反乱の原因
「アールネナが去ってから一月後、子供のころの儂らの元に食料が届けられた。今で考えればほんの少しだが、その時はそれでも本当に貴重な食い物じゃった…………それも一回だけではないその次の月もその次も、なんと12回、一年間ずっとそれらが届けられた」
「……アールネナのおかげか?」
俺の言葉にドイトリは頷く。
「のぅ、バアル、アールネナはどうやって食料を得ていたと思う?」
「………………」
ドイトリの問いに応えずにグラスを口に当てる。
(純粋に商売をしていたのなら、むしろほかの奴らが稼げないのがおかしい。となれば一つ、アールネナが売れるものを使ったんだろう)
これまでにドワーフの女性を何度か見たが、一言で言えば小学生の様な見た目だった。もちろんドワーフの趣向が人族のそれと合うかどうかはわからないが、特殊趣向の存在などいくらでもいるだろう。
「……すまん気を使わせたな。アールネナのおかげで子供の儂らは死ななくて済んだ。食い物を手に入れ方は想像通りじゃろうな、軽蔑するか?」
「なぜ?」
ドイトリの言葉に本心で問いかけるとドイトリは微かに笑みを浮かべる。
「それが二年続いた、儂らは本気で感謝した、アールネナがこの命と引き換えに助けられるならば応じるほどにじゃ、だが…………その二年が経つとアールネナから連絡が一切来なくなった」
ドイトリは椅子に手すりに手を当てると静かに軋む。
「その数か月後、大人たちが確認のために人を送ってみるとアールネナは死んでいた。それも無残な姿でスラム街に捨てられていた」
「……物取りか?」
バギッ
俺の言葉にドイトリは手すりを握りつぶす。
「それだったら、まだ納得できた…………当時、アールネナが客にしていたのは当時のネンラールの王子の一人だった。それも色狂いと呼ばれる最悪のな」
「…………」
ネンラール王家はネンラールで一番の勢力、援助してもらうならそこに以上にいい所はないだろう。
「確認だ、なぜ物取りじゃないと判断できた?」
「簡単だ。調べているとハルジャールの王城でアールネナと仲のいい侍女がいるとわかった。その者に色々と確かめると、その前日、侍女がその王子とアールネナが一緒に居るところを見たらしい。だがその後は姿を見ていないと言った。そしてアールネナは色狂いと呼ばれたその王子の私邸に寝泊まりしておったこともわかっておる。なのにその次の朝には明らかに用意がなさそうなスラム街で死んでいた。誰が無関係だと思う?」
「……言いたくはないが、証拠は?」
「その王子が懇意にしている娼婦に宝石を積んだところ、あっさり吐いたわい」
なんでも王子が愚痴気味に娼婦に溢していたらしい、ドワーフの娼婦にはもったいないことをした、と。
「又聞きか?」
「いや、さらに宝石を積んで、隣の部屋で会話を盗み聞きしたところ、裏が取れたらしい」
ということでそのアールネナを殺したのはその王子だと言うことが確定した。
「それを知るや大人たちのほとんどがネンラール王に抗議しに行った。だが帰ってきた返答は、なかった」
「……アールネナは愛されていたのだな」
「ああ、儂らの世代の中心がアールネナと言っても過言ではない」
ドイトリは本当に悔しそうな顔をして俯く。
「その王子はどうなった?」
「苛烈な継承位争いでとっくに塵となったわい」
どうやら王子らしい末路を迎えた様子。
「その後、飢饉が収まり始めるとネンラールは食料の値段を吊り上げてきおった。それに対して儂らも武器の値上げをしようとすると、今度はまだ食糧事情も回復していないからと値上げを抑えられ、その後、食糧事情が回復して、ようやく値上げしてもいい頃に成ったら。今度は武器の値段制限を正式に法で作り出し始めたわい」
「それで反乱をしないのが不思議なぐらいだ」
「そうじゃろう。だが、その時になると、ドワーフと人族では持っている資金や力にかなりの差がついたんじゃ。それで渋々、その法を受け入れて、今度はむしろ法に決められた値段ギリギリの物しか作らなくなった。すると、今度は月にある一定品質の武器を作らねばならない法が作られた。当然いい品質の武器を作るには、腕はもちろんのこといい素材が必要じゃった。それで出費はかさみ、収入は減っていく一方、不満が溜まるなというのが無理な話じゃわい」
ドイトリは憤怒の表情をして、言葉にしている。
(飢饉に乗じてドワーフの回復を遅らせて、逆らえないほどの差をつけるか、国内なのによくやる)
ドワーフを反乱を起こさなかったというよりも起こせなかったと言う方が正しい状況だと言う。
「じゃが、最も許せないのはアールネナの件じゃ。ネンラール王家はアールネナのことを何度追及しても返答も、謝罪もなかったのじゃ」
「それが不満の原因か」
「ああ、そうじゃ、それからは―――」
それからはこちらの予想通り、ネンラール王家とドワーフたちの溝が開いていった。だが、飢饉に取られた策により、ドワーフたちは力を失い、反乱を起こすにもかなり心許無い状態になっていた。
だが、50年後好機が訪れたそれが――
「最初はアジニア皇国もほかの小国と同様に、すぐに飲み込まれて消えると思っとった。じゃが蓋を開けてみればどうじゃ、一年経った今でもしっかりと守り抜いておる。そしてその間に、もう一つの好機が訪れた、それがお主じゃ」
「なるほど、飛空艇か」
確かにアジニア皇国が粘ったことでドワーフにも好機が訪れた。だがそれはネンラールの圧力が減ると言う意味での好機でしかない。兵糧攻めにされてしまえばドワーフたちはたちまち干上がることは目に見えている。そのため、反乱を行うには食料が取れる土地まで略奪するか、食料の供給先を手に入れる必要があった。
だが、タイミングよく、俺が飛空艇をお披露目していた。それを聞いたドワーフたちは好機と感じただろう。
「ああ、飛空艇が使えれば儂らは攻めあがる必要はない。拠点を抑えてから守るだけで済むのじゃからな」
攻めと守り、どちらがやり易いかなど、当然決まっている。攻めは様々な物を準備し、それを浪費しながら日程を計算して、標的に迫るが、守りはひたすら強固にして人数差を跳ね返す用意をしていればいいだけとなる。それも拠点内で食料を生産しているならなおのこと。
「こうして、儂らの不満が高まり、二つの好機が重なったため、儂らは反乱を行ったと言う事じゃ」
「なるほど」
納得の声を上げると、ドイトリはほかにはないかと視線で問いかけてくる。それに軽く首を横に振りないと答えるとドイトリは腰を浮かせる。
「では、儂はお暇するとしよう」
「ああ、貴重な話を感謝する」
「……本当はもっと暇が有ったらよかったんじゃがな……ではバアル、話した通り四日は手の者を出さんでくれよ」
「了解した」
こうしてドイトリはゆっくりと退室していった。
「……ということだ、誰かを出しているなら、すぐに呼び戻した方がいいぞ」
ドイトリが退室してから、しばらくすると俺は天井を見上げて、そう告げる。
「ご安心下さい。すでに周囲が危険であることはわかっていますので、部下は宿泊所の守護に回しております」
その言葉と共にルナが窓から部屋の中に現れる。
「話は全部聞いていたか?」
「もう、ばっちりと」
ルナがそう言いながら手で丸を作る。
「あと、このことはグラス様に報告しますのであしからず」
「そこに関しては任せる」
そう言いながら、俺は自分でグラスに酒を注ぎ、口を潤す。
カクヨムにて先行投稿をしています。よろしければそちらもどうぞ。
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