卒業に向けて
「では、バアル様、また近い内に」
「ああ、イゴールもな」
三人で酒を飲んだ夜の次の朝、日が昇って少し経つ頃に俺は飛行場でイゴールと出立の挨拶を交わしていた。
「それで、今回は父上からの土産はないな?」
「ははは、それはもう、帰ってからバアル様の仕事量を考えれば下手に恨まれるようなことはしないでしょう」
最後の最後に俺への仕事を下ろしていくことがないことを確認すると、そういった声が聞こえてくる。
「そこまで溜まっているのか?」
「お忘れですか?アルバングル大使の仕事にイドラ商会、ゼブルス家の仕事に今回新たに立ち上げる飛空艇の事業、これらが重なり合っていて相当な量だそうですよ」
「……俺は二か月後もまだ捕らえられているだろうな」
軽く気が滅入りそうな言葉を聞いて思わずそう言う。
「わはは、その時はお助けしますよ。帰った後は無理ですが」
「失礼します。空のコンテナの積み込みが終わりました」
「よし。ではバアル様、儂らはこれで」
「ああ、帰りに打ち落とされるなよ」
「心得ていますよ」
最後にそう交わすと、イゴールは飛空艇に乗り込んでいった。
その後、俺たちは飛行場に出ている意味はないので全員で宿泊所に戻り、飛空艇が飛び立つのを見送る。
そして飛空艇が飛び立った後、ユリアとレナードは積極的に動き出す。まず、彼らの寝泊まりはこの宿泊所となるため、その一室をそのまま使うことになり、そこが臨時の事務室として扱われる。その後、ウェデリアの現状把握に向かいに行く。そして同時にジアルドと、あちらに派遣するドワーフの移送に関してや、書類の形式についての相談、大使館の土地の確保、検問の設置、禁輸品の制定、罪人の捕縛と投獄先から輸送手順、そして戦火が落ち着いてからの交易の話などなどが行われる。
対してこちらは特に動くことは無い。しいて言うのなら、先の仕事を減らすための準備を行うのみだ。飛空艇を作るにあたって何がいるか、どのような機能を付けるか、人員の手配をどうするか、そしてグウェルドもそうだがグロウス王国内での施設の建設などなど。ただこれは今だけの話でやる事は山のようにある。
そして同時に直面するのが――
(急にやる事が少なくなると、逆に落ち着かないな)
いくら準備と言っても、ここではやれるだけのことは限られれてくる。それ以外と言えば父上やグラス、陛下から通信で疑問に答えるぐらいだった。
「お困りであるか?」
「困りごとという事ではないが…………お前が淹れるのか?」
「何事も挑戦である」
昼から少し経った時間、いつもはノエルが給仕をしに来るのだが、意外なことに今回はオーギュストが行っていた。
「さて、どうであるか?」
「正直、まぁまぁだな」
オーギュストの淹れた茶に口を付けるのだが、最上ではないが十分飲める程度のものだった。
「しかし、なぜ急に?いつもノエルがやっていることだろう?」
「なに、暇なのであるから、何かに挑戦してみようと思っただけである」
飛空艇が飛び立ってから2日、特にネンラール軍が攻めることもなく、緊迫してはいるが同時にやや弛緩している状態のため、俺、具体的に言えばユリアやレナード以外はのんびりとした日を過ごしていた。
「暇、か」
「バアル様もであるか?」
「実は、な」
特に隠すことでもないため、打ち明ける。
「やる事と言えば、来客の相談、鍛錬、あとは構ってくるイオシスの相手というぐらいだろう」
「イオシスであるか」
オーギュストは視線をベッドに向ける。そこにはイオシスのほかにクラリスとレオネが気持ちよさそうに昼寝をしていた。
「あの子はこの後どうするのであるか?」
「ひとまずは連れて帰るが……最悪は孤児院に預けることになりそうだな」
「え!?」
イオシスの処遇を答えると、ベッドの横で寝ている三人を見ていたリンが声を上げる。
「ほ、本当ですか?」
「ああ、というよりも、それが普通だろう?」
一応は手元に置くつもりで入るが、それは引き取るとは話が別だ。
「それなりに構うつもりだが、さすがに屋敷に置いて――」
「おけます!!」
リンがこちらの言葉を被せるように言う。
「誰が世話をする?」
「そ、それは」
こちらの言葉にリンは反論する部分を探す。
「そ、そうです、バアル様にはイオシスを拾った責任と言うものが」
「……だから孤児院に入れてはいけないと?孤児院に入れるのもある意味責任ではないのか?」
「うぅ」
リンはイオシスから離れたくないのか、粘る。
