48 イリカ製作チーム、集結。
百十九、
翌朝。週末の連休、初日。
ロタは早起きし、始発の列車で出発。
首都圏を離れて、南方の遠い地方にあるマノウの会社へ向かうのだ。
ついに、その日が訪れた。
途中で、高速列車に乗り換える。車窓からは、午前の日差し。初夏を思わせる、強い光。
来週辺りから梅雨入りのようだが、この週末は晴れるようである。ロタの住む首都圏も、マノウの住む南方の地方でも。
ロタの服装は、グレーのブレザー。生地は薄め。仕事用よりはラフな格好。が、ネクタイは締めている。
ハヤミも今頃、飛行機で同じ場所を目指しているはずである。
一部をコピーされ、小型サーバー一個分のみ分離された、人工知能イリカを持って……。
クミマルは、マノウの住む県の、近隣の地方都市において、昨日まで別件の仕事もあった。
今日は、そこから直接向かうという。
これまで、イリカ製作に携わってきた主要メンバーが、本日、いよいよ一堂に会するのである。
百二十、
「遅いぞ、ロタ!」
第一声は、ドワキに迎えられた。
夕方、マノウの会社(町工場)にロタが到着すると、マノウのほか、ドワキ、ハヤミが既にそろっており、作業を進めていた。
「いやあ、やっぱり飛行機は速いもんだな」
ロタが大声を上げる。
コンクリートの床の工場は、室内が広い。入り口をくぐっても、ドワキたちがいる場所は、まだ十数メートルはたっぷり離れていた。
また、旅先のテンションもあり、つい声もでかくなる。
ドワキが返す。
「そうとも。お前さんも飛行機乗れよ」
「乗ったこと、ないんだよなあ。何か怖くてさあ」
親友のドワキは、もちろんそのことを既に知っている。もっとも、ロタも、そこまで怖がっているわけでもなく、公私ともに乗る機会がなかったという事情もあるが。
「えー、どういうビジネスマン生活を送れば、飛行機を避けて通れるんですか?」
「そりゃまあ、ハヤミさんは連日、国際会議で世界中を飛び回ってますからねえ」
「別に連日じゃないですよ」
軽口っぽいロタとハヤミのやり取りに、マノウとドワキが笑っている。ハヤミも、いつもより陽気な感じだ。
ロタは、三人の方へさらに近づいていきながら、
「じゃあ、あれですか、皆さんもう、だいぶ前に到着されて?」
「ええ。ドワキさんが午前中、ハヤミ先生はお昼前にいらっしゃいました」
マノウが答える。
いつもの青い作業着姿、もしゃもしゃした豊かな黒い髪の毛。静かな声音。
マノウは今日、短時間に、初対面の人を二人も出迎えたわけだ。電話等では何回も話している相手だが、多少ストレスだったかもしれぬ。
「そりゃ早いですな。何か、済みません、お待たせしちゃいましたかね」
今さら、ロタは頭をかいて会釈をする。
ドワキは、
「お陰で、作業がはかどったよ。もっとも、僕が来ても手持ち無沙汰で余りお役には立てなかったけど、ハヤミさんがいらっしゃってからは、」
「とんでもないです。そもそもの見積書はドワキさんがお書きになったのですから。詰めの話し合いが出来ました」
マノウが、かぶりを振って口を挟む。
まさにそうだ。
(マノウさんと最初にコンタクトを取ってくれたのだって、元はといえばドワキなんだし)
と、ロタは思い出す。
ドワキとマノウは、直接顔を合わせたのは今日が初めてだが、既に打ち解けているようだ。
ドワキは、スーツと作業着の中間のような服装だ。
レンガ色の上着。背広よりは体に密着しており、光沢もある。動きやすそうだし、少々の汚れなら目立たなそうだが、改まった来客にも対応できるデザイン。
下はネイビーの細身ズボン。
マノウはドワキより十歳ほど若いが、やせ型の男性という点では共通していた。
ただ、イメージで言えば、マノウは堅物、ドワキはソフトな社交家であろうか。男性陣三人の中で、ドワキが唯一ひげを生やしているのも、自由な感じがする。
