31 三度目の現在編、ロタと完成版イリカ。
【登場人物(現在編)】
・ロタ 還暦過ぎの独身男性。定年退職の日、
イリカを「引き取り」に行く
・イリカ 美少女ロボット。ロタの「彼女」として、
十年かけて製作された
【イリカ製作メンバー(今までのストーリー時点)】
・ハヤミ 女性科学者。イリカの脳部分を担当
・マノウ 町工場社長。イリカの体、動力を担当
・リモリ マノウの娘
・ドワキ ロタの親友。工学博士。見積書作成
八十四、
ここで、話は過去から今へと戻る。
冒頭、そして途中に次ぐ、三度目の現代編である。
すなわち、物語冒頭、定年退職を迎えたロタが、その帰りに別の企業へ寄ったシーン。
美少女ロボットとして完成したイリカを発注者(依頼者)として引き取りに来た、その場面の続きだ。
メカに囲まれた、実験室のような部屋。
椅子に座った状態のイリカを、一人見下ろし、過去を振り返っているロタ。
部屋の外では、ここの社員を待たせている。
後で、イリカ引き取りの手続きをしてもらうためだ。
現在のロタは還暦を過ぎ、白髪が多くなり、顔のしわも増え、すっかり初老の出で立ち。
イリカも変わった。
当初の巨大さや、冷たくゴツゴツした感じは余り残っていない。体のサイズも、人間並みになった。
(試作第一号は、俺よりはるかに巨体だったんだもんなあ。信じられん。よくぞここまで縮小されたもんだ)
改めて、ロタはため息をつく。
さすがに、人間と区別が付かないほどのリアルさはない。
だが、外側には皮膚も付き、髪も付き、「少女」っぽくなった。
恋愛対象として見るには充分な外見だ。少なくとも、ロタにとっては。
(電源を入れたら、目があいて、俺を見てくれるんだな。たまらないな。最高だ。
笑ってくれるかな。早く、手もつなぎたいな)
ロタは、気持ちが高ぶるのを自覚した。
そう、イリカはまだ電源を切られたままだ。
うつむいて、目を閉じた状態。全く動かない。
イリカが製作当初と変わった点は、皮膚や髪だけではない。
被服もだ。今は、「女子高生」という設定に合わせ、制服を着せられている。
紺色の長袖セーラー服。下はミニスカート。スカートも紺色。
セーラー服は、普通の(人間の)女子高校生が着る物とは違い、イリカ用の特注品である。
イリカはロボットであるため、人間用の服より厚めの生地で、頑丈に作ってある。サイズも大きめだ。
ただ、スカートのサイズについては、最後の最後まで確定しなかった。
イリカの脚を少しでも細くするべく、リモリが奮闘してくれたからである。
「何せ、十代女子同士で約束したんですから。女の子の気持ちには配慮しますってね。私、最後まで妥協しないよ」
とはリモリの弁。
リモリは、あの夏の日の約束を、大人になってからも忘れなかったのだ。
リモリによって、イリカの脚は何度も細く造り替えられていった。
今やリモリも二十代後半。美しく成長した。
少年のように短く刈っていた髪の毛も、現在は肩の辺りまで伸ばしている。
立派な若手技術者として、周囲からも一目置かれる存在となっていた。
最近、首都圏へ引っ越し、エンジニアとして大企業への就職も果たした。
なお、イリカにはたくさんの予備スカートも用意されている。
「人工皮膚でカバーされているとはいえ、基本、イリカさんの腰や脚は金属ですから。恐らく、スカートの傷みは人間より相当早いでしょうね。予備は必要だと思います」
と、これはマノウの見解。
マノウは既に、五十代半ばである。
初めて会った時のロタと近い年齢。
そろそろ髪が白くなり始めても良さそうなものだが、マノウは未だに黒々とした豊かな髪。ロタはすっかり白髪、しかも薄毛となってきており、少々うらやましい。
さて、話を戻して。
一対一で、イリカと向き合うロタ。
「イリカ……」
静止したイリカを見下ろし、ロタはまた名前を呼んだ。
(イリカは本当に、色んな人にお世話になったんだな)
ロタは改めてそう思う。
ドワキ、ハヤミ、マノウ、リモリ。
それぞれの下で働く職員、社員、関係者たち。
多くの熱意と愛情を注がれて、イリカはここまで仕上がったのだ。
(いや、まだだ。あと一人いたな)
ロタは胸の中でつぶやいた。
そう、もう一人、重要な人物がいた。
ドワキ、ハヤミ、マノウ、リモリに続く、あと一人……。
イリカの外見、顔や皮膚を担った者。
その時、ロタの背広ズボンの、ポケットに入ったスマホがブルブルと震えた。
何かメッセージを受信したのだ。
八十五、
スマホを取り出すと、送信元には「クミマル」と表示されていた。
「わっ」
と、ロタは思わず笑い声をあげていた。何というタイミング。
(まさしく、今、あなたのことを考えてましたよ)
ロタは、心の中でそう語りかける。
スマホを操作し、受信メッセージを開く。
画面には、以下の文章が表示された。
ロタ様
お元気ですか。
本日は、御退職おめでとうございます。
勤続四十年、お疲れ様でした。
いよいよ第二の青春ですね!
