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ロタとイリカ 独居老人、彼女を造る。  作者: KIZOOS
第三部 クミマル編(ロボット外見の章)
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53/83

52 手を伸ばし、手を握り。

  百二十七、


「お、おい、大丈夫なのかロタ、いきなり手をつかまれたりしたら……」

 ドワキが心配そうな声を上げる。

「大丈夫です。ロボイリカさんの握力はマックスでも、幼児の握力並みです」

 マノウが早口で説明する。

「それは良かった。失礼なこと申しまして」

 ドワキが会釈すると、

「いえいえ」

 とマノウ。


「さあ、イリカ。心配しないで手を出せよ」

 再度、ロタは促す。

 椅子に座ったロボイリカ。両腕はだらりと下へ垂らしたままで、頭のみを持ち上げ、ロタを見ている。

 両眼は電球のように明るく輝いているが、そばで見つめても余り眩しくはない。マノウによれば、人の目に優しい光源を採用しているという。


「さあ、イリカ、ゆっくり立ってみないか。こっちへおいで」

 だが、手を伸ばしたロタの呼びかけに、ロボイリカは応じない。

 大きな瞳でロタをじっと見てはいる。

 そして、ロタを目で追ってきている以上、故障ではあるまい。

 台車に載せられた、サーバーの筐体(きょうたい)。

 その外側に取り付けられたメーターやダイオード等の状態を観察しながら、ハヤミが、

「特にエラーの反応もありません。一応、脳と体との接続自体には成功しているようなのですけどね」

「そうですか。うーん」

 ロタがうなる。

 ロボイリカは「無表情」な造り。大きな目だけが特徴。

 顔には、他に飾りとして小さな「鼻」がとがっているのみで、口はなく、喜怒哀楽は表現できぬ。

(イリカは今、ロボットの内側から俺を見て、一体、何を考えているんだろう)


「クミマルさん」

「えっ、私?

 はい」

 突然振り向いて名を呼んできたロタへ、少々戸惑うようなクミマルの反応。

 大柄なクミマルを見上げ、ロタは質問する。

「専門家の御意見を伺いたいんですが」

「どうぞ。何かしら?」

「例えば、腕や手をうまく動かせない患者さんを治療する際、クミマルさんならどんな順序で行いますかね?」

 整体師の資格を持ち、医療器具の研究もするクミマルへ、助言を求めたのだ。

 ロタの真意をすぐクミマルも読み取ったらしく、柔和な笑みで解説する。

「ああ、そういうことね。なるほど。そうねえ、まあ、症状によるわねえ。関節回りに炎症が出来てたら、まずマッサージかな。もし筋肉を移植したなら、長いリハビリ。それを回避したいなら、人工関節もあり。

 脳障害の場合、運動の前に、筋力やバランス感覚の改善が先かも。で、体の動かし方を、脳へ改めて学習し直させることもあるわよ。

 ただ、この辺は私の専門外だけれど。私は、いわゆるリハビリテーション職ではないから。ちゃんとした医療行為は、理学療法士、作業療法士の領域です。

 イリカちゃんは、今言ったどれにも当てはまりそうよね。まさに今、脳が体を動かそうとしてるわけですからねえ。とりあえずは……そうね、やっぱりひじの曲げ伸ばしがいいんじゃないかしら」

「ありがとうございます。やってみます」

 ロタは礼を述べると、前へ向き直り、軽く前かがみになって、ロボイリカの右腕を持ち上げる。両手を使い、ロボイリカの右手を挟むようにして握る。

 イリカの手は、ロタの手よりも二回りほど大きいが、以前に比べればだいぶ人間の手に似てきている。

「おお、結構、温かいな」

 とのロタのコメントへ、ドワキが、

「へえ、温かいんだな」

「ああ。さっき、手の皮膚をかぶせた時、皮膚はひんやりしてたんだけどな」

 首肯するロタへ、マノウが静かな声で、

「中の機械部分は、ある程度の熱を帯びますからね。それが、人工皮膚を通して外へも伝わってるのでしょう」

「証明されたじゃん」

「何が?」

 リモリのセリフには主語がないため、ロタが横目で聞き返すと、リモリはちらりとハヤミの方も見やり、

「ちゃんと電源が入ってることが、だよ。目が点灯してるだけじゃ、ちょっと心もとないじゃん。まあ、首も動いてるけど。でも、手も温かいんでしょ?

