24 ロタとハヤミ、リモリ・イリカを語り合う。
六十八、
「そうですか、御滞在先ではそのようなことが。色々あったのですね。お疲れさまでした」
ロタからの報告を受けたハヤミが答えた。満足とねぎらいの笑顔。
マノウの工場を見学し終えたロタが、南方旅行から帰宅し、一週間ほど後のことである。
ハヤミは女性科学者。イリカの脳部分を設計し、現在も研究開発を継続させている。
ロタとハヤミは一対一で、間に丸テーブルを挟み、向かい合って座っている。平日夜。首都圏。
場所は、ハヤミが勤務する研究施設。実験棟の一室。
二人が直接会うのは、三か月前の、ドワキも交えた例の会食以来なので、考えてみると久しぶりだ。
あの時にはまだ、イリカの体を担当する業者の候補すら未定であった。それを思えば、状況は一変している。
今日、詳細をハヤミに報告する機会を設けたのだ。
服装は、二人とも仕事着。
ロタは紺色の背広。ブラウンのネクタイ。
ハヤミはグレーのパンツスーツ。前あきの上着の中は、ブルーのインナーブラウス。
ハヤミも、ひも状の布を、ブラウスのフロント部に垂らしている。襟の延長という感じで、ブルー。ブラウスと一体化している。ボウタイ襟というやつであろう。
ロタは、仕事帰りに自分の勤務先から寄った形。足下には、通勤カバンが置かれている。
ハヤミの言葉に、ロタはゆっくりうなずいて、
「はい。以上、御説明しました通り、この度、マノウさんと正規契約を交わしました。
会社の所在地が遠いため、イリカの体の製作状況は、定期的にネット経由で私へ連絡が来ることになっています」
「承知いたしました」
「また、マノウさんがハヤミさんと御相談をしたい場合には、一旦、私へ話を通してから、ハヤミさんと私へ同時にメール等を送る方式になさるそうです」
「承知しました。では、私も、マノウさんと連絡を取る際にはそのようにし、ロタさんの頭越しにやり取りすることはいたしません」
「ありがとうございます」
ロタは軽くお辞儀をした。
ハヤミは、事務的な表情をフッと和らげ、リラックスした顔に変わる。ハヤミの優しさがにじみ出るようでホッとさせられるし、女性らしさに少々ドキッともさせられる。初対面の時から、ロタが密かに「いいな」と思っている表情だ。
ハヤミは、丸眼鏡越しの大きな瞳をやや細め、雑談風に言葉を続ける。
「マノウさんの娘さん、ええと、お名前はリモリさん、でしたか」
「そうですね、はい」
「お話を伺っていると、とても賢く、優秀な子のようですね」
「賢いですよ。まだお若いなあと感じさせるところもありましたけど」
「例えば?」
ハヤミは尋ねてきたが、恐らく、ある程度は答えも予測した上であり、認識は共有していそうな表情だ。
「イリカを人間とみなしていること。イリカも自我を持ち、普通の女の子のように悩んでるのだと、リモリさんはそう考えてる節があります」
「なるほど。先ほどロタさんからのお話を伺った限りでは、ええ、それは私も感じましたね」
と、ハヤミは同意した。やはり、同じことを思っていたのだ。
ロタは続ける。
「実際は、ちょっと違うんですけどね。我々が造っているのはあくまでも機械であって、イリカは人みたいにはなり得ないわけですが。その辺の割り切りというか、気持ちの折り合いの付け方は、今後、リモリさんも少しずつ慣れていかれることでしょう。
かくいう私だって、初めは分かってなかった。ハヤミさんから勉強させていただいて、徐々に学んでいったわけですから」
ロタの苦笑いに、ハヤミは首を軽く横に振り、柔らかなほほえみで応じた。
「でも、そのようなお気持ちも大事ですよ。この種のロボットの最終目標は、まさにそこなんですから。
将来、今のペットロボット同様、人間がごく当たり前に、人型ロボットと暮らす時代がやってくるでしょう。その時には、克服しなければならない課題です。
そしてそれは、私ども専門家のみでは恐らく乗り越えられません。なぜなら、気持ちの問題だから。人工知能に自我があろうとなかろうと、人間がどう受け取ったかが大事なのです」
「そうですね」
互いにうなずいてから、ハヤミが続けて、
「その意味では、イリカちゃんの設定年齢と三歳しか違わないリモリさんが、真面目に向き合ってくれたのは有り難いことです。
それに、聡明なバランス感覚もあると思います。夜の打ち上げの時に言ったという、テレビみたいな物なのかなという一言。それ、素晴らしいですよ。人工知能の本質を、見事に言い当てています」
「それは私も思いました」
ロタも同意する。ハヤミは、
「是非、大学や大学院へ進学してほしいんですけど。もったいない気がしてならないですよ」
国際的な科学者ハヤミに、ここまで言わせるとは。
ロタもうれしくなり、
「そうかもしれませんね。たしか、ポスドクがどうとか言ってましたけど。研究職では、あんまり食べていけないとか何とか」
ハヤミの目付きが変わり、納得したような顔に。
「ああ、やっぱり、そこはちゃんと考えてるんですね。まあ、お父様も詳しいでしょうしね、その辺は。
大学院の博士課程への入学者も、海外への留学生も、十五年ほど前がピークでした。その後は減少傾向です」
「減ってるらしいですね」
