第九話:エピローグ:重なりの痕跡
最初は、ただの“違和感”だった。
「なあ、昨日のニュース見たか?」
昼休みの教室。
いつもと同じ会話のはずだった。
「どれ?」
「いや……戦争のやつ。ヨーロッパで――」
そこまで言って、友人は首をかしげた。
「……あれ?」
スマホを取り出す。
ニュースアプリを開く。
そこには――何もない。
「昨日、確かに見たんだよ。ナポレオンが勝ったって……」
「は?」
笑いが起きる。
だが、誰かが小さく呟いた。
「……俺も、似たの見たかも」
空気が、少しだけ変わる。
別の日。
会社の会議室。
「この技術、日本が先行してたはずですよね?」
資料をめくりながら、誰かが言う。
「いや、それはアメリカだろ」
「いや、日本だ」
「いや、そもそも存在してなかったはずだ」
沈黙。
全員が、自分の記憶に確信が持てない。
また別の日。
老人が、ぽつりと呟く。
「昔はな……空を飛ぶ機械が支配していたんだ」
孫は笑う。
「それ映画でしょ」
「いや……現実だった気がするんだ」
世界は、確かに安定している。
だが。
完全に分離されたわけではない。
“層”の境界は、わずかに揺らぐ。
夢の中で、別の人生を見る者。
存在しない歴史を“知っている”子ども。
説明のつかない既視感。
それはバグではない。
“痕跡”だ。
そして――
ある夜。
一人の青年が、空を見上げていた。
理由はわからない。
ただ、なぜか。
「……誰かが、見てる気がする」
風が吹く。
その言葉に、答えはない。
だが。
確かに――
そこに“意志”はある。
選ばないと決めた者の、
静かな意思が。
どの世界も、消えていない。
どの可能性も、残っている。
そしてそれは、
ほんのわずかに、
この世界にも滲み続けている。
誰にも気づかれないまま。
ずっと。




