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ロタとイリカ 独居老人、彼女を造る。  作者: KIZOOS
第三部 クミマル編(ロボット外見の章)
37/83

36 ロタとクミマル、南方遠征。

  九十五、


 そのあと、料金支払い方式や金額について、ロタはクミマルと簡単な取り決めをした。

 それから、今後の進め方を話し合った。

 クミマルがロボイリカの外見を担当するとはいっても、その「内側」となるメカ部分はまだ試作段階であり、これからも形状が変化する。当然、責任者のマノウとは綿密な連携が必須だ。

 そこで、何はともあれ、クミマルがマノウの会社(町工場)へ出向き、まずはロボイリカと直接対面しよう、ということになった。

 ロボイリカは、そろそろ試作第二号が仕上がる。タイミングとしても、悪くはないかもしれない。


「じゃあ、早速だけど、来週にでも見に行きますかね」

 と、クミマル。

「えっ」

 ロタは動揺する。まだ、今日会ったばかりではないか。

 クミマルは付け加えて、

「鉄は熱いうちに、よ。プロレスの試合だってね、リングとか相手とか、早めに知った方が有利だしさ」

 ロタは、

「いやいや、さすがに早過ぎるでしょう。まずは関係者に周知して、顔合わせをして……」

「あら、それでも結構ですよ、もちろん。そこは、ロタさんのスケジュールに合わせますけど」

 意外にもクミマルはあっさり引き下がってくれ、ひとまず胸をなで下ろしたロタではあったが。


 しかし、だ。

 その夜、自宅にてドワキに電話をかけ、この件を相談してみると、

「何で?

 別にいいんじゃないか?」

 と、クミマル支持の発言。

 詳しく説明を求めると、ドワキが言うには、

「ロタよ、お前さんはサラリーマン感覚にとらわれ過ぎだよ。

 確かに、お前さんの職場じゃ、書類作って、根回しもしてから動くのがセオリーだろうさ。僕の職場もそっち寄りだね。

 けどさ、クミマル氏は元レスラーだろ。僕らとはまるで世界が違うわけだし、多分、修羅場もくぐってきてる。で、お前さんも今回、その独特な感性や人生観に感動したんだろ?

 だったら、なるべくクミマル氏がやりやすいように動いてあげたらどうだ?

 無論、最終的にはマノウさんの都合次第だけれど、まずは聞いてみたらどうだい。あんまり、最初から決め付けないでさ」

「なるほど、それもそうだな」

 納得したロタは、ドワキとの電話を切った後、早速、マノウにも電話してみる。


 すると。

「えっ、来週ですか。それはそれは、随分早いですね」

 と、電話越しのマノウは驚いていたが、声は笑いを含んでおり、どちらかといえば好感触。

 クミマルを「イリカ製作チーム」に迎える件については、既にマノウやハヤミたち全員に相談済みであり、急な話でもない。心の準備は出来ていたのかもしれない。

 しばらく話し合った後、

「はい、結構ですよ、来週でも。日程調整は可能です」

 という返答。

 続けて、

「ちょうど、ロボイリカさんの試作第二号も形になってきましたから。では、その日を、試作第二号お披露目の日といたしましょう」

 と、マノウは告げた。


(なんか、とんとん拍子に進むなあ。ドワキの言うとおりだったぜ。案ずるより産むが易い、ということかな)

 ロタは内心、驚いていた。


 この時、マノウのそばにはちょうどリモリもいたようで、途中でリモリにも電話を替わると、

「えっ、クミマルさん、もういらっしゃるんだ?

