もう一つの武器
ガァアアアアアア!!
シャァアア!!
ユリアが旅立ってから三日後、いつも通りやや手持無沙汰な中、中庭でいろんな者の戦闘を見学する。
「すごいね、獣人とはああも体を変えられるなんて」
そして横では、同じように次の者達が来るまで暇になっているレナードの姿があった。
「それが彼らの強さなのだろう」
「そうだね」
シャ!!
フン!!
レナードと穏やかな会話をする中で目の前ではティタとアシラによる激しい模擬戦が行われる。
「ぅう~~」
「その子も楽しんでいるようだね」
「っ!?」
いつも通り膝元にいるイオシスが二人の戦いを見て、何やら声を上げるが、レナードに話しかけられたことで腕を盾に逃れようとする。
「振られたな」
「ははは、仕方ない、今は意中の相手の傍に居るのだろうからね」
軽口を叩き合いながら共にテーブルに用意されている、カップを手に取る。
「それでレナードも加わるか?」
「いや、止めておこう。僕が加わるとなると怪我しそうだ」
こちらの言葉にレナードは軽く肩を竦めながら答える。
「さすがに多少の訓練は受けていると思うが?」
「多少はね、僕たちは武術よりも話術を訓練するから」
アズバン家ならではの教育という事らしい。
「なら武器は剣か?」
「よくわかったね」
「訓練を重視してないことと、国内の主流からの憶測だがな」
グロウス王国では剣が一番の人気を誇っている。そのため話題作りにするのならメジャーなものだと判断しての予想だった。
「へぇ~剣を習っているのかい?」
「はい、嗜む程度ですが」
剣の話をしていると俺たちの背後からマシラの声が聞こえてくる。
「なら、一戦どうだ?次期アズバン家の当主なんだろう?少しばかり実力を見せてくれないか」
「お恥ずかしながら、私は最低限自衛できる程度の技量しか持ち合わせていません。達人である夫人と比べられるとやや不釣り合いかと」
レナードはマシラには丁寧な言葉を使って話す。さすがに彼からしたら他国の来賓に対して軽々しい口調はできない。
「ふぅん、なら、それでも見せてみろ。もし筋が良さそうなら鍛えてやるよ。あと、バアルみたいに気軽な口で良いぞ。あたしらはこれしか知らんからこれ以外はできないが」
「……ではそうさせてもらいましょう」
マシラが本心からそう言っているのを察するとレナードは先ほどの俺との会話で使っていた口調に戻す。
「さて、どうする?やってみるか」
「では、一度胸をお借りしよう」
レナードは椅子から立ち上がると、体を軽くほぐし、傍に居る騎士の一人から木剣を渡される。
「では、少しばかり運動してくるとしよう」
「ああ、楽しめればいいが」
レナードはもとから軽く動くつもりだったのか動きやすい服装をしており、今も騎士の一人から木剣を受け取ると、終わったばかりにアシラとティタと場所を交代した。
「ほぅ」
「こ、れは、強烈、だね」
それからマシラとレナードの模擬戦が始まる。レナードはあまり武芸が得意ではなさそうだったが、マシラ相手にかなり持ちこたえていた。
「どう見る?」
「おそらく存命を第一とした指南のされ方をしていますね。相手を傷づけることを最小限にすることで逆に自分が傷つかないように立ち回っている印象が強いです」
リンに軽く聞いてみると、そのような反応が返ってくる。
「そうだな、だが攻撃がないわけではないな」
「はい、おそらく安全に反撃できる時のみを見極めてカウンターを放つことに傾注していると思います」
俺やリンの考えを肯定する様に、レナードは安全と判断できる瞬間でのみカウンターを放っていた。ただそれでも技量は相当差があるのか、本来決まるはずのカウンターはマシラによって防がれるか、避けられるかしていた。
(レナードも動揺しているな)
体勢を崩したところへの反撃だと言うのに、マシラは理不尽と言えるほどの身のこなしで回避していった。
「失礼いたします」
「どうした?」
「アルヴァスというドワーフが来られており、バアル様に面会を求めています」
「……あの件か」
アルヴァスと聞いてどのよう件か察しが付くと、騎士に連れてくるように指示する。
