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ロタとイリカ 独居老人、彼女を造る。  作者: KIZOOS
第二部 マノウ編(ロボット骨格の章)
24/83

23 クレープ巻き巻き、イリカ談義。

  六十六、


 うなぎの次はケーキである。

 今度は独立した店舗ではなく、繁華街を少し歩いた先にある、銀色の高層ビル一階。

 真夏といえど、既に外は暗い。

 街灯、ビル灯り、車のヘッドライト。歩道には人通り。

 光や声でにぎやかな観光地。夏休みの駅前。


 ビルを入ると、真正面に広い壁。壁をくり抜いた大きな穴を挟む、両開きの扉。これは本物の扉ではなく、巨大な装飾である。

 扉は開け放たれている。まるで映画のセットだ。天井までそびえており、西洋の城門のよう。

「こっちはこっちですごいね。一流ホテルみたい」

 笑って見上げるロタ。

「遊園地とも言う」

 リモリも笑う。

「来たことあるんだよね?」

 と、娘を振り返るマノウに、リモリはうなずいて、

「たまにね。高校の頃に友達と。でも高いからさあ。いつもケーキ一個とか。

 でも、今日はいっぱいいただくよ」

 と、ロタへ視線を移してニヤリ。

「いいですとも。どうぞどうぞ」

 笑顔は浮かべながらも、茶化さずロタは答えた。今夜はリモリが主役なのだ。


 華やかな照明で昼のように明るい店内には、カラフルなシャンデリア。音響は、ノリの良いクラシック曲。

 店内は広く、部屋全体を容易には見渡せない。空席もちらほらと目には付くが、にぎわっている。

 スイーツの店でもあり、女性客が多いようだ。また、リモリも含め、この店目当ての客が積極的に来店している印象で、通りすがりにたまたま入ったらしき客は余り見当たらない。


 四人がけの席へ案内される。

 赤いチェック柄のテーブルクロス。アンティークな、高い背もたれのデザインチェア。

 メニューと水を持ってきたウェイトレスも、本格的なかっちりした服装。

 パティシエ帽というのか、白いハンチングを頭にかぶり、首にはネッカチーフタイ。

 腰から下は黒いロング丈エプロン。


 三人でメニューを選ぶ。

 マノウは自分のペースで食べたいからと、まとめて最初に持ってきてもらい、ゆっくり飲食する形式。甘い物が嫌いというわけではないらしく、抹茶パフェとカプチーノを注文。


 リモリとロタは、一品食べては、次の品を運んできてもらう形式にした。

 メニューを開き、向かいのロタにリモリが尋ねる。

「ロタさん、まず何食べます?」

「何かお薦めがあれば。こういう店、余り来ないので」

「じゃあ、クレープにしよう。後でケーキ盛り合わせも」


 やがて、クレープが来た。

 ロタは、巻かれたクレープを想像していたが、出てきたのは、皿に広げられた大きなクリーム色の皮一枚。扇形。皮の上には、アイスクリーム、カットフルーツ、絞られた生クリームが横一列に載っている。

 華やかな眺めだが、ロタは戸惑う。

「えっ、どうやって食べるんだ、これ」

「私はこうやってます」

 リモリは、フォークとナイフで、端からくるくると皮を巻いてゆき、上に載ったアイスクリームなどを器用に包み込んでしまった。細長い筒のように。

「ね。あとは、これを端っこから切ってくわけ」

「なるほど。見事なもんだ」

 ロタも慎重に真似をし、一応、それらしくはできた。

 リモリは、クレープを細く切って口に運びつつ、

「イリカちゃんも、手の動き、これぐらいできたらいいですよね」

「まあ、イリカは食事しないけど」

 リモリは隣のマノウを見て、

「そういうのって、もう決めてあるんだね」

 マノウはカプチーノのカップを置き、

「うん。その辺は、ロタさんと直接お会いする前から、既にメールとかで話し合ってるからね」

「でも、料理作ってくれるかもよ」

 リモリは少しからかうように、しかし優しい笑い方で言った。

 それを聞いてロタもほほえむ。

(そういえば、女の子の手料理、俺、食べたことないなあ)

