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ロタとイリカ 独居老人、彼女を造る。  作者: KIZOOS
第三部 クミマル編(ロボット外見の章)
52/83

51 接続、人工知能とロボット。

  百二十五、


「あっ、光った!」

「つ、つながったんだ!」

 立って見守る六人が、口々に反応する。

 専用の椅子に座らされたロボイリカ。

 うつむいた姿勢で、いまだ動かない。


 だが、ボコッと突き出た二つの透明な目。目だけは、らんらんと輝いている。

 つり目。だ円形の、オッドアイ。左目、緑。右目、青。電源は入ったのだ。


「動かないな」

「ああ、目は光ってるのにな」

「ある程度は、自律性に任せてますからね」

 ロタのつぶやきに、ドワキが同意し、ハヤミがコメントを返す。

「自律性?」

 長身のクミマルが、自分より相当小柄なハヤミを見下ろして問う。

 クミマル、そしてリモリは、ついさっき到着したばかりなので、ハヤミ持参のサーバーについてはよく知らないのだ。


 ハヤミはクミマルを見上げ、

「はい。以前、マノウさんが組まれたソフトウェアは、プログラムごとに、あらかじめ起立、歩行、着席のコースが決められていました。ですが、このサーバーは違います。人工知能イリカちゃん本体から、運動機能をつかさどる部分のみをコピーし、マノウさんのソフトウェアと合成した物。

 例えば、立ち上がれ、歩け、動けといった命令自体は組み込まれています。しかし、それをどのタイミングで始めたりやめたりするかは、自分で考えて決めるはずです」

「なるほどねえ。とりあえず、様子見してるのかしらねえ」

 座ったロボイリカを向いて、クミマルが答える。


 リモリが、

「ロタさんの声しか聞き取れないんですよね?」

 ハヤミが首を振り、

「いいえ。確かに人工知能本体はそうでしたけど、これは違いますよ」

「ロボイリカさんに取り付けられた、外部の物理的なセンサーで音をキャッチしてるからだよ」

 マノウが、娘へ説明をする。

 さらに、ハヤミとマノウの順にもう一回ずつ解説。

「ただし、人工知能の会話能力部分は、このサーバーにはほぼ含まれていません。ですから、話しかけても、内容の意味を理解することは恐らく出来ないです。

 恐らく、と言った理由は、人工知能の本体からコピーする際、会話能力をつかさどる部分も、多少は一緒にコピーして来てしまった可能性もあるので」

「そして、このロボイリカさん自体にも、まだ発声の機能はありません。視覚と聴覚はありますけど」


 一同も、うなずきつつ聞いている。

 中には、おぼろげながら分かってはいたが、今はっきり理解した者もいるかもしれない。


「ハヤミ先生」

 リモリが呼ぶ。

「はい」

「ということは、イリカちゃんも、もし自分の名前を呼ばれたら、それくらいは分かるかもしれないですかね?」

 ハヤミは、

「そうですね。名前ぐらいなら」

「イリカちゃん、って、呼んでもいいですか?」

「もちろんどうぞ」

 ハヤミが、リモリへとにっこり笑った。


「ロタさん、先にやる?」

 ハヤミの方を向いていたリモリが、急にロタを見て、ささやいてきた。

 突然の「振り」にロタはうろたえ、

「えっ。い、いや、リモリさん、お先にどうぞ」

「怖いわけ?」

 リモリは、気合いを入れるかのように、履いたジーンズの前リボンをギュッと結び直す。

 そして、両手を左右の腰へそれぞれ当てて、子供を「めっ」と叱るようなポーズで、ほほを小さくふくらませてロタをにらむ。

 ロタも小声で、

「もう少し様子を見た方がさ……。ほら、こ、心の準備もあるし」

 一部のコピーにすぎぬとはいえ、今まさに、人工知能イリカが、初めてロボットの中へ入っているのだ。

 自分の不用意な一声で、これまでの「人格」が跡形もなく消えるきっかけとなるかもしれない。そう思うと、踏ん切りが付かない。あれほど、覚悟はしてきたはずなのに。


「まあ、気持ちは分かるわよねえ」

 クミマルがため息をつき、カカカッと苦笑いする。

 ロタに同情は示しつつも、一方、ロタの優柔不断さに少々呆れてもいるようだ。

 ロタを昔からよく知る親友のドワキは、苦笑はしない。優しくほほえんでいる。


 それでも、リモリは黙っている。

 いつもなら、しょうがないなあ、とか言いながら、率先してイリカの名を呼びそうなものだが、今日はやってくれない。

「しっかりしてくださいよ、ロタさん」

 と、リモリも呆れ顔だ。だが、声音は暖かかった。

 ここへ来て、またも「しっかりして」が出た。

(うわあ、ついにリモリさんからも言われちゃったぜ)