 じゃあ、もう大丈夫だよ。ハヤミ先生のサーバーは、明らかにロボットとつながってるんだよ。今、イリカちゃんは、ロボット内部から外を見て、動き出すタイミングを見計らってるんだと思います」

「ありがとう」

 と、ハヤミがリモリへ頭を下げる。

「ということは、」

 クミマルのアドバイス通り、ロボイリカの右腕を、ゆっくりと曲げ伸ばししながら、ロタが言葉を発し、

「あとは、きっかけ次第なんだろうか。なあ、イリカ、どう思う?」

 ロタは、イリカの緑と赤の目を見つめ返し、そう問うのだった。



  百二十八、


 しかしながら、ロボイリカは無反応だ。

 ロタが握っているイリカの右手にも、右腕にも、力が入る様子はない。

「そうだ、いいこと考えたぜ」

 ふと、ロタは一つの思い付きをした。

 イリカの右腕は持ち上げたまま、後ろを振り返り、他の五人全員を見回し、

「皆様、ちょっと座ってください。立ったままでは疲れますんで。ちょっと今から、イリカとじっくり向き合ってみます」

「どういうことだ?」

 ドワキが尋ねてくる。

 ロタは、

「これから、ゆっくり何度も話しかけてみようかと思ってさ。機械相手におかしいかもしれないが、心を開く、というかさ」

「イリカちゃんを説得しようってわけ?」

 リモリが尋ねる。面白がるような笑顔。ロタの提案が直感的に気に入ったらしい。

 早速、手近な椅子をギーッと片手で引き寄せ、リモリはどっかり座った。

「そうだね。このサーバー内からは、会話能力の部分はほぼ除かれてるようだけど、多少は含まれてるみたいだから」

 ロタは答えた。

 率先して座ってくれたリモリの若い機転が、うれしかった。


 ハヤミも、

「そうですね、いいかもしれません。まだ、外部音声の聞き取りに、慣れていないのかもしれませんし。落ち着いたら、腕や脚を動かし始めるかも」

 パイプ椅子に座り、膝をそろえるハヤミ。

 他の面々も、それぞれ椅子に腰かけた。距離としては、ロタの背後の三メートルほどを、大体横並びでぐるりと囲むような形。


 そばにはテーブルもある。

「最低でも、十五分かそこらは、かかるかも。どうぞ皆さん、お菓子とか召し上がりながら」

 後ろを向いたロタが、五人の顔を見渡しつつ述べた。

 そう、テーブルの上には、菓子や軽食、飲み物類がたくさん載せられていた。今日、色んな場所から全員が集まったため、それぞれが差し入れとして持ち寄ったのである。

 駅弁、土地の名物、コンビニのパン。ペットボトルの飲料、缶コーヒーなど。中には、保冷剤やクーラーボックスが用いられた物も。

 今日の作業が夜遅くにまで及ぶことも見越して、特に打ち合わせをしたわけでもないのだが、皆が道中で買ってきたのだった。

 そのうちの幾つかは既に皆で食べられ、飲まれていたが、大部分はまだ手つかずであった。


「そうですね」

「分かった、じゃあ、いただきながら」

 ハヤミ、ドワキが言う。

 ロタは前に向き直り、ロボイリカの右手を自らの両手で握り直す。

 いまだ、イリカは動かない。

 かがんだ姿勢のロタは、イリカの光る目をのぞき込んでにっこりした。

 背後では、他の五人が声を掛け合いながら菓子を開封したり、飲み物を注いだりする音がした。


 ちらり、ちらりと後ろを数回振り返っては、ロタは五人へ説明をする。言わば「前口上」であった。

「皆様が聞かれているので若干恥ずかしいのですが、今から、私の半生を語ろうと思います。皆様は退屈でしょうけど、イリカをこちら側のリアルな世界へと覚醒させるために、本気でやるつもりです。つまらないでしょうが、しばらく御辛抱のほどを」


「そんなことないぞー!」

 ノリ良く、後ろからドワキが野次る。

「私もー!

 聞きたい聞きたい」

 リモリも陽気に盛り上げた。

 一同から、柔らかな笑いが漏れ、工場内の壁へ反響する。部屋の空気はみるみる優しくなる。

 みんなの心遣いに感謝しながら、ロタは、目の前のイリカへ語り始める。

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