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オートバルの宣言通り、贅を尽くしたもてなしを受けた月子は、訪問の翌日に改めて設けられた夕餐の席で、再び国王と(まみ)えることになった。

一度も袖を通したことがなく、これからの生涯縁すらもないと思っていた淡いローズピンクのドレスに身を包まれた月子が居心地悪そうに身動ぎをする。

正装に着替え彼女の背後に控える四人が、硬くなって椅子に収まる月子に顔を突き合わせた。そわそわと所在なさげで落ち着きない月子の背中をみとめて、四人の中からウォルターが一歩足を踏み出す。

背凭れにぴったりと後頭部を張り付けて硬くなっている月子の顔を覗きこめば、予想通り、口を噤んで眉間に深くしわを刻んだ彼女の表情があった。

苦笑と共にウォルターが身体を折り曲げて深く月子の顔を覗き込む。


「よかったな、陛下。七騎士の半数が今ここに集まってるんだ、心強いだろ?」

「…………まあ、…そうだね」

「なんで目を逸らす」


片目を瞑って投げられた言葉に月子が不安げな影を落とした視線をさっと逸らす。

それに不満だと表情を曇らせたウォルターの背後で、アウレリオが素知らぬ顔で肩を竦めた。


「問題児に言われたくないんじゃない?」

「おじさんは一番の問題児にその台詞を奪われたくなかったけどな」

「ほら、おじさんまでそう言ってる。ちょっと気を付けた方がいいよ、ウォルター」

「オレほど従順な犬はそういないだろーって」

「まずアウレリオは自分が問題児だっていう自覚を持て」

「やだなあ、ちゃんと自覚はあるよ。自制はないけどね。僕はウォルターみたいに従順な犬じゃあないし」


荘厳な雰囲気にそぐわない軽口を背後で交わす三人に、唐突にひとりで身を硬くしていた自分が少々馬鹿らしくなる。これが計算され尽くした策略なのか、はたまた単純に彼等の性格なのかは知らないが、肩に入っていた余分な力が抜けたのは確かだった。

乾いた笑いを含んだ呆れ顔で凝り固まった首を回せば、斜め後ろで先が思い遣られると蟀谷(こめかみ)を指先で押さえていたヒューバートと目が合う。

自分を尻目に騒ぐ三人を背景に、先に相好を崩して苦笑したのは月子で、それに触発されるように彼にしては珍しく、なんの気負いも背負った肩書きも感じさせない表情でヒューバートは淡い微笑みを浮かべた。




「さて、我が国で過ごした一夜は如何でしたかな、ツキコ殿」


今まで生きてきた二十数年で培ったおぼろげで頼りないテーブルマナーを駆使して、所狭しと目の前に並び立てられた豪勢な料理に四苦八苦と立ち向かっていた月子は、オートバルの声に顔を上げた。対面する形で席に着くサルトテスラの国王は、やわらかな表情で年若い同盟の主を見詰める。


「満足して頂けたかな?」

「あ、はい」


問われた月子は慌てて目の前の王に倣って、銀食器をテーブルに静かに置いた。

緊張と困惑でどうことを切り出そうかと夕餐がはじまってから黙々と頭を捻っていた月子は、オートバルが口を開いたことに安堵した。

けれど同時に、どう答えればいいものか、小さく頷いてからふと返事に窮する。

困ったと眉尻を下げた月子に、オートバルは心得たとばかりに笑った。


「満足して頂けたならば我々も無上の喜びとするところ。――それではツキコ殿、いつまでも問題を先延ばしにするわけにもいきますまい。本題に入らせて頂きたいが…宜しいか」

「――…はい」


オートバルの言葉に見えない重圧を感じて息を詰める。

それを意図的にゆるゆると吐き出して、月子は視線の先にいる国王をしかと見詰め返した。


「申し上げるのが遅くなってしまいましたが、国を挙げての貴重な情報、誠にありがとうございました。サルトテスラからの情報を元に、いまセグセンビーアは反国家勢力の詳細を集め、対策と国防に努めています。…気付くのが遅ければ、事態が事態ですから手遅れだったかもしれません。ほんとうに感謝致します。国を代表して、……私はセグセンビーアの帝天(おう)ではありませんが…、失礼を承知の上で御礼申し上げます」


