4─2.5 sideリザ
俺、何でこんなところにいるんだろう。
すっかり日の暮れた空に浮かぶ月を見て思う。
「……朱くないのに」
あの後、ラジアちゃんは転移術で宿屋前まで飛んだ。
すっかり俺もそこに泊まるつもりでいたのに、夕飯を済ませたら俺をここまで連れて来て、疲れたからという理由で、そのまま強制的に娼館に置き去りにされている。
目の前では知らない女が一人、俺の上に乗っていた。
いつの間にか俺の服をはだけさせて、何だか好き勝手にしている。
文句を言うだけの気力も湧かずに、ただ、それをぼんやりと眺めていた。
「ねえ、お客さん。名前何て言うの?」
媚びた視線を無意識に受け流す。
ラジアちゃんは、そんな風に俺を見ない。
もっと優しくて、もっと綺麗な瞳で俺を見る。
俺は答えなかった。
答えたくなかった。
ラジアちゃんに貰った名前は、ラジアちゃんだけが呼んでくれたらいい。
彼女は気にする様子もなく、相変わらず好き勝手にしている。
「ふふ……好きなくせに」
厭らしく笑って演技じみた呟きに、小さく溜め息を零した。
『好き』か──そうだね。
「……好きだよ」
好きだよ、ラジアちゃんが。
当たり前で絶対的なその答えを前に、ただただ、切なくなった。
娼館に置き去りにされた俺。
誰かさえも知らない娼婦に好き勝手にされている俺。
違うのに、そうじゃないのに、それしかなくてなすがままになっている俺。
「……気持ち良くしてあげるから」
その言葉に、知らず笑みを浮かべた俺は、何を考えていたんだろう。
嘲りか、諦めか、愛しさか、辱めか。
求めたものは絶対的に違うのに、反応する体と本能に嫌気が差す。
違う──器だけが反応するんだ。
本能が求めるのは、たった一人しかいないのだから。
……ねえ、ラジアちゃん。
ラジアちゃんは、どう思ってる?
ラジアちゃんは、俺をどう想ってる?
俺は、これがラジアちゃんだったらと思うとどうしようもなく欲情するけれど。
あの朱い髪だったなら。
あの黒い瞳だったなら。
あの白い肌だったなら。
あの華奢な体だったなら。
「大好きだよ」
ふわりと風が舞い込んだ。
この風が、届けてくれたらいいのに。
現状を諦めて目を瞑る。
視界の端を白い月が、一瞬だけ掠った。