52 手を伸ばし、手を握り。
百二十七、
「お、おい、大丈夫なのかロタ、いきなり手をつかまれたりしたら……」
ドワキが心配そうな声を上げる。
「大丈夫です。ロボイリカさんの握力はマックスでも、幼児の握力並みです」
マノウが早口で説明する。
「それは良かった。失礼なこと申しまして」
ドワキが会釈すると、
「いえいえ」
とマノウ。
「さあ、イリカ。心配しないで手を出せよ」
再度、ロタは促す。
椅子に座ったロボイリカ。両腕はだらりと下へ垂らしたままで、頭のみを持ち上げ、ロタを見ている。
両眼は電球のように明るく輝いているが、そばで見つめても余り眩しくはない。マノウによれば、人の目に優しい光源を採用しているという。
「さあ、イリカ、ゆっくり立ってみないか。こっちへおいで」
だが、手を伸ばしたロタの呼びかけに、ロボイリカは応じない。
大きな瞳でロタをじっと見てはいる。
そして、ロタを目で追ってきている以上、故障ではあるまい。
台車に載せられた、サーバーの筐体。
その外側に取り付けられたメーターやダイオード等の状態を観察しながら、ハヤミが、
「特にエラーの反応もありません。一応、脳と体との接続自体には成功しているようなのですけどね」
「そうですか。うーん」
ロタがうなる。
ロボイリカは「無表情」な造り。大きな目だけが特徴。
顔には、他に飾りとして小さな「鼻」がとがっているのみで、口はなく、喜怒哀楽は表現できぬ。
(イリカは今、ロボットの内側から俺を見て、一体、何を考えているんだろう)
「クミマルさん」
「えっ、私?
はい」
突然振り向いて名を呼んできたロタへ、少々戸惑うようなクミマルの反応。
大柄なクミマルを見上げ、ロタは質問する。
「専門家の御意見を伺いたいんですが」
「どうぞ。何かしら?」
「例えば、腕や手をうまく動かせない患者さんを治療する際、クミマルさんならどんな順序で行いますかね?」
整体師の資格を持ち、医療器具の研究もするクミマルへ、助言を求めたのだ。
ロタの真意をすぐクミマルも読み取ったらしく、柔和な笑みで解説する。
「ああ、そういうことね。なるほど。そうねえ、まあ、症状によるわねえ。関節回りに炎症が出来てたら、まずマッサージかな。もし筋肉を移植したなら、長いリハビリ。それを回避したいなら、人工関節もあり。
脳障害の場合、運動の前に、筋力やバランス感覚の改善が先かも。で、体の動かし方を、脳へ改めて学習し直させることもあるわよ。
ただ、この辺は私の専門外だけれど。私は、いわゆるリハビリテーション職ではないから。ちゃんとした医療行為は、理学療法士、作業療法士の領域です。
イリカちゃんは、今言ったどれにも当てはまりそうよね。まさに今、脳が体を動かそうとしてるわけですからねえ。とりあえずは……そうね、やっぱりひじの曲げ伸ばしがいいんじゃないかしら」
「ありがとうございます。やってみます」
ロタは礼を述べると、前へ向き直り、軽く前かがみになって、ロボイリカの右腕を持ち上げる。両手を使い、ロボイリカの右手を挟むようにして握る。
イリカの手は、ロタの手よりも二回りほど大きいが、以前に比べればだいぶ人間の手に似てきている。
「おお、結構、温かいな」
とのロタのコメントへ、ドワキが、
「へえ、温かいんだな」
「ああ。さっき、手の皮膚をかぶせた時、皮膚はひんやりしてたんだけどな」
首肯するロタへ、マノウが静かな声で、
「中の機械部分は、ある程度の熱を帯びますからね。それが、人工皮膚を通して外へも伝わってるのでしょう」
「証明されたじゃん」
「何が?」
リモリのセリフには主語がないため、ロタが横目で聞き返すと、リモリはちらりとハヤミの方も見やり、
「ちゃんと電源が入ってることが、だよ。目が点灯してるだけじゃ、ちょっと心もとないじゃん。まあ、首も動いてるけど。でも、手も温かいんでしょ?