 正式決定なんですか?」

 面白がるように、リモリの声も弾んでいた。


 瞳がクリクリと見開かれたリモリの顔が思い浮かんで、ロタはほほえみつつ、

「いや、違う。仮で、本決まりではないんだけどね。でも、いい感じの方ですよ」

「でしょうね」

「でしょうね?」

 知っているかのようなリモリの返答に、ロタは首をかしげて問い返す。

「分かる気がするの」

「もしかして、以前からクミマルさんのこと、知ってたとか?」

 実はリモリはプロレスファンだったのだろうかと、ロタは一瞬思いかけたが、そうではなく、

「ううん、前から知ってたわけじゃないよ。でもね、この前、クミマルさんが候補になってるって聞いてから、色々調べてさ。昔の試合の動画とか、見たよ、たくさん。インタビューとかも」

「ああ、俺も見たよ」

「強いよね。ガチでやり合ってる感じでさ」

「そうだね。もっと筋肉ムキムキの外人レスラーも投げ飛ばしたり」

 ロタも応じる。

(まさか、女の子と電話でプロレスを語り合う日が来るとはなあ)

 と不思議がりながら。

「そう、そう。だけど、優しい人だよね。弱者をいたわる人。インタビューの答え方も誠実だし」

「そうだね」

 この辺の印象は、リモリもロタも、どうやら一致しているようである。


 かくして、「手順を踏んでゆっくり顔合わせ」というロタ案はあっさり「否決」と相成った。


 翌日、ロタはもう一度クミマルへ電話をかけた。

「済みません、昨日はああ言ったのですが。コロコロ変わって申し訳ないんですが、やはり、来週早速、マノウさんの会社でロボイリカと御対面ということで、いかがでしょうか」

