36 ロタとクミマル、南方遠征。
九十五、
そのあと、料金支払い方式や金額について、ロタはクミマルと簡単な取り決めをした。
それから、今後の進め方を話し合った。
クミマルがロボイリカの外見を担当するとはいっても、その「内側」となるメカ部分はまだ試作段階であり、これからも形状が変化する。当然、責任者のマノウとは綿密な連携が必須だ。
そこで、何はともあれ、クミマルがマノウの会社(町工場)へ出向き、まずはロボイリカと直接対面しよう、ということになった。
ロボイリカは、そろそろ試作第二号が仕上がる。タイミングとしても、悪くはないかもしれない。
「じゃあ、早速だけど、来週にでも見に行きますかね」
と、クミマル。
「えっ」
ロタは動揺する。まだ、今日会ったばかりではないか。
クミマルは付け加えて、
「鉄は熱いうちに、よ。プロレスの試合だってね、リングとか相手とか、早めに知った方が有利だしさ」
ロタは、
「いやいや、さすがに早過ぎるでしょう。まずは関係者に周知して、顔合わせをして……」
「あら、それでも結構ですよ、もちろん。そこは、ロタさんのスケジュールに合わせますけど」
意外にもクミマルはあっさり引き下がってくれ、ひとまず胸をなで下ろしたロタではあったが。
しかし、だ。
その夜、自宅にてドワキに電話をかけ、この件を相談してみると、
「何で?
別にいいんじゃないか?」
と、クミマル支持の発言。
詳しく説明を求めると、ドワキが言うには、
「ロタよ、お前さんはサラリーマン感覚にとらわれ過ぎだよ。
確かに、お前さんの職場じゃ、書類作って、根回しもしてから動くのがセオリーだろうさ。僕の職場もそっち寄りだね。
けどさ、クミマル氏は元レスラーだろ。僕らとはまるで世界が違うわけだし、多分、修羅場もくぐってきてる。で、お前さんも今回、その独特な感性や人生観に感動したんだろ?
だったら、なるべくクミマル氏がやりやすいように動いてあげたらどうだ?
無論、最終的にはマノウさんの都合次第だけれど、まずは聞いてみたらどうだい。あんまり、最初から決め付けないでさ」
「なるほど、それもそうだな」
納得したロタは、ドワキとの電話を切った後、早速、マノウにも電話してみる。
すると。
「えっ、来週ですか。それはそれは、随分早いですね」
と、電話越しのマノウは驚いていたが、声は笑いを含んでおり、どちらかといえば好感触。
クミマルを「イリカ製作チーム」に迎える件については、既にマノウやハヤミたち全員に相談済みであり、急な話でもない。心の準備は出来ていたのかもしれない。
しばらく話し合った後、
「はい、結構ですよ、来週でも。日程調整は可能です」
という返答。
続けて、
「ちょうど、ロボイリカさんの試作第二号も形になってきましたから。では、その日を、試作第二号お披露目の日といたしましょう」
と、マノウは告げた。
(なんか、とんとん拍子に進むなあ。ドワキの言うとおりだったぜ。案ずるより産むが易い、ということかな)
ロタは内心、驚いていた。
この時、マノウのそばにはちょうどリモリもいたようで、途中でリモリにも電話を替わると、
「えっ、クミマルさん、もういらっしゃるんだ?
正式決定なんですか?」
面白がるように、リモリの声も弾んでいた。
瞳がクリクリと見開かれたリモリの顔が思い浮かんで、ロタはほほえみつつ、
「いや、違う。仮で、本決まりではないんだけどね。でも、いい感じの方ですよ」
「でしょうね」
「でしょうね?」
知っているかのようなリモリの返答に、ロタは首をかしげて問い返す。
「分かる気がするの」
「もしかして、以前からクミマルさんのこと、知ってたとか?」
実はリモリはプロレスファンだったのだろうかと、ロタは一瞬思いかけたが、そうではなく、
「ううん、前から知ってたわけじゃないよ。でもね、この前、クミマルさんが候補になってるって聞いてから、色々調べてさ。昔の試合の動画とか、見たよ、たくさん。インタビューとかも」
「ああ、俺も見たよ」
「強いよね。ガチでやり合ってる感じでさ」
「そうだね。もっと筋肉ムキムキの外人レスラーも投げ飛ばしたり」
ロタも応じる。
(まさか、女の子と電話でプロレスを語り合う日が来るとはなあ)
と不思議がりながら。
「そう、そう。だけど、優しい人だよね。弱者をいたわる人。インタビューの答え方も誠実だし」
「そうだね」
この辺の印象は、リモリもロタも、どうやら一致しているようである。
かくして、「手順を踏んでゆっくり顔合わせ」というロタ案はあっさり「否決」と相成った。
翌日、ロタはもう一度クミマルへ電話をかけた。
「済みません、昨日はああ言ったのですが。コロコロ変わって申し訳ないんですが、やはり、来週早速、マノウさんの会社でロボイリカと御対面ということで、いかがでしょうか」
と、丁重に申し出る。
「あら、調整してくださったのですね。ありがとうございます。では、それで行きましょ」
意に介する様子もなく、電話口のクミマルは陽気に答えた。
九十六、
その次の週の、休日。
マノウの会社がある南方の県へ集合。
ロタは高速列車で、クミマルは飛行機で。それぞれ慣れた交通機関を用い、県へは別々に向かった。
そして、駅前で待ち合わせ。
ロタの案内で、二人はバス、徒歩で現地へ。
周辺は草原や畑。人通りは少ない。山々も目に入る。
