく、珍しく動揺した様子のハヤミ。
そのテレビは、ロタも多少見た記憶がある。
たしか、家族向けの理科番組だった気がする。
リモリにとって他意はなかった模様で、「ハヤミを驚かせよう」などと考えてはいなかったようだ。
そのためか、ハヤミの反応に気を揉んだような顔で、両手を上げてハヤミの肩へ触る仕草をし、
「わっ、わっ。な、なんかごめんなさい。あんまり、話題にしない方がよかったですか?
私、子供の頃、あの番組、毎週見てたんです。アナウンサーが色々実験して、スタジオの科学者が解説する流れでしたよね」
「ええ、その科学者の、何人かの一人が私でしたね」
と、ハヤミは既に冷静になったようで、優しい笑みへ戻り、
「そんな、謝らないで。別に、黒歴史とかタブーとかではないから。ただ、期間も半年くらいでしたし、まさか覚えてる人がいたなんてね」
マノウが間に入り、
「家族で見ておりましたよ。あの番組の影響もあって、娘は理系へ興味が出たようです」
「ありがとうございます。照れ臭いですが、でも、とてもうれしいですよ」
ハヤミが、マノウを見、次にリモリを見て礼を述べた。
その場も和んだ雰囲気。
これまで、マノウたちが表明してきたハヤミへの尊敬の念が、社交辞令ではなかったことが改めて証明され、皆が好印象を持ったようであった。
ハヤミが工場を出た後、しばらくしてからクミマルも帰り支度を終え、
「じゃあ、私もこれで。次はイリカちゃんの脚の皮膚を造る作業かしらね。めどが付いたら、また相談しますわ」
「はい」
去り際のクミマルの言葉に、マノウとリモリがうなずいた。
長身で肩幅もある、クミマルの鍛え上げられた広い背中を、見送るロタたち。
続いてはドワキ。
「じゃあな、ロタ。明日、早いんだろう」
「ああ、俺は列車だからな。昼にはこの地を離れるよ。ドワキはもう少し遊んでいくのかい?」
ロタの問いに、ドワキは破顔して、
「そうだね。明日はせっかくだから早めに起きて、夕方まで観光してから帰るよ。飛行機でね」
「気を付けてな」
「お前さんもな」
ドワキも、鞄を抱えて、宿へと引き上げていった。
それから、工場全体の明かりも徐々に消されていく。
ロタは、自分がこの集まりの中心ということもあり、後片付けや整理を積極的に手伝う。
が、そのうち、マノウから、
「ありがとうございました。助かりました。もう、あとは明日、私どもでやりますので」
と告げられたため、自分の荷物をまとめ始める。
「なーんか静かになっちゃって、寂しいね」
リモリの声が、コンクリートの壁や天井に高く反響する。
「そうだね」
鞄のファスナーを閉めながら、ロタが返事をする。
「イリカちゃんも動かなくなったし」
「そうだな」
答えつつ、ロタがリモリの方へ顔を上げると、やや離れた位置に立つリモリがこちらを眺めていた。
この時、ロタとロボイリカは近くにおり、リモリの視界にはちょうど「二人」が真ん中に並んでいたかもしれない。
ロタは、大きな鞄を肩から提げ、
「じゃあ、またな、イリカ」
と、イリカへ歩み寄る。
ロボイリカは、だいぶ前に電源を落とされ、うつむいた姿勢で椅子に座らされている。
ロタは、そのロボイリカの頭をゆっくりと撫でる。ひんやりしていた。金属製の、つるりとした、丸い金色の頭。
光の消えた二つの透明な瞳が、ボコッと飛び出た状態で、顔の前面に付いている。瞳は、部屋の明かりを反射させていた。
傍らで見守るリモリは、軽やかにフフッと笑った後、工場の奥の方を向く。
奥ではマノウが、工具類を箱にしまっている。
リモリは大声で、
「お父さん、私、そろそろ帰るけど」
「うん、先に出てていいよ」
背中を向けたままでマノウの声が飛んできた。
「ロタさん、途中まで一緒に帰ろ」
不意にリモリから提案され、ロタは驚いて振り返った。




