49 クミマル特製、人工皮膚。
百二十一、
この日、女性陣は三名ともズボン姿であった。
ロボットと人工知能とをつなぐ作業が予定されているからであろう。
ハードな肉体労働こそないだろうが、立ったり座ったりの動作は多くなるはずであった。
クミマルはパンツスーツ。
長身の上、元プロレスラーの厚みある体躯のため、スーツも特注品。
ゆったり目だが、足首などは絞られたデザイン。スタイリッシュに着こなしている。
上は丈の短い黒ジャケット、インナーは明るいクリーム色。
ズボンはグレーである。
リモリは上下とも、デニムの青。
上はデニムパーカー。首にフードが付いており、後ろへ垂らしている。
下のデニムは、裾へ向かって広がるシルエット。いわゆるワイドパンツだ。パンツと一体になったベルトが腰に元々付いていて、前で蝶結びにしていた。
リボンベルトとかウエストリボンと呼ばれる物。結び目が大きくてかわいい。
上を比較すると、ハヤミ、白。クミマル、黒。リモリ、青。見事に分かれていた。
クミマル、リモリも工場の奥へ進む。
すなわち、ロタたちの方へ近付いてくる。
今、この瞬間が初対面となるのは、それぞれ、クミマルとドワキ、クミマルとハヤミ、リモリとドワキ、リモリとハヤミである。
「例の物、完成したわよ」
クミマルが、片手に提げたトランクをひょいと持ち上げ、ロタに示す。
体の大きなクミマルが持つと、トランクはとても小さく見える。が、元々、それほど大型でもない。
ピクニックへ行く時に使われそうな、幅のある形。立方体とまでは言わぬが、平べったくないのだ。
ただ、ピクニック用ならば、トランクはかごや布で柔らかく作られているはずだが、これは鈍い銀色、金属製である。ダイヤルの鍵も付いていた。
「おお、出来たんですね、よかった」
「間に合いましたね」
ロタ、マノウが順番に答えた。
他の二人、ドワキとハヤミも事情は分かっており、作業の手を休め、興味深そうに近寄ってくる。
ロボイリカ付近のテーブル上に、クミマルはトランクを載せた。ダイヤル錠をキリリと回し、カタッと銀色のふたを持ち上げる。
中身を知っているリモリは、離れていた。
リモリ以外の四人は、周囲を囲んでトランクを見下ろす。
中には、更にプラスチックのケース。あけると、布に包まれた物体。厳重にしまわれていた。
クミマルは、太い指でつまんで、布を左右へ開く。中の物体が姿を現した。
「おお」「きれい」「リアルですね」
小声のコメントが口々に飛ぶ。
手であった。
正確には、手の外側、皮膚部分を模している。
言うまでもなく、ロボイリカの手部分に装着するための物であった。
百二十二、
ぱっと見は、肌色の特大サイズのゴム手袋のような感じである。
指の関節のしわや、爪の形も精巧に出来ていた。
「手」は左右とも、手首の辺りまで袋状に作られている。
「ロタさん、どう、触ってみます?」
「いいんですか?」
「大丈夫よ。もう固まってますしね。汚れや熱、衝撃にも、ある程度は耐えられるわ」
「じゃあ……」
クミマルの勧めに、テーブルに身を乗り出して立っていたロタは、恐る恐る片手を伸ばし、大きな「手の皮」の片方、右手をつまみ上げてみる。
「うわっ、かなりリアルな……」
ロタの語尾がかすれ声で途切れた。
ひんやりとしているが、手触りはまるで人の皮膚である。意外と重い。指先に力を込め、意識的に持ち上げると、ようやく全体がテーブルを離れ、宙へと上がる。
まさに手袋のように形は崩れ、五本指も様々な方向へだらんと垂れた。
ロタは、もう片方の手も添えて、なるべく形が崩れぬように支え持つ。
自分の手より相当大きい。倍はないだろうが、まだまだ、実在する人間の手のサイズとは言えぬ。
しんと、場が静まる。
他の皆も、食い入るようにロタの手元を見つめている。
「これは、シリコーン製?」
「主にね」
ロタの質問に、うなずくクミマル。
さらにロタは、近くの椅子の方を見やる。静止したロボイリカが、うつむいた姿勢で座っている。
「これを、あれにかぶせるわけですか」
ロタは尋ねる。
口の中がカラカラに渇いていた。
ロボイリカは、頭からつま先まで、金属やプラスチックがむき出しの状態。まだ、皮膚は全く装着されてはいない。
クミマルは微笑し、眼差しは真剣にロタを見下ろして、
「そうです。御自分でやってみますか?」
