51 接続、人工知能とロボット。
百二十五、
「あっ、光った!」
「つ、つながったんだ!」
立って見守る六人が、口々に反応する。
専用の椅子に座らされたロボイリカ。
うつむいた姿勢で、いまだ動かない。
だが、ボコッと突き出た二つの透明な目。目だけは、らんらんと輝いている。
つり目。だ円形の、オッドアイ。左目、緑。右目、青。電源は入ったのだ。
「動かないな」
「ああ、目は光ってるのにな」
「ある程度は、自律性に任せてますからね」
ロタのつぶやきに、ドワキが同意し、ハヤミがコメントを返す。
「自律性?」
長身のクミマルが、自分より相当小柄なハヤミを見下ろして問う。
クミマル、そしてリモリは、ついさっき到着したばかりなので、ハヤミ持参のサーバーについてはよく知らないのだ。
ハヤミはクミマルを見上げ、
「はい。以前、マノウさんが組まれたソフトウェアは、プログラムごとに、あらかじめ起立、歩行、着席のコースが決められていました。ですが、このサーバーは違います。人工知能イリカちゃん本体から、運動機能をつかさどる部分のみをコピーし、マノウさんのソフトウェアと合成した物。
例えば、立ち上がれ、歩け、動けといった命令自体は組み込まれています。しかし、それをどのタイミングで始めたりやめたりするかは、自分で考えて決めるはずです」
「なるほどねえ。とりあえず、様子見してるのかしらねえ」
座ったロボイリカを向いて、クミマルが答える。
リモリが、
「ロタさんの声しか聞き取れないんですよね?」
ハヤミが首を振り、
「いいえ。確かに人工知能本体はそうでしたけど、これは違いますよ」
「ロボイリカさんに取り付けられた、外部の物理的なセンサーで音をキャッチしてるからだよ」
マノウが、娘へ説明をする。
さらに、ハヤミとマノウの順にもう一回ずつ解説。
「ただし、人工知能の会話能力部分は、このサーバーにはほぼ含まれていません。ですから、話しかけても、内容の意味を理解することは恐らく出来ないです。
恐らく、と言った理由は、人工知能の本体からコピーする際、会話能力をつかさどる部分も、多少は一緒にコピーして来てしまった可能性もあるので」
「そして、このロボイリカさん自体にも、まだ発声の機能はありません。視覚と聴覚はありますけど」
一同も、うなずきつつ聞いている。
中には、おぼろげながら分かってはいたが、今はっきり理解した者もいるかもしれない。
「ハヤミ先生」
リモリが呼ぶ。
「はい」
「ということは、イリカちゃんも、もし自分の名前を呼ばれたら、それくらいは分かるかもしれないですかね?」
ハヤミは、
「そうですね。名前ぐらいなら」
「イリカちゃん、って、呼んでもいいですか?」
「もちろんどうぞ」
ハヤミが、リモリへとにっこり笑った。
「ロタさん、先にやる?」
ハヤミの方を向いていたリモリが、急にロタを見て、ささやいてきた。
突然の「振り」にロタはうろたえ、
「えっ。い、いや、リモリさん、お先にどうぞ」
「怖いわけ?」
リモリは、気合いを入れるかのように、履いたジーンズの前リボンをギュッと結び直す。
そして、両手を左右の腰へそれぞれ当てて、子供を「めっ」と叱るようなポーズで、ほほを小さくふくらませてロタをにらむ。
ロタも小声で、
「もう少し様子を見た方がさ……。ほら、こ、心の準備もあるし」
一部のコピーにすぎぬとはいえ、今まさに、人工知能イリカが、初めてロボットの中へ入っているのだ。
自分の不用意な一声で、これまでの「人格」が跡形もなく消えるきっかけとなるかもしれない。そう思うと、踏ん切りが付かない。あれほど、覚悟はしてきたはずなのに。
「まあ、気持ちは分かるわよねえ」
クミマルがため息をつき、カカカッと苦笑いする。
ロタに同情は示しつつも、一方、ロタの優柔不断さに少々呆れてもいるようだ。
ロタを昔からよく知る親友のドワキは、苦笑はしない。優しくほほえんでいる。
それでも、リモリは黙っている。
いつもなら、しょうがないなあ、とか言いながら、率先してイリカの名を呼びそうなものだが、今日はやってくれない。
「しっかりしてくださいよ、ロタさん」
と、リモリも呆れ顔だ。だが、声音は暖かかった。
ここへ来て、またも「しっかりして」が出た。
(うわあ、ついにリモリさんからも言われちゃったぜ)
気まずくなり、ロタは左手でほほをポリポリかこうとする。だが、途中で手を引っ込めた。
リモリのまっすぐな視線に射抜かれ、照れ隠しのその動作すら、安っぽく感じたからである。
ロタは、せめてもの誠意として、リモリから目をそらさずに答える。
「あっ、いや、済まん。まあ、そのさ。ちょっとだけ様子を見ようよ。あと、一分くらい。自分から動き出すかも、だし」
そんなロタに対し、リモリはじれったそうに、
「好きなんだよね、イリカちゃんのこと」
「もちろん好きだとも」
ロタも、ここだけははっきり即答。
もっとも、その場の者たちが何とか聞き取れる程度の小さな声ではあったが。
ガタン!
