コンペティション 5
放課後、煌は自分の部屋に戻って、一人で所在なく過ごしていた。別に何もすることなんてないし、ただぼーっとしていた。
「ピンポーン」
ふと煌の部屋のインターホンが鳴る。
「誰だ?」
煌は疑問に思った。入学した頃は、あらゆる職員が、学校に来ない煌をなんとかして学校に来させようとして、煌の部屋に何度も押しかけてきた。しかし煌のやる気のなさに、彼らはみな呆れてしまい、誰も来なくなっていた。インターホンが鳴るということは今の煌にとってはとても新鮮なものであった。
(上杉か? そうだとしても理由がわからない)
煌はそう思いながらドアを開けた。
「遅いわ。全く待ちくたびれたわよ!」
そこにはキャリーバッグを提げたクロエの姿があった。
「クロエ? なんでお前が……? っておい、待てよ!」
クロエは扉の前に立つ煌を物ともせずに煌の部屋に侵入する。
「何あがり込んでるんだよ! お前の部屋だってあるだろ!」
煌はいかにも迷惑そうだ。
「私たちはペアだもの。練習ができないのだから、一緒に暮らして、お互いを見知るのは当然でしょう?」
クロエは自分は間違ってないというふうに語る。
「何言ってんだよ!? 練習しないのは、お前だけでもこのコンペティションは勝ち抜けるからだよ! だから別にお互いを見知る必要なんてないだろ!?」
煌は必死に反論する。
「いいえ。あなたがそう思っていたとしても、私はあなたを見知る必要があると考えているわ。ペアなのに、私はあなたのことを何も知らない。そんなのおかしいでしょう?」
確かにクロエの言っていることは正しかった。そんなことを基を失った時に痛いほど感じた煌は反論できずにいる。
「だいたい、女子が男子の部屋に泊まるなんて、そんなこと学校の風紀違反だろ! 学校が許すわけない!」
煌は最後の切り札の、風紀違反を指摘した。
「あら、それに関しては既に上杉先生から許可をもらっているわ」
煌の切り札は、あっという間に打ち破られてしまう。
「あの野郎……」
煌は上杉のことをうざったく思った。
「だからあなたがどんなに私を拒もうとも、私と二人でここで暮らすことを避けることはできないわ」
クロエは得意げに話す。
「最悪だぜ、全く……」
煌はその場に座り込む。
「快諾だったわよ。煌が立ち直れるのなら、喜んでってね」
クロエは、落ち込む煌に追い打ちをかけるように許可をもらった経緯を話す。
「まだ上杉は俺のことを気にかけてくれているんだな」
煌は俯きながらそう返答した。
「それは当然でしょう。あなたは上杉先生の生徒なんだから」
クロエは受け持った生徒を親身に思うのが、教員として当然だと思っていた。しかし、煌はそれを否定する。
「実はな、俺は今までに上杉以外の教員に担任を持ってもらっていたんだよ。そいつは初めこそ俺を親身に思って接してくれていたが、こんな態度の俺だ、すぐに見捨てられて、挙げ句の果てには上杉に拾われたんだよ」
クロエは昔語りを始める煌に聞き入る。
「上杉にも俺は失礼な態度を、反省せずにとり続けた。でも、あいつは違うかった。もう俺を見捨てるだろうと思った頃になっても、あいつは俺に優しく接してくれた。俺のペースでいいんだ、ゆっくりしなさいって言ってな。気が楽になったよ。俺の過去を追求してこないから」
煌が話し終えた頃、クロエが部屋に入ってきてから、しばらく時間が経っていた。クロエはあえて煌の過去を聞こうとはしなかった。
「さて、と」
煌が立ち上がる。
「俺、購買行ってくるから。適当に準備して待っててくれよ」
そう言って煌は部屋を出て行った。
煌が部屋を出て行った後、クロエは部屋の中を、あてもなく、興味の赴くままに歩き回った。そうしているとクロエは、煌の机の本棚に、古ぼけた本を見つけた。
(他とは雰囲気が違うわね……)
そう思ったクロエは、その本をおもむろに手にした。その本に衝撃を受けることになるとも知らずに。