 と、丁重に申し出る。

「あら、調整してくださったのですね。ありがとうございます。では、それで行きましょ」

 意に介する様子もなく、電話口のクミマルは陽気に答えた。



  九十六、


 その次の週の、休日。

 マノウの会社がある南方の県へ集合。

 ロタは高速列車で、クミマルは飛行機で。それぞれ慣れた交通機関を用い、県へは別々に向かった。


 そして、駅前で待ち合わせ。

 ロタの案内で、二人はバス、徒歩で現地へ。

 周辺は草原や畑。人通りは少ない。山々も目に入る。

「自然が多くて、いい所ですねえ。秋だし、気候もちょうどいいわ」

 薄いコートをひるがえしながら、クミマルが言う。

 コートはグレー系で、決して派手ではないが、クミマルの鍛え上げられた全身を良い具合に包み込んでおり、不思議と華やかさがある。

 コートの中は、今日は正装を意識しているようで、パンツスーツ風。

 ロタもスーツ姿。ネクタイも締めている。


 もうすぐ夕暮れ時である。

「クミマルさん、この辺りに来られたことは?」

 ロタが、横を歩くクミマルを見上げて尋ねる。

「駅前なら、昔、巡業で何度か来ましたけど、この辺は初めてね」

 やがて、マノウの工場へ到着。

「ここですかあ」

「はい、こちらが」

 年季の入った大看板を、二人で見上げる。

 さびかけの金属製。社名の文字には丸みもあり、どこかかわいらしい。愛嬌と風格とが同居している。

「かっこいい看板ですね。会社のロゴ。時代を感じるわ」

 と、クミマルがほほえんだ。

「ええ、私も最初、そう思いましたね」

 ロタも同意した。


 と、そこへ、自転車が別方向から走ってきて、門のそばで停まった。

 ペダルをこいでいたのは、ショートカットの若い女性。

 デニムジャケットとジーンズ姿。青系のファッションで固めている。

 リモリであった。


 ロタは声をかけた。

「おお、リモリさん」

 リモリは自転車から降り、

「わあ、すごい偶然。今、着かれたんですね。ロタさんと、」

 ここまでは親しげに、ここからはやや硬い表情で、

「クミマルさん。ようこそいらっしゃいました」

 ぺこりとお辞儀をしてきた。

 クミマルとは初対面であることに加え、大柄な肉体にも気後れしている様子である。


「よろしく。こちらが、マノウさんの娘さんの?」

 と、クミマルが振り向き、ロタを見下ろして尋ねる。

 ロタは、クミマル、リモリの順に顔を見、二人それぞれにうなずいて、

「そうです、こちらがリモリさん。話されたことは?」

 クミマルは首を横に振り、

「ないです。お父上のマノウさんとは、おととい、一回だけ電話でごあいさつしましたが」

「そうだったんですね」

 と、ロタ。


 三人でしばし自己紹介などをし、

「さっき、やっと試験終わったの。だから遅くなっちゃって」

 リモリがしゃがんで、自転車に巻くチェーンを取り出しつつ、上目でロタへ言う。

「試験?」

 と、クミマルが問うたが、ロタが黙っていたため、数秒の沈黙。

 下を向いてチェーンを巻いていたリモリは、沈黙に気付くと、苦笑いして顔を上げ、

「ちょっと、ロタさん。説明してくれたっていいでしょー」

 軽く口をとがらせる。

 リモリは今作業中なのだから、この程度の簡単な説明くらい、気を利かせてロタが代行してよ、という意味らしい。

 予想外のセリフにロタは少し驚く。確かに、ロタは既に事情を知ってはいたが、

「ええっ、俺が、ってこと?

 いいのかい?」

「何が?」

「いや、だって、一応プライバシーだしさ。俺の口からしゃべるのもアレかな、って」

 リモリは呆れ顔で、

「プライバシーって……。別にいいですよ、試験のことぐらい」

「ああ、じゃあ言いますけど、リモリさんは今日、」

「もういいですっ」

 ロタの言葉をさえぎり、リモリが立ち上がる。自転車に鍵をかけ終えたのであろう。


 リモリはクミマルを見て、

「今日は、情報処理系の資格試験があったんです。会場は、駅前の大学を借りて。それで、先ほどまでそれを受けてまして。

 終わったらすぐ、こちらへ直行しました。今日、お二人がいらっしゃるって伺ってましたので」

 クミマルはリモリの説明に一つ一つうなずいて、優しく笑う。

 クミマルの身長は、リモリの倍はあるようにも見えた。決してそこまでの体格差はないのだが、リモリはきゃしゃな女の子。圧倒的な違いだ。

「なるほど、よく分かりましたよ。テストお疲れさまでした」

 リモリをねぎらった後、クミマルはこらえきれなくなったようにククククッと笑いだし、やがてカハハハハと高音で豪快に大笑い。

 ロタとリモリの、今のやり取りが面白かったからだ。

 つられて、リモリも噴き出す。ロタは、若干不満げに、渋い表情を作って二人を見比べる。

「仲良しなのねえ、リモリちゃんとロタさんたら」

 クミマルが冷やかすと、リモリはふくれたような顔に冷ややかな笑みも足して、

「っていうかー、なんかさあー、やたら固くて慎重なんですよね、ロタさんは。ちょっとやめてほしいな、って。時々どっと疲れちゃうんです」

「えっ、なんだよ、そこまで言うかね……」

 ロタは苦笑を通り過ぎ、今やしかめ面。

(ま、その手のコメントは、今までの五十年、女の子たちからさんざん言われたけどな)

 そうも思い出したが。


 と、その時だ。

「それはちょっと異議ありだな、リモリ。慎重さは大切だよ。大人の世界は特にそう」

 門の中の、建物入り口の方から、男性の声がした。静かに諭すような、落ち着いた声音。

 三人が一斉にそちらを向くと、

 青い作業着姿、もしゃもしゃの黒髪、やせ型の中年男性。マノウであった。工場の中から出て来たのだ。

「外でにぎやかな話し声が聞こえたから。皆様、おそろいで」

 マノウの言葉にロタが答えて、

「お久しぶりです」

 と会釈する。


「初めまして」

「遠いところを、ようこそおいでくださいました」

 深々と頭を下げるクミマルへ、マノウは歓迎の言葉を返した。

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