50 リケジョ期待の星、そしてサーバー起動。
百二十三、
「取られちゃった?
どういう意味ですかあ」
クミマルは、のんびりと語尾を伸ばしてハヤミに聞く。
愛想のよい笑みで、キョトンとした表情ではあるが、目には真剣な光も宿している。
(ああ、意味が分かった上であえて聞いてるな、クミマルさんも)
ロタは直感した。
クミマルさん「も」というのは、もちろんロタにも意味が分かったからである。
ハヤミはほほえんでクミマルを見上げる。女性同士だが、圧倒的な体格差。
ハヤミはすらりとしてはいるものの、女性としては平均的な身長であり、リモリより少し高い程度だ。
一方、クミマルは巨体。
今回の男女六名の中では一番の長身であるし、それどころか、街へ出ても相当に目立つ高さである。
だが、ハヤミはクミマルの肉体に対し、特に恐れている様子もない。無論、けんか腰でも全くない。自然体である。
なお、年齢としては、三十代後半のハヤミの方が、クミマルより五歳ほど若い。
クミマルは、脂肪や筋肉、古傷で顔もパンパンに張っており、威圧感のある風貌。が、横線のような細い瞳には愛嬌もある。
その瞳と、丸眼鏡越しのハヤミの瞳とが交錯する。
ハヤミは口を開く。
「リモリさんのことは、私もロタさんからお話を伺っていましたので。頭の良い若者だと思ってました。
直接会ったのは今が初めてですが、」
「初めまして」
困ったような笑みは消えぬままに、しかし、すかさず、ここできっちりとあいさつを挟み込むリモリ。
ハヤミは元々、この時、クミマルだけでなくリモリのこともちらちら見ながら話していた。だが、今のリモリの声に反応し、はっきりリモリの方へと顔を向ける。
(うちの女性陣は、腹がすわった人ばかりだなあ)
ロタは密かに感心する。
互いに会釈し、ハヤミは話を続ける。
「はい。初めまして、リモリさん。こうして今日会えたわけですけど、それ以前にも電話やネットでの交流はありましたものね」
「そうですね」
と、リモリ。表情は固い。
ハヤミは、
「そういう時にも、やっぱりリモリさんは賢いなあと。人工知能への理解も深いし、知識はどんどん応用するし。
次代を担う理系女子として、とても期待していたんですよ。機会があれば、人工知能分野に来てほしかった」
「あら、バイオニクスだって、立派なリケジョじゃないかしら」
穏やかな物腰のまま、クミマルが軽く疑義を呈すると、そこは誤解されたくないらしく、ハヤミも間髪を入れずに、
「まさにまさに。それはもちろんです。バイオニクス、つまり、ええと、生体工学でしたか。生物工学。重要です。人工知能に勝るとも劣らない成長分野でもありますし」
「勝るかしら?」
クミマルが、いたずらっぽくカカッと笑って小声で口を挟む。
ハヤミの他分野への敬意に感謝している様子であった。
ハヤミとクミマルは目を合わせてほほえみ、ハヤミは真顔で続けた。
「要は、才能をどちらへ生かすか、ということなんでしょうね。
先ほど、クミマルさんとリモリさんが並んでここへ入っていらして、様々な信頼関係が出来上がっている御様子を目の当たりにしまして。
ああ、もう、私には付け入る隙間がないなあと。ごめんなさい、リモリさん。済みません、クミマルさんにも。ちょっと寂しくなっちゃいまして。お気を悪くされましたか」
「気を悪く?