「えっ。いや、でも。い、いいんですか」
「どうぞ。後で固定しますけど、かぶせるのは簡単。普通にやればいいのよ。3Dプリンターで精巧に作ってあるから、ぴったり合うはずですよ」
クミマルは冷静に告げる。
「じゃ、じゃあ……」
左右の手のひらを横に並べてくっつけ、クミマル制作の「右手の皮」を包むように載せていたロタは、そのまま、ロボイリカの方へ歩み寄る。
周囲の者たちが、慌てたようにテーブル付近を離れて、ロタの通り道をあけた。
「待って。手伝う」
リモリも、ロボイリカのそばへタタッと駆け寄る。
金属製の巨大椅子に座らされたロボイリカ。
試作第三号である。
二号より更に小さく、人間らしく改良されていた。
もはや裸ではなく、服も着せられている。
が、両腕は左右に垂らされており、手の甲を上にして、座面に置かれている。つまり、試作第二号と同じ座らせ方。
リモリが両手を使い、ロボットの右腕を持ち上げ、「手」部分をロタの方へ差し出す。
手は、サイズこそ大きいが、形状はリアルな人の手。マネキンのように、表面はつるつるしているものの。
手の色はベージュ。プラスチック製。
指は太く、長い。
例えば、人差し指は、太書き用の油性マジックペンほどのサイズとなっている。
五指の関節部分は、歯車というか車輪というか、超小型の円形の部品がむき出しだ。アクチュエーターである。
これを電動で回転させ巻き上げることにより、指の曲げ伸ばしが出来るわけである。
「さあ、ロタさん。私が押さえてるから」
「ありがとう、助かります」
リモリへ一礼してから、ロタは「手の皮」をそこへかぶせる。
まさに、人形の手に、手袋をはめるような光景だ。
ぴったりとはまる。
「すごいな」
と、ドワキ。
「そこだけを写真に撮ったら、まさに人間の右手にしか見えないでしょうね」
丸眼鏡越しの大きな瞳を見開き、ハヤミもコメントする。
「ありがとうございます」
クミマルが二人それぞれへ会釈した。
しかし、それでは終わらず、クミマルは傍らのリモリを片手で示し、
「でもね、これは私一人で作ったんじゃないんですよ。図面を起こしたり、CGで描いたりは、リモリちゃんも手伝ったわ」
「いえ、違いますよ。私がやったのはほんの一部で……」
と、リモリが明らかに動揺した様子で首を振る。
照れや謙遜でもなさそうで、本当に、「まさか、このタイミングで自分の名前が出るなんて思ってなかった」感じである。
恐縮している。
クミマルは、そんなリモリを褒めちぎるでもなく、「年長者が褒めてるんだからそこは素直に聞くべきよ」などと諭すでもなく、ごく自然な笑みで、優しく見守る。
クミマルはゆっくりと、
「一部かもしれないけど、助かりましたよ。リモリちゃんのお陰で、爪のデザインとか指先の形とか、随分改良出来たから。知識の吸収力もすごいしね」
そう、リモリは最近、イリカの皮膚製作の件で、クミマルを手助けしたり、生体工学についてクミマルから学んだりを継続していたのだ。
クミマルはさらに、
「普段、私とリモリちゃんは住居も離れてるから、主にネットでの作業でしたけどねえ。3Dプリンター用のデータも、何回もリモリちゃんに直してもらったわ」
照れ笑いで居心地悪そうに押し黙るリモリを、ロタは横目でちらりと見てから、クミマルに、
「で、本日が仕上げだったわけですよね」
その辺の事情、作業工程については、もちろん、今この場にいる全員が既に知っている。会話のつなぎとして尋ねた感じだ。
クミマルはうなずいて、改めて軽く説明する。
「そういうことね。近隣県に、シリコーン製医療器具の有名なメーカーがあるので、そこの作業室をお借りして、今日が最終仕上げ。だから、その外皮部分は先ほど出来上がったばかりよ。間に合ってよかったです」
「クミマルさん、本当に、リモリを指導し、育てていただいて、感謝しております」
マノウがクミマルへ頭を下げた。
「とんでもないですわ。リモリさんのお若い感性には私も刺激を受けてますし、機械工学は私よりリモリさんの方が専門ですしねえ。こちらこそですよ」
そう答えるクミマルへ、ハヤミがぽつりと話しかける。
「あーあ、クミマルさんにリモリさんを取られちゃいましたね」
このタイミングでハヤミが会話へ入ってきたのは意外な感じで、クミマル含め、皆がちょっと驚いた顔でハヤミを振り返った。