手始めに月子は席から腰を上げ、オートバルへ深々と頭を下げた。

もしかしたらこういう場、こういった機会では形式に則った礼節等がこちらの世界にはあるのかもしれないが、生憎と月子はそれを知らない。だからいま自分が表せる感謝の意を精一杯示すことにした。

想いを込めて下げた頭を上げ、オートバルの明朗な瞳を出来得るだけ毅然と見詰め返す。

澄ました表情を取り繕ってはいるが、心臓は今にも体内を破って飛び出さんとばかりに暴れているし、背負った責任からくる過度の緊張からか顔色もあまり優れない。

ただの使者として謝恩を献上しにきただけではない、抱え込んだ責務を果たすために今この場にいるという己に課した重圧を裡に秘め、月子は決意に双眸を輝かせた。

雄弁に秘めた覚悟を語る未来の若き国母の視線を正面から受け止め、オートバルは彼女に向かって小さく首を左右に振る。


「不躾な要望を送り付けたのは我が国の方だ。ツキコ殿が王座を治めていようといなかろうと、貴殿の国を想う気持ちだけで私たちが動いた甲斐があったというものだよ」


穏やかに紡がれるオートバルの声音と優しさに溢れる返答に、月子が頬を緩める。

感極まってもう一度、先ほどより深く下げた頭に、今度はオートバルが微笑んだ。


「…オートバル様」

「そんなに堅くならずとも。貴殿の方が立場は遥か御上でありましょう。むしろ私なぞがツキコ殿と御呼びしていいものか、どうか」

「いえ、そんな。私は……」


王座に就くつもりなどない。

そうはっきり口にしようとして、思い留まった。

サルトテスラに反国家勢力の詳細究明や暴動の鎮静の助勢を要請する手前、不利にしか傾かない宣言をしていいものだろうか。

そもそも月子が皇帝ではなく、その上で使者としてサルトテスラの国の門を叩くことは双方ともに了承済みのはなしである。

それは元老会が、月子を使者として自国から出させないための口上の逃げ道として使用した際に、それでも構わないと返してきたサルトテスラの返答からも窺える。

月子が王座を治めてないことは周知の事実だとして…されど月子がいずれ帝天の座に就く気がないことは、恐らく知られていない情報だろう。

相手はあくまでも月子が近い未来に有り得る話として、帝天の座に就くことを前提として扱い、受け入れてくれているに違いない。

だとしたら、月子が期間付きの仮初の皇帝候補だと知られたらどうなるだろうか。

いずれ元いた世界に還るというにも関わらず、使者として今この場に立ち、その上助力まで求めるつもりでいる月子のことをサルトテスラ側が快く受け入れてくれるとは思えない。

単純に考えても、国の未来を背負う交渉の場にて劣勢になるような発言は控えた方がいいはずだ。

仮初だとしても皇帝になるものとして、ここは権力者の仮面を被り続けることが懸命な判断だと、国家や政治に今まで縁遠かった月子でもわかる。

他者を欺くことに嫌悪や過度の躊躇いを覚えるほど潔癖でも綺麗な人間でもない。

自身の選択ひとつが、それがセグセンビーアという国の、果てはテレスタジアというこの世界の人々の平穏に深く関わるであろうと直感が告げる現状では尚更である。

必要悪と言ってしまえば聞こえはいいかもしれないが、このまま曖昧に、肯定はせずともあちらが勝手に月子こそが次代の帝天だと勘違いをする態度をとればいいのだ。

そうすれば交渉に入る以前に不利な状況に立たされる事態は回避出来るはずである。


「私は、――……」


私は。

どうするべきなのか。




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