するわけないわよ」
クミマルは、豪快にカカカカッと笑って、リモリへと振り返り、
「リモリちゃんも、私に遠慮なんかしないでね。人にはそれぞれ、専門性ってものがあるんだからさ。ハヤミさんからも、どんどん吸収してください。特に、ハヤミ先生は人工知能の第一人者だもの。片や、私はバイオニクス分野でさえ、まだ勉強中の身だしさ」
ここでハヤミは首を横に振った。
その気遣いに応じるように、クミマルはハヤミへ笑いかけ、再びリモリを見て、
「厳しい世の中だし。いろいろ学んで、武器を増やしてさ、お父様の会社にも貢献して、ね」
今度はマノウとクミマルの視線が合う。
呼応するように、次はマノウが口を開く。年長者同士の、半ば板挟みになりかけたリモリが困惑していたため、父親として助け船を出したのだろう。
「ありがとうございます、クミマルさん。そして、ハヤミ先生も。娘のことを色々お考えいただいて。
ハヤミ先生がリモリに期待を寄せてくださっておることは、かねてよりロタさんから伺っております。
いずれ、医療器具の製作を学ばせていただくという意味合いも加味して、今回、リモリをクミマルさんに同行させました。今後のことは、また追々、娘にも検討いたさせます」
「リモリさんは、理系分野の期待の星だよな。マノウさんの会社にしろ、工学系なわけでさ」
場の雰囲気を和ませるように、ロタがわざとくだけた口調で会話へ混ざると、ドワキも、
「だな。ジャンルにとらわれず、能力を発揮してほしいよな」
リモリは居心地悪そうに、少し顔を赤らめていたが、皆の顔を見渡した後、主にクミマルとハヤミの二人を見て、
「ありがとうございます。何か、褒められ過ぎちゃって、ちょっと困る、まあ、うれしいんですけど、何か悪いような……。
今はとにかく、イリカちゃんに集中。で、イリカちゃんが仕上がった頃、私の目標にも方向性が見えてくればなあとか、漠然と思ってます」
「その通りですな。イリカに集中、ありがとうございます」
依頼者のロタが、リモリに頭を下げた。
(さすがリモリさん、うまく締めたな。やっぱり頭の回転が速いや)
と感心しながら。
百二十四、
そのあと、ロボイリカ左手の「外皮部分」も無事に装着された。
先ほど同様、ゴム手袋をマネキンの手へはめるような感じで、ロタが取り付けた。
仕上げは、クミマルとリモリが行う。
専用の巨大椅子に座らされたロボイリカ。まだ静止したままだ。
その椅子の前に、ひざまずくような姿勢で作業をする二人。特殊な糸や留め金を用い、「手」本体へ外皮をしっかり固定する。
やがて、
「できたわ」
とクミマル。
その場の六人全員が、ロボイリカを囲むように、横並びで立っている。
ロボイリカ、試作第三号。外見は、第二号の縮小版。
人工皮膚は、ようやく両手にのみ付けられた。そこ以外は、いまだ機械がむき出しだ。身長は、恐らく、まだロタよりも高かろう。体の横幅も厚みも、人間のそれを明らかに上回る。
よって、いまだ「アンドロイド」と称するのは若干厳しいかもしれぬ。一応、人の形はしているにせよ。
基本色は、ピンクゴールド。
うりざね顔、頭髪は作られておらず、だ円形の透明な両眼が電球のようにボコッと出っ張っており、鼻は小さな尖りで表現。口はなし。
今回は、もはや「裸」ではない。特製の服を着せられている。紺色のワンピースだ。
イリカの設定は、十六歳の女子高生。
最終的には、紺のセーラー服を着せる予定。ワンピースは、それへ少しでも近付けるため、肩から首元の辺りには白いラインが引かれていた。セーラーカラーのつもりであった。
スカート丈はひざ上。
安全性を考慮し、ひだは固めに作られており、風や足の動きによって動くことはない。要は、ヒラヒラしないのだ。タイトスカートに近い。
スカートが部品のでこぼこなどに引っ掛からぬための配慮であった。スカート製作は、リモリの手による。布地は、成人女性のワンピース五人分を使ったという。
「では、そろそろ起動しましょうか」
と、ハヤミがロタを振り返る。
「お願いします」
ロタが緊張の面持ちで頼んだ。
ロボイリカの頭部や背中などには、サイコロを細長くしたような形状の、黒や銀色のソケット、端子板が取り付けてある。
そこにケーブルやコイルが何本もつながれ、五メートルほど離れたもう一方へと伸びている。
もう一方。
そこには、例のサーバーが置かれている。
銀色で、大きな直方体。機器類をギュッと収納したケース、箱。いわゆる筐体である。今は台車に載せられ、床に固定。
人工知能のイリカ本体は、遠く離れた首都圏にある。
主な形態としては、この筐体を幾つも積み重ねた物だ。ハヤミ勤務の研究施設に設置されている。ラックマウント型サーバーである。
今回は、そのうち一つの容量分のみを、本体から「コピー」して持ち出している。
「では、いきます」
ハヤミは短いセリフの後、サーバーへ歩み寄り、筐体上部のスイッチを入れる。スイッチは、小さくスライドさせるタイプの物だ。
誰も言葉を発しない。立った姿勢のまま見守る。
気持ちを安定させるように、リモリがフーッと息を吹いた。
その音に反応し、ロタが横目でリモリを見やると、パチリとウインクを返すリモリ。瞳も口もとも、全く笑っていなかったが。
つながれたロボとサーバーを見比べるロタ。
「……」
派手な起動音はしなかった。
だが、筐体やケーブルつなぎ目に付いたダイオードが発光したのと、ウィイーン……という低音が流れ始めたことにより、サーバーが起動したことはすぐ分かった。
しかし、数秒間待っても、それ以上の変化は起こらぬ。
「ロッ、ロボットの電源は?」
そばに立つマノウへロタが聞く。
消え入りそうなかすれ声で、ほとんど耳打ちに近かったが、マノウはロタを見てはっきり、
「サーバーと連動してますので。異常がなければ、自動的にロボットも動き出します」
と教えてくれた。
その直後である。
ロボットの両眼が点灯し、左目が緑色に、右目が青に、ビカッと光った。