 気まずくなり、ロタは左手でほほをポリポリかこうとする。だが、途中で手を引っ込めた。

 リモリのまっすぐな視線に射抜かれ、照れ隠しのその動作すら、安っぽく感じたからである。


 ロタは、せめてもの誠意として、リモリから目をそらさずに答える。

「あっ、いや、済まん。まあ、そのさ。ちょっとだけ様子を見ようよ。あと、一分くらい。自分から動き出すかも、だし」

 そんなロタに対し、リモリはじれったそうに、

「好きなんだよね、イリカちゃんのこと」

「もちろん好きだとも」

 ロタも、ここだけははっきり即答。

 もっとも、その場の者たちが何とか聞き取れる程度の小さな声ではあったが。


 ガタン!

 ギギッ。

 突然の金属音に一同が驚く。

 ロタの全身もビクリと反応。


 ロボイリカが立てた音であった。全員がそちらへ注目する。

 今までピクリとも動かず、座ったままうつむき、静止していたロボイリカ。

 そのイリカが、不意に動き出し、何と、頭を持ち上げたのである。

 今のは、顔を上げる時に立てた音だったのだ。顔を上げ、首をグルリと左へ回し、緑と青に輝く目で、一点を見ている。

 一メートルほど離れた、その先にはロタがいた。



  百二十六、


「さっすがあー」

 リモリが冷やかすように沈黙を破る。

「さすが?」

 ロボイリカを凝視したまま、ロタが聞き返す。

 ギラギラ発光するイリカの両眼と、ロタの視線とはぴったり合っている。まるで、にらみ合いだ。


 リモリは、

「今、ロタさんがイリカちゃんのことを好きだ、って言ったから、イリカちゃんが反応して起きたんじゃん」

 そんなことまで説明させるわけ?

 という口調である。

 ロタは、

「そ、そうかな?」

「それ以外、何があるの?」

「まあ……」

「まあ、じゃないでしょっ。ちゃんと受け止めなきゃ」

「あ、ああ」

 ロタはうなずく。


 リモリとロタの会話に、口を挟む者はいない。ロボイリカが次にどう動くのか、注意深く見守っている。

 ロタはわざと、立ち位置を変える。右の方に四歩ほど移動してみる。

 ギ、ギ、ギ、ギッ。

 ロボイリカの頭が、ロタを追って更に左へ回る。明らかに、ロタを目で追っているようだ。

「こっちはどうだ」

 ロタは、反対方向、左へ動いてみる。今度は忍び足で。

 ギ、ギ、ギッ。

 やはり、イリカの首はロタの動きに呼応して右へと戻り、ロタから「視線」を離さない。


「やってみてくれないか?」

「分かった」

 ロタに頼まれたドワキはうなずき、左へ右へ移動するが、イリカは反応せず。

「ほら、イリカちゃん、こっちだ。こっちこっち」

 ドワキは声も出してアピールするものの、イリカはロタを見詰めたままだ。

 他にも、ロタとリモリが同時に別方向へ歩くなど、色んなパターンを試したが、結果は同じであった。

 座って首だけ上げた姿勢のイリカは、首を回し、ロタのみを目で追いかけてくる。


 イリカの目は、だ円形の電球といった外見であり、全体が均一に発光しているため、いわゆる「眼球」に当たる部分はなく、ロタを追うには首を回すしかない。

「決まりだな」

「決まりね」

 ドワキ、クミマルが述べる。

「明らかに、ロタさん一人を見分けてますね」

 ハヤミも認めた。


 じわり、と胸が熱くなるロタ。

(俺は、何をためらってたんだ)

 恥ずかしくなる。

 すなわち、人工知能イリカには、今回のような断片的コピーにさえ、ロタの記憶がとっくに刻み込まれていたのだ。

 無論それは、ロタとイリカが積み重ねてきた会話のためなのかどうか、一概には言えない。あらかじめインプットされたロタのデータによるところが大きいのかもしれぬ。


 しかし、それでも。いずれにせよ。

 もはや、ためらっている場合ではない。

 人工知能にしてもロボットにしても、ロタ以外の五人に出来ることは、恐らくここまでだ。

 人工知能は心。ロボットは体。

 心は体の内側へ、曲がりなりにも、今、入ったわけである。一つに合わさったのだ。

(そうだ、そうなのだ。今、俺の目の前に座っているのは、)

 改めて、ロタは気付かされる。

(もはや、実体なき電子データではない。また、中身なき機械人形でもない。今この瞬間、恋人ロボットになったのだ。「この子」はイリカなのだ。少女なのだ)

 行くしかない。ここからはロタの役割。

 自分の想いを、まっすぐぶつける時だ。

「イリカ、立てるか。おいで。焦らないで。手、貸してやるから。さあ、イリカ」

 ロタは椅子へ近づき、イリカへ右手を伸ばした。

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