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ロタとイリカ 独居老人、彼女を造る。  作者: KIZOOS
第三部 クミマル編(ロボット外見の章)
51/83

50 リケジョ期待の星、そしてサーバー起動。

  百二十三、


「取られちゃった?

 どういう意味ですかあ」

 クミマルは、のんびりと語尾を伸ばしてハヤミに聞く。

 愛想のよい笑みで、キョトンとした表情ではあるが、目には真剣な光も宿している。

(ああ、意味が分かった上であえて聞いてるな、クミマルさんも)

 ロタは直感した。

 クミマルさん「も」というのは、もちろんロタにも意味が分かったからである。


 ハヤミはほほえんでクミマルを見上げる。女性同士だが、圧倒的な体格差。

 ハヤミはすらりとしてはいるものの、女性としては平均的な身長であり、リモリより少し高い程度だ。

 一方、クミマルは巨体。

 今回の男女六名の中では一番の長身であるし、それどころか、街へ出ても相当に目立つ高さである。


 だが、ハヤミはクミマルの肉体に対し、特に恐れている様子もない。無論、けんか腰でも全くない。自然体である。

 なお、年齢としては、三十代後半のハヤミの方が、クミマルより五歳ほど若い。


 クミマルは、脂肪や筋肉、古傷で顔もパンパンに張っており、威圧感のある風貌。が、横線のような細い瞳には愛嬌もある。

 その瞳と、丸眼鏡越しのハヤミの瞳とが交錯する。


 ハヤミは口を開く。

「リモリさんのことは、私もロタさんからお話を伺っていましたので。頭の良い若者だと思ってました。

 直接会ったのは今が初めてですが、」

「初めまして」

 困ったような笑みは消えぬままに、しかし、すかさず、ここできっちりとあいさつを挟み込むリモリ。

 ハヤミは元々、この時、クミマルだけでなくリモリのこともちらちら見ながら話していた。だが、今のリモリの声に反応し、はっきりリモリの方へと顔を向ける。

(うちの女性陣は、腹がすわった人ばかりだなあ)

 ロタは密かに感心する。


 互いに会釈し、ハヤミは話を続ける。

「はい。初めまして、リモリさん。こうして今日会えたわけですけど、それ以前にも電話やネットでの交流はありましたものね」

「そうですね」

 と、リモリ。表情は固い。

 ハヤミは、

「そういう時にも、やっぱりリモリさんは賢いなあと。人工知能への理解も深いし、知識はどんどん応用するし。

 次代を担う理系女子リケジョとして、とても期待していたんですよ。機会があれば、人工知能分野に来てほしかった」

「あら、バイオニクスだって、立派なリケジョじゃないかしら」

 穏やかな物腰のまま、クミマルが軽く疑義を呈すると、そこは誤解されたくないらしく、ハヤミも間髪を入れずに、

「まさにまさに。それはもちろんです。バイオニクス、つまり、ええと、生体工学でしたか。生物工学。重要です。人工知能に勝るとも劣らない成長分野でもありますし」

「勝るかしら?」

 クミマルが、いたずらっぽくカカッと笑って小声で口を挟む。

 ハヤミの他分野への敬意に感謝している様子であった。


 ハヤミとクミマルは目を合わせてほほえみ、ハヤミは真顔で続けた。

「要は、才能をどちらへ生かすか、ということなんでしょうね。

 先ほど、クミマルさんとリモリさんが並んでここへ入っていらして、様々な信頼関係が出来上がっている御様子をの当たりにしまして。

 ああ、もう、私には付け入る隙間がないなあと。ごめんなさい、リモリさん。済みません、クミマルさんにも。ちょっと寂しくなっちゃいまして。お気を悪くされましたか」


「気を悪く?

 するわけないわよ」

 クミマルは、豪快にカカカカッと笑って、リモリへと振り返り、

「リモリちゃんも、私に遠慮なんかしないでね。人にはそれぞれ、専門性ってものがあるんだからさ。ハヤミさんからも、どんどん吸収してください。特に、ハヤミ先生は人工知能の第一人者だもの。片や、私はバイオニクス分野でさえ、まだ勉強中の身だしさ」