「いや~待たせたのぅ」
アルヴァスが中庭に入ってくると早速とばかりにテーブル長細い箱を置く。
「これが頼んでいた奴か?」
「おぅ、お主の出してくれたクシュル鋼と儂らの手持ちで造り合わせた特製の棒じゃ」
長箱から取り出したのか、全体が黒が混じったような銀色に、手持ち部分と棍の先が一部黒くなっている棍だった。
「ほれ振ってみい」
「なら、遠慮なく」
リンにイオシスを預けて、立ち上がってから、棍を軽く振ってみる。
「どうじゃ」
「前みたいに、変形することもなく振りやすい。だが――」
「魔力が通しにくいか?」
「ああ」
手に掴んだ時から感じていたが、棍に魔力を流そうとすると反発する感触を覚えていた。
「仕方ない。それらは魔力を通しにくい素材で作られている」
「なら、強化が出来ないのか?」
「その代わりに魔力による変質を受けにくく、魔法などをはじくこともできる。ただ後者は達人並みに技量を積まねばならんがな」
「無理に魔力を通せばどうなる?」
「別に変らんよ。まぁ長時間、それこそ数年単位で魔力に漬けとくとかなら話は別じゃが」
「大量に魔力を消費すれば強化することもできなくはない、と」
「その通りじゃ。それにバアルには魔具が有るんじゃろう?なら、特別な状況、魔力が使えない場面とかにはそれが役に立つじゃろうな」
棍は魔力を通しにくいことで強化しにくいというデメリットがあるが、同時に魔力による影響も少なく。特殊な環境下ではバベルより使い勝手がいい場合が多いという。
「特殊なサブとして使うなら、それで十分じゃろう?」
「それもそうだな」
それから軽く大振り、手首だけで回す、体を捻り遠心力を乗せた状況下で思いっきり振り切っても棍に特に変化はない。それどころか、比重が偏っているせいか、回しやすく威力が乗りやすかった。
「おお、良さそうじゃのぅ。それとあとはオマケじゃ」
「オマケ?」
アルヴァスは再び長箱から似たような棍をいくつか取り出す。
「それらは?」
「模擬戦用じゃよ。武器は損耗品じゃからな」
バベルと違い、この棍は通常の武器通り手入れが必要な代物、当然損傷損耗があり得る。そして訓練中にそういったことが起きないように模擬用の武器を準備するのが普通だった。
「比重は同じようにしているが、緒戦訓練用じゃ。そっちよりも安いがダメになりやすい」
「前回の様に柔い素材か?」
「大丈夫だと思うが、とりあえず振ってみい」
アルヴァスが模擬用の一本を差し出してくるので、先ほどの様に一通り振ってみる。
「問題は?」
「無いな」
やや軽いが、振っている時の遠心力の乗り方が本命の武器と同じだった。
「確かに訓練用としては十分だろう」
「ならよかったわい」
「それで、この棍に名はあるのか?」
アルヴァスは満足そうに頷いていたのだが、こちらの言葉で少しの間固まる。
「名か、欲しいか?」
「別に必要と言うこともないが、本命の棍と模擬用の棍と呼ぶのも少し面倒だ」
バベルの様に名前があればわかりやすいと思って聞いただけのことだ。
「なら、バアルが付ければいい。儂らはこれと言って名を付けることもしていないからのぅ」
「……ならクルシュでいいか」
元がクシュル鋼であり、それを少しだけもじっただけだった。
「まぁ、お主が良いならそれでいいが」
「それで代金は?」
「そのクルシュに関しては要らん。模擬用の物に関しては一本、ネンラール大銀貨というところじゃろう」
グロウス金貨では8、9割ほどの値段なので銀貨8、9枚というところだと言う。
「なるほど、今何本ある?」
「一応5本作ったがいるか?」
「ああ、それももらおう」
『亜空庫』を開き、クルシュを仕舞い、代わりにグロウス銀貨を取り出す。
「毎度あり、追加で注文があればいつでも言ってくれ」
「ああ、そうさせてもらおう」
その後、レナードと入れ替わる様にマシラと模擬戦を行い、模擬戦用の棍で体を慣らしていくのだった。
カクヨムにて先行投稿をしています。よろしければそちらもどうぞ。
https://kakuyomu.jp/works/16816452220569910224