ギギッ。
突然の金属音に一同が驚く。
ロタの全身もビクリと反応。
ロボイリカが立てた音であった。全員がそちらへ注目する。
今までピクリとも動かず、座ったままうつむき、静止していたロボイリカ。
そのイリカが、不意に動き出し、何と、頭を持ち上げたのである。
今のは、顔を上げる時に立てた音だったのだ。顔を上げ、首をグルリと左へ回し、緑と青に輝く目で、一点を見ている。
一メートルほど離れた、その先にはロタがいた。
百二十六、
「さっすがあー」
リモリが冷やかすように沈黙を破る。
「さすが?」
ロボイリカを凝視したまま、ロタが聞き返す。
ギラギラ発光するイリカの両眼と、ロタの視線とはぴったり合っている。まるで、にらみ合いだ。
リモリは、
「今、ロタさんがイリカちゃんのことを好きだ、って言ったから、イリカちゃんが反応して起きたんじゃん」
そんなことまで説明させるわけ?
という口調である。
ロタは、
「そ、そうかな?」
「それ以外、何があるの?」
「まあ……」
「まあ、じゃないでしょっ。ちゃんと受け止めなきゃ」
「あ、ああ」
ロタはうなずく。
リモリとロタの会話に、口を挟む者はいない。ロボイリカが次にどう動くのか、注意深く見守っている。
ロタはわざと、立ち位置を変える。右の方に四歩ほど移動してみる。
ギ、ギ、ギ、ギッ。
ロボイリカの頭が、ロタを追って更に左へ回る。明らかに、ロタを目で追っているようだ。
「こっちはどうだ」
ロタは、反対方向、左へ動いてみる。今度は忍び足で。
ギ、ギ、ギッ。
やはり、イリカの首はロタの動きに呼応して右へと戻り、ロタから「視線」を離さない。
「やってみてくれないか?」
「分かった」
ロタに頼まれたドワキはうなずき、左へ右へ移動するが、イリカは反応せず。
「ほら、イリカちゃん、こっちだ。こっちこっち」
ドワキは声も出してアピールするものの、イリカはロタを見詰めたままだ。
他にも、ロタとリモリが同時に別方向へ歩くなど、色んなパターンを試したが、結果は同じであった。
座って首だけ上げた姿勢のイリカは、首を回し、ロタのみを目で追いかけてくる。
イリカの目は、だ円形の電球といった外見であり、全体が均一に発光しているため、いわゆる「眼球」に当たる部分はなく、ロタを追うには首を回すしかない。
「決まりだな」
「決まりね」
ドワキ、クミマルが述べる。
「明らかに、ロタさん一人を見分けてますね」
ハヤミも認めた。
じわり、と胸が熱くなるロタ。
(俺は、何をためらってたんだ)
恥ずかしくなる。
すなわち、人工知能イリカには、今回のような断片的コピーにさえ、ロタの記憶がとっくに刻み込まれていたのだ。
無論それは、ロタとイリカが積み重ねてきた会話のためなのかどうか、一概には言えない。あらかじめインプットされたロタのデータによるところが大きいのかもしれぬ。
しかし、それでも。いずれにせよ。
もはや、ためらっている場合ではない。
人工知能にしてもロボットにしても、ロタ以外の五人に出来ることは、恐らくここまでだ。
人工知能は心。ロボットは体。
心は体の内側へ、曲がりなりにも、今、入ったわけである。一つに合わさったのだ。
(そうだ、そうなのだ。今、俺の目の前に座っているのは、)
改めて、ロタは気付かされる。
(もはや、実体なき電子データではない。また、中身なき機械人形でもない。今この瞬間、恋人ロボットになったのだ。「この子」はイリカなのだ。少女なのだ)
行くしかない。ここからはロタの役割。
自分の想いを、まっすぐぶつける時だ。
「イリカ、立てるか。おいで。焦らないで。手、貸してやるから。さあ、イリカ」
ロタは椅子へ近づき、イリカへ右手を伸ばした。