 ここでハヤミは首を横に振った。

 その気遣いに応じるように、クミマルはハヤミへ笑いかけ、再びリモリを見て、

「厳しい世の中だし。いろいろ学んで、武器を増やしてさ、お父様の会社にも貢献して、ね」

 今度はマノウとクミマルの視線が合う。


 呼応するように、次はマノウが口を開く。年長者同士の、半ば板挟みになりかけたリモリが困惑していたため、父親として助け船を出したのだろう。

「ありがとうございます、クミマルさん。そして、ハヤミ先生も。娘のことを色々お考えいただいて。

 ハヤミ先生がリモリに期待を寄せてくださっておることは、かねてよりロタさんから伺っております。

 いずれ、医療器具の製作を学ばせていただくという意味合いも加味して、今回、リモリをクミマルさんに同行させました。今後のことは、また追々、娘にも検討いたさせます」


「リモリさんは、理系分野の期待の星だよな。マノウさんの会社にしろ、工学系なわけでさ」

 場の雰囲気を和ませるように、ロタがわざとくだけた口調で会話へ混ざると、ドワキも、

「だな。ジャンルにとらわれず、能力を発揮してほしいよな」

 リモリは居心地悪そうに、少し顔を赤らめていたが、皆の顔を見渡した後、主にクミマルとハヤミの二人を見て、

「ありがとうございます。何か、褒められ過ぎちゃって、ちょっと困る、まあ、うれしいんですけど、何か悪いような……。

 今はとにかく、イリカちゃんに集中。で、イリカちゃんが仕上がった頃、私の目標にも方向性が見えてくればなあとか、漠然と思ってます」

「その通りですな。イリカに集中、ありがとうございます」

 依頼者のロタが、リモリに頭を下げた。

(さすがリモリさん、うまく締めたな。やっぱり頭の回転が速いや)

 と感心しながら。



  百二十四、


 そのあと、ロボイリカ左手の「外皮部分」も無事に装着された。

 先ほど同様、ゴム手袋をマネキンの手へはめるような感じで、ロタが取り付けた。

 仕上げは、クミマルとリモリが行う。

 専用の巨大椅子に座らされたロボイリカ。まだ静止したままだ。

 その椅子の前に、ひざまずくような姿勢で作業をする二人。特殊な糸や留め金を用い、「手」本体へ外皮をしっかり固定する。


 やがて、

「できたわ」

 とクミマル。

 その場の六人全員が、ロボイリカを囲むように、横並びで立っている。


 ロボイリカ、試作第三号。外見は、第二号の縮小版。

 人工皮膚は、ようやく両手にのみ付けられた。そこ以外は、いまだ機械がむき出しだ。身長は、恐らく、まだロタよりも高かろう。体の横幅も厚みも、人間のそれを明らかに上回る。

 よって、いまだ「アンドロイド」と称するのは若干厳しいかもしれぬ。一応、人の形はしているにせよ。


 基本色は、ピンクゴールド。

 うりざね顔、頭髪は作られておらず、だ円形の透明な両眼が電球のようにボコッと出っ張っており、鼻は小さなとがりで表現。口はなし。

 今回は、もはや「裸」ではない。特製の服を着せられている。紺色のワンピースだ。

 イリカの設定は、十六歳の女子高生。

 最終的には、紺のセーラー服を着せる予定。ワンピースは、それへ少しでも近付けるため、肩から首元の辺りには白いラインが引かれていた。セーラーカラーのつもりであった。

 スカート丈はひざ上。

 安全性を考慮し、ひだは固めに作られており、風や足の動きによって動くことはない。要は、ヒラヒラしないのだ。タイトスカートに近い。

 スカートが部品のでこぼこなどに引っ掛からぬための配慮であった。スカート製作は、リモリの手による。布地は、成人女性のワンピース五人分を使ったという。


「では、そろそろ起動しましょうか」

 と、ハヤミがロタを振り返る。

「お願いします」

 ロタが緊張の面持ちで頼んだ。

 ロボイリカの頭部や背中などには、サイコロを細長くしたような形状の、黒や銀色のソケット、端子板が取り付けてある。

 そこにケーブルやコイルが何本もつながれ、五メートルほど離れたもう一方へと伸びている。


 もう一方。

 そこには、例のサーバーが置かれている。

 銀色で、大きな直方体。機器類をギュッと収納したケース、箱。いわゆる筐体きょうたいである。今は台車に載せられ、床に固定。


 人工知能のイリカ本体は、遠く離れた首都圏にある。

 主な形態としては、この筐体を幾つも積み重ねた物だ。ハヤミ勤務の研究施設に設置されている。ラックマウント型サーバーである。

 今回は、そのうち一つの容量分のみを、本体から「コピー」して持ち出している。


「では、いきます」

 ハヤミは短いセリフの後、サーバーへ歩み寄り、筐体上部のスイッチを入れる。スイッチは、小さくスライドさせるタイプの物だ。


 誰も言葉を発しない。立った姿勢のまま見守る。

 気持ちを安定させるように、リモリがフーッと息を吹いた。

 その音に反応し、ロタが横目でリモリを見やると、パチリとウインクを返すリモリ。瞳も口もとも、全く笑っていなかったが。

 つながれたロボとサーバーを見比べるロタ。

「……」

 派手な起動音はしなかった。

 だが、筐体やケーブルつなぎ目に付いたダイオードが発光したのと、ウィイーン……という低音が流れ始めたことにより、サーバーが起動したことはすぐ分かった。

 しかし、数秒間待っても、それ以上の変化は起こらぬ。


「ロッ、ロボットの電源は?」

 そばに立つマノウへロタが聞く。

 消え入りそうなかすれ声で、ほとんど耳打ちに近かったが、マノウはロタを見てはっきり、

「サーバーと連動してますので。異常がなければ、自動的にロボットも動き出します」

 と教えてくれた。

 その直後である。

 ロボットの両眼が点灯し、左目が緑色に、右目が青に、ビカッと光った。

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