じゃあ、もう大丈夫だよ。ハヤミ先生のサーバーは、明らかにロボットとつながってるんだよ。今、イリカちゃんは、ロボット内部から外を見て、動き出すタイミングを見計らってるんだと思います」
「ありがとう」
と、ハヤミがリモリへ頭を下げる。
「ということは、」
クミマルのアドバイス通り、ロボイリカの右腕を、ゆっくりと曲げ伸ばししながら、ロタが言葉を発し、
「あとは、きっかけ次第なんだろうか。なあ、イリカ、どう思う?」
ロタは、イリカの緑と赤の目を見つめ返し、そう問うのだった。
百二十八、
しかしながら、ロボイリカは無反応だ。
ロタが握っているイリカの右手にも、右腕にも、力が入る様子はない。
「そうだ、いいこと考えたぜ」
ふと、ロタは一つの思い付きをした。
イリカの右腕は持ち上げたまま、後ろを振り返り、他の五人全員を見回し、
「皆様、ちょっと座ってください。立ったままでは疲れますんで。ちょっと今から、イリカとじっくり向き合ってみます」
「どういうことだ?」
ドワキが尋ねてくる。
ロタは、
「これから、ゆっくり何度も話しかけてみようかと思ってさ。機械相手におかしいかもしれないが、心を開く、というかさ」
「イリカちゃんを説得しようってわけ?」
リモリが尋ねる。面白がるような笑顔。ロタの提案が直感的に気に入ったらしい。
早速、手近な椅子をギーッと片手で引き寄せ、リモリはどっかり座った。
「そうだね。このサーバー内からは、会話能力の部分はほぼ除かれてるようだけど、多少は含まれてるみたいだから」
ロタは答えた。
率先して座ってくれたリモリの若い機転が、うれしかった。
ハヤミも、
「そうですね、いいかもしれません。まだ、外部音声の聞き取りに、慣れていないのかもしれませんし。落ち着いたら、腕や脚を動かし始めるかも」
パイプ椅子に座り、膝をそろえるハヤミ。
他の面々も、それぞれ椅子に腰かけた。距離としては、ロタの背後の三メートルほどを、大体横並びでぐるりと囲むような形。
そばにはテーブルもある。
「最低でも、十五分かそこらは、かかるかも。どうぞ皆さん、お菓子とか召し上がりながら」
後ろを向いたロタが、五人の顔を見渡しつつ述べた。
そう、テーブルの上には、菓子や軽食、飲み物類がたくさん載せられていた。今日、色んな場所から全員が集まったため、それぞれが差し入れとして持ち寄ったのである。
駅弁、土地の名物、コンビニのパン。ペットボトルの飲料、缶コーヒーなど。中には、保冷剤やクーラーボックスが用いられた物も。
今日の作業が夜遅くにまで及ぶことも見越して、特に打ち合わせをしたわけでもないのだが、皆が道中で買ってきたのだった。
そのうちの幾つかは既に皆で食べられ、飲まれていたが、大部分はまだ手つかずであった。
「そうですね」
「分かった、じゃあ、いただきながら」
ハヤミ、ドワキが言う。
ロタは前に向き直り、ロボイリカの右手を自らの両手で握り直す。
いまだ、イリカは動かない。
かがんだ姿勢のロタは、イリカの光る目をのぞき込んでにっこりした。
背後では、他の五人が声を掛け合いながら菓子を開封したり、飲み物を注いだりする音がした。
ちらり、ちらりと後ろを数回振り返っては、ロタは五人へ説明をする。言わば「前口上」であった。
「皆様が聞かれているので若干恥ずかしいのですが、今から、私の半生を語ろうと思います。皆様は退屈でしょうけど、イリカをこちら側のリアルな世界へと覚醒させるために、本気でやるつもりです。つまらないでしょうが、しばらく御辛抱のほどを」
「そんなことないぞー!」
ノリ良く、後ろからドワキが野次る。
「私もー!
聞きたい聞きたい」
リモリも陽気に盛り上げた。
一同から、柔らかな笑いが漏れ、工場内の壁へ反響する。部屋の空気はみるみる優しくなる。
みんなの心遣いに感謝しながら、ロタは、目の前のイリカへ語り始める。