 そんなことが、ロタの頭をふとよぎった。


 マノウは、何も持たない両手をテーブル上に出し、フォークやナイフを持つようなジェスチャーをしながら、ううんと小さくうなり、首をかしげ、

「今、リモリがやった動作、クレープを巻くのは難しいかもしれない。我が社のロボットアームで実現可能なのは、切るまででしょうかね」

 技術者の鋭い目に変わっていた。

 対するリモリは目を細めて、

「お父さんの頑張りどころだよね」

 ロタも、

「イリカと並んで台所に立つのもいいな。イリカが料理を切る。で、俺は挟んだり巻いたり、細かい作業をすればいいよね」

 と、未来を夢見るように言うのだった。



  六十七、


 ロタの話に、リモリも乗る。

「いいじゃん。で、二人で食卓へ……」

 と、ここでリモリは目を見開いて、何かに気付いたような口調で続ける。

「でもさ、ロタさん」

「何?」

 口へ運びかけた最初のクレープ一切れを、途中で止めながらロタが問う。

 リモリは、

「もし、イリカちゃんが食事しないんだったら、どうしたって、自分が人間じゃないことには気付くよね?」

 ロタは、クレープの刺さったフォークに目を移し、食べずに皿へカチャリと戻し、

「多分ね」

「多分って?」

 リモリの食事の手も止まる。

「要するにさ、イリカがロボットとして最終的に完成した時点で、イリカ自身が、つまり人工知能がどこまで賢くなってるか、だと思うよ」

 言い終わると、ロタは今度こそクレープを口へ入れる。

 クリームとフルーツの固まりが歯でつぶれると、甘みと酸味、水分が広がる。おいしい。

「おっ、意外と甘くないね。ヘルシーなのかな」

 リモリは、ロタが述べた味への感想は聞き流し、

「どういう意味?

 食事は、それこそ日常的な習慣ですよね。ごまかしようがない気がするんですけど。

 食事をしない自分と、目の前で食事するロタさんを見比べたら、イリカちゃんもさすがにおかしいと思うんじゃないの?」

 リモリの目は、もっと真面目に説明してよ、と軽く抗議しているようにも見えた。

(ああ、そうか、この辺のことは、リモリさんもよく分かってないのか。なるほどな)

 ロタはそのことに改めて気付かされた。


 そこで、リモリに対して順を追って解説してゆく。

 マノウも興味深そうに聞いている。

「リモリさん、済まない。別にふざけてるつもりはないんです。

 この件は、俺もずっと考え続けてきたし、折に触れてハヤミさんとも話し合ってるから、まあ御心配なく。

 というか、実は心配しても仕方ない部分もあるんですよね」

「不確定要素が多い、と?」

 マノウが尋ねてきた。

 ロタは、

「そうです。人工知能というのは独自にネットワークを構築し、人間には全く想像の付かない経路で結論を出します。ブラックボックスと呼ばれるゆえんですよね。

 仮に、自分だけが食事を取らない体でも、それはそれで、イリカなりに納得してしまうかもしれない。我々には想像も付かない理由で」

「しなかったら?」

 すかさず、リモリの質問が飛ぶ。

 ただ、目つきの鋭さは和らいでいた。手元も、クレープ切り分け作業を再開している。


 ロタは答えてゆく。

「それはその都度、試すしかないよ。今日は食欲がないみたいだね、と言えばおさまるかも。

 または、食べる動作を真似させるとか。例えば、料理を食器で口元まで運ばせ、口を数回動かす仕草をさせれば、それで納得するように訓練したりプログラムしたりする。

 あるいは、イリカ専用のガムを作る案もある」

「えっ、ガ、ガム?」

 リモリが、まゆを上げて聞き返してくる。

 ロタは答える。

「うん、ガム。これはドワキのアイデアなんだが、ね。

 特殊なプラスチックかゴム素材の、柔らかいガムみたいな物を作るわけだね。

 イリカは、俺と食事する時は、それを口の中へ入れて、一定時間かむんだよ。もちろん飲み込まずにね。その動作をもってして、疑似的に食事を取ったとみなすわけだ。人工知能がそれで納得してくれれば解決だよね。