「自然が多くて、いい所ですねえ。秋だし、気候もちょうどいいわ」
薄いコートをひるがえしながら、クミマルが言う。
コートはグレー系で、決して派手ではないが、クミマルの鍛え上げられた全身を良い具合に包み込んでおり、不思議と華やかさがある。
コートの中は、今日は正装を意識しているようで、パンツスーツ風。
ロタもスーツ姿。ネクタイも締めている。
もうすぐ夕暮れ時である。
「クミマルさん、この辺りに来られたことは?」
ロタが、横を歩くクミマルを見上げて尋ねる。
「駅前なら、昔、巡業で何度か来ましたけど、この辺は初めてね」
やがて、マノウの工場へ到着。
「ここですかあ」
「はい、こちらが」
年季の入った大看板を、二人で見上げる。
さびかけの金属製。社名の文字には丸みもあり、どこかかわいらしい。愛嬌と風格とが同居している。
「かっこいい看板ですね。会社のロゴ。時代を感じるわ」
と、クミマルがほほえんだ。
「ええ、私も最初、そう思いましたね」
ロタも同意した。
と、そこへ、自転車が別方向から走ってきて、門のそばで停まった。
ペダルをこいでいたのは、ショートカットの若い女性。
デニムジャケットとジーンズ姿。青系のファッションで固めている。
リモリであった。
ロタは声をかけた。
「おお、リモリさん」
リモリは自転車から降り、
「わあ、すごい偶然。今、着かれたんですね。ロタさんと、」
ここまでは親しげに、ここからはやや硬い表情で、
「クミマルさん。ようこそいらっしゃいました」
ぺこりとお辞儀をしてきた。
クミマルとは初対面であることに加え、大柄な肉体にも気後れしている様子である。
「よろしく。こちらが、マノウさんの娘さんの?」
と、クミマルが振り向き、ロタを見下ろして尋ねる。
ロタは、クミマル、リモリの順に顔を見、二人それぞれにうなずいて、
「そうです、こちらがリモリさん。話されたことは?」
クミマルは首を横に振り、
「ないです。お父上のマノウさんとは、おととい、一回だけ電話でごあいさつしましたが」
「そうだったんですね」
と、ロタ。
三人でしばし自己紹介などをし、
「さっき、やっと試験終わったの。だから遅くなっちゃって」
リモリがしゃがんで、自転車に巻くチェーンを取り出しつつ、上目でロタへ言う。
「試験?」
と、クミマルが問うたが、ロタが黙っていたため、数秒の沈黙。
下を向いてチェーンを巻いていたリモリは、沈黙に気付くと、苦笑いして顔を上げ、
「ちょっと、ロタさん。説明してくれたっていいでしょー」
軽く口をとがらせる。
リモリは今作業中なのだから、この程度の簡単な説明くらい、気を利かせてロタが代行してよ、という意味らしい。
予想外のセリフにロタは少し驚く。確かに、ロタは既に事情を知ってはいたが、
「ええっ、俺が、ってこと?
いいのかい?」
「何が?」
「いや、だって、一応プライバシーだしさ。俺の口からしゃべるのもアレかな、って」
リモリは呆れ顔で、
「プライバシーって……。別にいいですよ、試験のことぐらい」
「ああ、じゃあ言いますけど、リモリさんは今日、」
「もういいですっ」
ロタの言葉をさえぎり、リモリが立ち上がる。自転車に鍵をかけ終えたのであろう。
リモリはクミマルを見て、
「今日は、情報処理系の資格試験があったんです。会場は、駅前の大学を借りて。それで、先ほどまでそれを受けてまして。
終わったらすぐ、こちらへ直行しました。今日、お二人がいらっしゃるって伺ってましたので」
クミマルはリモリの説明に一つ一つうなずいて、優しく笑う。
クミマルの身長は、リモリの倍はあるようにも見えた。決してそこまでの体格差はないのだが、リモリはきゃしゃな女の子。圧倒的な違いだ。
「なるほど、よく分かりましたよ。テストお疲れさまでした」
リモリをねぎらった後、クミマルはこらえきれなくなったようにククククッと笑いだし、やがてカハハハハと高音で豪快に大笑い。
ロタとリモリの、今のやり取りが面白かったからだ。
つられて、リモリも噴き出す。ロタは、若干不満げに、渋い表情を作って二人を見比べる。
「仲良しなのねえ、リモリちゃんとロタさんたら」
クミマルが冷やかすと、リモリはふくれたような顔に冷ややかな笑みも足して、
「っていうかー、なんかさあー、やたら固くて慎重なんですよね、ロタさんは。ちょっとやめてほしいな、って。時々どっと疲れちゃうんです」
「えっ、なんだよ、そこまで言うかね……」
ロタは苦笑を通り過ぎ、今やしかめ面。
(ま、その手のコメントは、今までの五十年、女の子たちからさんざん言われたけどな)
そうも思い出したが。
と、その時だ。
「それはちょっと異議ありだな、リモリ。慎重さは大切だよ。大人の世界は特にそう」
門の中の、建物入り口の方から、男性の声がした。静かに諭すような、落ち着いた声音。
三人が一斉にそちらを向くと、
青い作業着姿、もしゃもしゃの黒髪、やせ型の中年男性。マノウであった。工場の中から出て来たのだ。
「外でにぎやかな話し声が聞こえたから。皆様、おそろいで」
マノウの言葉にロタが答えて、
「お久しぶりです」
と会釈する。
「初めまして」
「遠いところを、ようこそおいでくださいました」
深々と頭を下げるクミマルへ、マノウは歓迎の言葉を返した。