実際、ドワキが教授として勤務している大学においても、このあごひげは学生たちからトレードマークとして認知されている。
そのあとも会話は続いた。
行きがかり上、ロタは聞き役となった。
三人の話を総合すると、どうやら、マノウとドワキが見積書を確認しつつ、傍らのロボイリカを眺めて、それなりに話が進んだところへハヤミが到着した、ということのようだ。
「それ、お一人で運んでこられたんですか?」
床に置いてある台車を手先で示しながら、ロタがハヤミに尋ねる。
台車は見るからに堅牢そうな銀色。キャスターの周囲にも部品が様々取り付けられており、防振仕様となっているようだ。でこぼこした悪路で押しても、上に載せた物体は無事であろう。
今は、キャスターにはロックが掛けられ、台車は床に固定された状態だ。
台車の上には、直方体が一つ、横置きにされている。大きい。
ぱっと見の印象は、銀色の巨大な段ボールといった感じである。
大人が二人がかりでようやく持てそうなサイズ。もっとも、内部は回路や金属部品の集積なので、人の手では持ち上がらない。
サーバーであった。
中は人工知能である。「脳イリカ」の一部分のみをコピーした物。
ロタの質問に、ハヤミは軽く首を振り、
「いえ、一人ではないです。脳イリカちゃんの件を知ってる研究員はごく一部ですが、そのうちの一名に手伝ってもらいました。あと、夫にも頼みました」
(うわあ、そうだったのか。同僚のみならず、御家族まで駆り出されて)
と、ロタは恐縮し、
「じゃあ、お三方で飛行機に乗られて?」
「はい。もちろん、このサーバーは、同じ機内にある専用の輸送庫で運びました」
「お手伝いいただいた他のお二人にも、ごあいさつしたかったですな」
ハヤミに対して残念がるロタへ、
「まあ、お二人はすぐ帰られたし、僕らも会釈したくらいだけどな」
とドワキ。横でマノウもうなずく。
「なるほど。じゃあ、帰りも?」
ロタがハヤミに問うと、
「はい。明日の午後、同じ二人に、この近くまで迎えに来てもらう手はずになっています」
ハヤミがほほえんだ。
「何か、色々申し訳ない」
ロタが頭を下げると、
「いえいえ」
ハヤミが歯を見せて笑う。
ハヤミは、幅の広いズボン。いわゆるワイドパンツ。膝の曲げ伸ばしもスムーズに行くであろう。やはり動きやすそうだ。黒。
上は白ブラウス。カフスにはフリルが付いており、長袖もモコモコしていて、全体的にふわっと女性らしい。
大きめの丸眼鏡と、後ろで一つ結びにした黒い長髪は、いつも通りだ。
台車に載せられたサーバーからは、何本ものコードが伸びており、そばにあるロボイリカへ接続されていた。
新たに改良されたロボイリカだ。
最近出来たばかりの、試作第三号である。
例の、金属製の巨大な椅子に座らされていた。
新ロボイリカの外見は、既にロタも、ネットを通じて見せてもらっていた。
イメージ的には、試作第二号を二回りほどスリムにした感じだ。金色の全身、だ円の飛び出た透明の両眼、まだ頭髪のない丸い頭。
基本、外見は変わっておらず、いまだ、人間のような姿はしていない。
ただし、今回からは服を着せられている。
紺色のワンピースである。
(そうか。既に、脳イリカとロボイリカはつながれているのだな。電源とかは、まだこれから入れるのだとしても)
ロタは、緊張で胸が高鳴るのを自覚した。
その時であった。
工場入り口のドアがあく音がし、
「あー、もう全員そろってるよ。少なくともロタさんよりは早いかと思ってたのになー」
若い女性の声と、
「あら、本当ねえ。私たちが最後でしたかあ」
のんびりした、年配女性の声。
「おお、そろったね!」
振り返ったロタが叫ぶ。
リモリとクミマルが入ってきたのだ。