 もっと原始的な強硬手段もあり得るわな。

 例えば、イリカには食事場面を見せないとか。究極的には、俺の食事中にはイリカの電源を切るとかね」

「えーっ、何もそこまでして……」

 と、リモリはあきれたような表情をしたが、新たなクレープを食べながら、

「いや、でも、そうか。ん?

 テレビみたいな物なのか?

 ロボットと暮らすっていうのは、突き詰めれば、」

 リモリは頭の回転が早い。今の説明で、ぴんときたようだ。


 ロタもクレープを飲み込んで、

「そう。つまりは、そういうことなんですよ。夢がないかもしれないけどさ。でも、そういうことなの。

 素人の俺が言うのもおこがましいけれど、結局は、部品を、機械を、コツコツ組み上げていくしかないんですよね。人工知能にせよ、ロボットにせよね。

 で、少しでも人間っぽい動作をしてくれたら、よしよしって、小さな満足感を得ると。多分、その繰り返しでしかない。

 これを受け入れる覚悟がないのなら、ロボットを恋人にしようなどと思ってはいけないんだよ」

「で、ロタさんには、その覚悟が出来てるってわけだ?」

 リモリが、クレープのひとかたまりを豪快にほおばりつつ、片手で口元を隠しながら言った。もはや、しゃべり方は完全に雑談口調へ戻っている。


 ロタはうなずいた。

 やや傾いた雑なうなずきではあったものの、態度に迷いはない。

「そうだね。最初、この計画に取りかかるまでは随分悩んだけど。

 生まれてからずっと女性に縁がなかった俺が、それでも恋愛気分を味わいたいのなら、この辺りが妥当なラインなんだろうってね。

 もちろん、曲がりなりにも生命や人格のような存在を作り出すわけだから、ところどころは、人間相手か、それ以上の心遣いが必要だ。それは、今日、まさにあなたから教えられたことですよ」

 ロタは、今日の昼の、リモリとイリカとの対話を思い出しながら言った。

「うん……」

 リモリは一応うなずいたが、自分の皿の上に視線を落とし、考え込むポーズ。恐らく、リモリも今、同じ場面を思い出しているはずだが。


 十九歳の女の子にとっては、そもそも、大金を投じて恋人ロボットを造りたがる金持ち男がいる、という時点で、もしかしたら「キモい、あり得ない」と感じるのではないだろうか。

 それでも、プロとして、女の子として、真剣にぶつかってきてくれたリモリ。が、やはり、イリカにせよ、ロタにせよ、ちょっと自分の理解を超える存在だったのでは。

(リモリさんにとっちゃ、昼にはイリカと対話して、夜にはこうやって俺と対話して。変な奴らに囲まれた困惑の一日だったかもなあ)

 と、ロタは感謝しながらも気の毒がる。


「リモリ……?」

 マノウが、心配そうに娘の顔をのぞき込む。

 リモリは顔を上げ、横の父親、続いて向かいのロタを見て、フーッと長めのため息をつき、

「何か、色々あって今日は疲れちゃったよ。まあ楽しかったといえば楽しかったけど。

 何だかなあ。世の中、色々な人がいて、色々な考え方があるんだなあ。

 ケーキ頼もっか」

「そうだね。どんどん召し上がってくださいな」

 と、ロタ。

 リモリは少々驚いた顔で、

「えっ、ロタさんも食べるんですよね?」

「もちろんもちろん」

 顔を見合わせて笑う二人を、マノウもホッとしたようにほほえんで眺めていた。

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