イリカちゃんには、もう会われましたか?
私も気になっていて、本当は立ち会いたかったのですが、仕事がありまして、申し訳ありません。
でも、近いうちに必ず会いに行きますよ!
ロタさんとイリカちゃんの素敵なカップルに。
それでは、また。今日という素晴らしき日に!
クミマル
ロタはほほえんだ。
今、まさしく思い出しかけていたクミマルのことが、このメッセージによって、よりくっきりと記憶へ引き出されたのだ。
飾らない人柄。
筋肉で盛り上がったたくましい肩。大きな体。
どちらかといえば「インテリ」が多かった今までのイリカ製作メンバーの中では、クミマルは異端の存在であった。
しかし、卓越した発想と技術。
(そういえば、リモリさんは、ハヤミさんと会う前に、先にクミマルさんと会ったんだっけ)
不意に思い出したロタ。
ハヤミの方があんなにリモリと会いたがっていたのに、なかなか想定通りにはいかないものだなと、当時は思った。
でも、これが人生の面白さかもしれない。
「あっ、そうだ」
ロタは、あることをふと思い付いて、スマホのカメラ機能を起動させた。
そして、椅子に座って動かないイリカの横にしゃがんで、スマホのカメラを自分へ向けた。いわゆる「自撮り」である。
自分とイリカの、「ツーショット」写真を撮ったわけである。
「うん、いい感じだ」
声に出すロタ。
画像は、目を閉じたイリカと、カメラ目線のロタの顔が横に並んでいた。
顔のアップなので、ぱっと見は、眠った「人間の少女」とツーショットを撮ったかのようにも思える。
もっとも、よく見れば、「この写真、女の子が不自然だ。女の子は人工のマネキン人形か何かか?」と分かってしまうだろうけれど。
早速、ロタはその画像を添付ファイルとして貼り付け、クミマルへメッセージを返信した。
以下の文面で。
クミマル様
お仕事前に、失礼いたします。ロタです。元気です。
メッセージありがとうございます。
先ほど、めでたく退職してまいりました。
明日から、毎日が日曜日です(笑)。
退職あいさつも、まあ、うまくしゃべれました。
人前で話す機会も、今後はあんまり無いのでしょうね。
寂しい気もします。
イリカには先ほど会いました(添付画像参照)。
かわいいでしょう。全部、クミマルさんのおかげです。
本当に感謝しております。
ロタより
すると、二分と経たないうちに返信が来た。
メッセージ件名の横には、ネコかトラだろうか、動物イラストのスタンプが貼り付いていた。
が、何と、その動物イラストは、大げさに苦笑いをし、大粒の汗を一つ、タラーッと垂らしていた。
(えっ。俺、何かおかしなこと書いたかな?)
ロタは困惑しつつ、クミマルからのメッセージを開く。
ロタさん!
それはダメだよ。ルール違反。
女の子の寝顔を、そんなむやみに撮るもんじゃありません。しかも送信するなんて。早く起こしてあげなさいな。 クミマル
(返信は不要です。すぐ起こしてあげてください。)
メッセージは以上だった。
ロタは、顔が火照るのを感じた。
「そりゃそうだ。そりゃそうだ」
ロタは納得し、思わず二回も声に出していた。
恥ずかしさを紛らわすように、その場で三度ほど軽く跳びはねる。
(やっちまったなあ。我ながら悪趣味だったか)
ロタは瞬時に反省する。
イリカ起動前の写真を見せることによって、クミマルへの謝意、誠意を示そうとしたのだが、裏目に出てしまったようだ。
確かに、イリカは自分の彼女。
許可なく写真を、それも眠っている顔を撮るなんて、考えてみれば軽率で、失礼極まりなかった。
(よし、寝姿を眺め回すのも、もう、やめにしよう。お遊びはこれまでだ、な)
もう、十分に思い出にはひたれた。
そろそろ、イリカを起こそう。
ロタはスマホをしまうと、部屋の出入り口へ向かう。
部屋の外の、廊下かロビーに待たせている、ここの社員を呼びに行くために。
社員に、イリカの電源を入れてもらうのである。
クミマル。
イリカ製作を担当したキーパーソンたち、最後の一人。
そう、この者こそ、イリカ製作の最終工程のリーダーだ。
イリカの顔や皮膚を受け持った人物である。
次は、クミマルについて語ることとしたい。