「ええ。私を含め、三十代後半辺りが研究者としては大切な時期なのですが、雇用が不安定で、人生設計が立てにくい人も多いのです。それで志望者が減る」
「有期雇用だと、落ち着いて研究できないでしょうね」
「ええ。国が制度設計をしなきゃいけない部分です。もっとも、私ども人工知能分野は、どちらかといえば恵まれているんですけどね。政府の来年度予算でも増額していただけるようですし」
ばつが悪そうなハヤミへ、ロタはさらりと話の流れを戻してゆく。
「まあ、AIは世界的な注目分野ですから。
でも、ハヤミさんが褒めていたと聞いたら、リモリさんも絶対喜びますよ。次、会えた時にお伝えしておきます」
「是非お願いします。機会があったら、私も会って話してみたい」
ハヤミははっきりとそう答えた。
六十九、
話題は移り、ハヤミが口を開く。
「行きの列車内の件が発端となった、この度のエラーには、私にも設計者として思うところがあります」
「と、おっしゃいますと?」
「正直、責任を感じておる部分もあります」
「責任?」
「はい。人工知能イリカちゃんの基礎プログラムは二つ。自分は女子高生である、と、ロタさんの詳細データ。シンプルにした方がのびのび成長できると踏んだからです。
ただし、初期段階のプログラム構築の際、どちらに重きを置くかで随分迷いました」
「重き?」
「はい。要は、二つのバランスです。
最終的には、この二要素がうまく絡まり合って、ロタさんの彼女のように振る舞えば良いわけですが、その際、優先順位をどう付けるのかということです」
じっくり言葉を選んで話しているのだろう、ハヤミがここで一呼吸置いたため、ロタには考える時間ができた。
思いついたことを述べてみる。
「イリカが女の子として内面を育てるのが先か、それとも、私の機嫌を取る……と言うとあれですけど、そのどちらを先にするか、ということですか?」
ハヤミの表情が、はっきり驚きのものとなった。ここまでの説明だけでよくぞ分かりましたね、と言いたげに瞳を丸くし、うれしそうに、
「そう、まさにそうなのです。
御機嫌を取る、まあ、ロタさんのお気持ちをくみ取るといいますか、そちらの能力も当然大切で、そのためにロタさんの趣味、嗜好も記憶させたわけですから。
ロタさんが見たい物、言ってほしいこと、召し上がりたい物をどんどん先回りして告げてくれる機能は、やはり必要です、それはそれで。
ただ、余り早々にやってしまいますと、」
ハヤミとしっかり目が合う。同意を求めているようでもあり、ロタも努めて饒舌になることにした。
「そうですね、確かにね。私も、大して頑張らなかったかもしれない。
イリカがどんどん気を利かせてくれたら、私だってうれしくなっちゃいますからね。うんうん、そうだね、イリカはかわいいね、大好きだよ。毎日、私もそんなことばかり言ってたかも。
しかし、それではね。いつまで経ってもイリカは成長しない」
うんうん、そうだね、のところでハヤミはぷっと吹き出した。ロタの言い方がオーバーだったからだ。笑顔のまま、
「ええ、ええ。そうなんですよね、まさに。
随分迷いましたが、イリカちゃんが人間らしくなる方を優先させました。すなわち、女の子なら当たり前に持っているはずの感覚」
「ハヤミさんとしても、もしかして、そちらの方が抵抗感がなかったんじゃないですか?」
ロタはあえて踏み込んだことを問いかけてみる。ハヤミは首をかしげ、
「どういう意味でしょうか」
「女性の感覚として自然だったんじゃないかな、と」
今度はハヤミの方が、ロタの真意をすぐ察したと見え、この一言だけで
「ああ」
とうなずいていた。
ロタは説明を付け加える。
「男性の一方的な願望だけが入った人工知能は、造っていても楽しくないんじゃないですか?
楽しくないというか、張り合いがないというか。女性の自然な感覚に沿って……まあ、老人と付き合う女子高生って時点でちっとも自然じゃないんですけど、ま、それは置いといて」
ハヤミとロタは、そこで同時にフフッと短く笑い合った。共謀者のように、いたずらっぽい視線が交錯する。
ロタは言葉をつなげて、
「少なくとも、女性として自分だったらこうは思わないだろう、絶対こうは言わないだろう、みたいなね。そういう違和感は減らした方がいい気がするんですよね。せっかく女性が設計なさってるのですから」
「確かに、迷った時には、極力自分の感覚に誠実でありたいなとは思いましたね。ただ、さじ加減を間違えると大変なことになります。今回は結構な綱渡りだったのかもしれません」
「リモリさんがそこは修正してくれましたよ」
「違いますよ。列車内で、まずはロタさんのとっさの説得があったからです。あれは適切な応急処置だったと思います。最適だったかも」
と、ハヤミがロタを褒める。
「いつか直接会えた時に、今想像してる私より素敵じゃなくてもがっかりしないでくださいっていう、あのせりふを引き出したことが、ですか?」
というロタの質問に、ハヤミは強くうなずく。
「はい、それも含めて。あの一言は大きなステップでしたよね。第一、あれをリモリさんに言うはずもないんですから。ロタさん相手だからこそ出たせりふです」
「なるほど」
ここは素直に褒め言葉をもらっておいていいのかもしれないなと、ロタは思った。