「それと先ほど話を被せられたが、これは最悪の場合、屋敷に置いてはいけないと言われた時だ」
「……そ、そうですね」
リンは少し先走ったことが恥ずかしいのか軽く耳を赤らめながら視線をこちらから外す。
(さすがにアルカナ持ちともなればできるだけ手元で育てる方がいい)
人は親という存在に弱い。それも愛情を注がれて育ったならなおのこと。
「多分大丈夫だろう」
こちらの話を聞いていたのか、長椅子に寝転んでいるエナがそういう。
「その理由は?匂いか?」
「勘だ」
エナの言葉には何の理論も納得できる要素もないのだが、その勘自体が鋭いため信用できそうだった。
「曖昧だな」
「仕方ない。それを言うならオレの力だってそういうものだろう?」
「違いない」
「ん、ん~~~あぁ~~」
エナの言葉に納得していると、ベッドからイオシスの呻き声が聞こえる。
「なんだ声を遮断していなかったのか」
「いえ、していましたが、イオシスが起きたのなら必要ないと思い解除しました」
どうやらリンはイオシスが起きてくるのを感じて、声の遮断を解いたらしい。
「ぉ~……あ~~」
そしてしばらく周囲を眺めるとイオシスはぼぅっとしながらもベッドを降りるとこちらに近づいて来て抱っこをせがむ。
「仕方ない」
「あぅ」
仕方なしに膝にイオシスを乗せるとイオシスは腹に頬を擦り付けながら再び夢の世界へと旅立つ。
「これを見れば、バアルの両親も納得せざるを得ないさ」
先ほどとは違い、大いに納得できるエナの言葉を聞いて、この場にいる全員が苦笑するのだった。
「では、あとのことをよろしくお願いいたします」
レナードたちがやってきてから5日後、俺は飛行場でユリアに頭を下げられていた。
「と言ってもそこまでやることは無いがな」
「そうでしたね」
ユリアの苦笑を聞きながら周囲を見渡す。飛空艇は昨日の内に降り立っており、搬出も搬入も昨日の内に終わっている。
既に飛空艇は飛び立つ前の準備段階に入っており、とは乗り込むだけという状態だった。
「ではユリア、向こうでの案内を頼むよ」
「お任せくださいレナード様」
そしてレナードは俺の横でユリアに向かって声を掛ける。立ち位置でわかる通り、レナードはまだここに残ることになっていた。その理由だが、次か、次の次にやってくるグロウス王国の外交官のために残ることになっている。
「本当なら私も残った方がよろしいのでしょうが」
「仕方ない、ドワーフの外交官の案内や建物や警備の手配とかで近しい誰かが共に付き添わなければいけないからね」
「それに留学中の俺やすでに卒業しているレナードは関係ないが、ユリアは学園があるだろう?」
レナードは年上であることでわかる通り、すでにグロウス学園を卒業しており、現在はアズバン家の次期当主として様々なことで存在感を強めていると言える。ちなみに今回もその一環だった。
対して俺だが、ゼウラスト内に作られた研究所で留学していると言える。事情をよくわからない者から見れば自国にある他国の学校に留学していると言う何とも奇妙な状態だった。
そしてマナレイ学園の卒業条件は単位を一定以上あること、もしくは3人の教授の推薦だけだった。ちなみにロザミアは研究所を持つにあたって教授資格を取得しているため、彼女から授業を受けて単位を貰うか、ロザミアやロー爺に頼み込んで三人の推薦を得られればいいだけだった。それもロザミアも理解している分野に関しては授業など受けなくても単位を付与することが出来るので、実質いつでも卒業できると言ってもいい。
「王妃候補が留年することの意味が分からない者は此処にはいないさ」
国のもう一つの顔とも言える王妃が留年経験があるなど、まずいとしか言えない。それこそ特別な理由があるならともかくだが、今回のことに関してはユリアも無理に大使に就任する必要はないため、特別とは言い難い。またユリアに大使になってほしくない連中からすれば攻める材料にもなるだろう。そういった部分を無くすためユリアは帰る必要があった。
「そうですね、ではお言葉に甘えましょう」
「何かあったら連絡を頼む」
「もちろんです。ではお先に失礼いたします」
こうしてユリアはグロウス王国へと赴くドワーフたちと共にウェデリアから王都へと戻っていくのだった。
カクヨムにて先行投稿をしています。よろしければそちらもどうぞ。
https://kakuyomu.jp/works/16816452220569910224




