4─1 sideリザ
「待てええぇえっ!」
「待──た──な──い─────っ!」
俺達は今、全速力で逃げている。
ラジアちゃん、足速いなあ。
そんなことを思いながら、後ろを追って来る人影に目をやった。
長い黒髪のポニーテールを揺らして、灰色の瞳は怒りに歪んでいる。
ところで、何で彼女から逃げているのか、俺は全くわからない。
ここは……どこかもわからない。
ラグト国での一件であの付近にいたくなくなったラジアちゃんが「遠くに行く」と言い出して、ぽんっと飛んできた場所だ。
転移術って便利なんだな。
「知り合い?」
たぶん、そうだと思うけれど、一応聞いてみた。
ラジアちゃんは答えない。
けれど、スピードは落ちることがない。
「何したの?」
「……」
「ねえ、何したの?」
「……あんたもあいつもしつこいな」
ちらと俺を見て、ラジアちゃんは苦々しく呟いた。
「だって……」
「待あぁてええぇえっつのおおぉおっ!」
「あの人、何かもう取り憑かれたみたいにすごいよ」
全速力で逃げるラジアちゃんに、全速力で追い掛けてくる見知らぬ彼女。
前者ももちろん珍しいけれど、後者の危機迫る感は特にものすごくて、正直、苦笑いを通り越してこわい。
「……金を借りただけ」
相変わらず全速力で走りながら、俺は首を傾げた。
本当に珍しいこともあるものだ。
あのラジアちゃんがお金を借りるだなんて。
俺が拾われてから今まで、一度も見たことがなかった。
「利子付けて返せ!さもなくば担保を渡せ!」
「どっちも無効だよ」
言って、ラジアちゃんは指を鳴らした。
ドオ─────ンッ!
後方、ちょうど俺達とその人の間に、爆発音が轟いた。
ラジアちゃんは気の長い方じゃない。
どちらかと言えば、短い方に属していると俺は思う。
永い時を生きているのに気が短いなんて。
そんなちぐはぐな所も好きだと、こんな状況で思ってしまう俺は、やっぱり重症だ。
──とは言え。
「ラジアちゃんでも同じことするだろうに、あの人何だか不憫だね」
「……」
ラジアちゃんは答えなかった。
何とか巻いて、ここは街外れの食堂。
二階は宿屋になっている。
「あの人、大丈夫かな?」
ラジアちゃんは容赦しないから、とは言わなかったけれど。
「あれで死んだら、笑い者だね」
「あの人、魔術師なの?」
「魔力はあるけど違うよ」
煙草をぼんやりとふかすラジアちゃんを見て、首を捻った。
「魔力を持つ人って皆魔術師になるんじゃないの?」
「なる素質があるってだけ。魔術を扱うにはそれ相応の技術がないと無理だし、技術を学んでも別の職に就く場合もある」
「へえ」
ぶあっと煙を吐き出して、ラジアちゃんは「ん?」と考える素振りを見せた。
「あんた、学校で習わなかった?」
「学校?……ああ」
昔、ラジアちゃんがお金の魅力に負けて、無理矢理俺に行かせたあれか。
「行ったけど、やる気なかったから。今覚えたよ」
「まあ、いいけど……いや、よくはないか……」
ぶつぶつ言い出したラジアちゃんのお小言が始まる前に、ご機嫌を取るつもりでアップルパイを注文する。
注文が終わって向き直ったなら、
「げ」
ラジアちゃんがあからさまに嫌そうな顔をしたのと、急に頭上から影が落ちたのは同時だった。
「よう、ラジア」
見上げれば、俺の後ろに男の人が立っていた。
人懐っこそうな笑顔を浮かべた綺麗な顔立ちのその人は、ラジアちゃんを見てから、しげしげと俺を眺める。
「へえ、これが噂の」
俺の顎を捉えてそう口にした彼は、黒い長めのショートに灰色の瞳。
……あれ?
「……さっきの人に」
似ていた。
あの人は女の人だったけれど。
「何なの、リゥゼ」
「あれ?カゥゼに会わなかった?」
「吹っ飛ばした」
答えたラジアちゃんを一瞥して、リゥゼと呼ばれた彼は、また俺に視線を戻した。
何だろう。
どうせこういうことをされるなら、ラジアちゃんの方がいいんだけどな。
そんなことを考えて、軽く首を捻る。
「この人、誰?」
やんわりとその手を退けて、ラジアちゃんに聞いてみる。
「リゥゼ・ララゥ。賞金稼ぎだよ」
どこでだったかは忘れたけれど、聞いたことがあった。
俺でも知っている。
ということは、かなり有名であるということだ。
ラジアちゃんと仕事をしたときだったか……いや、学校に行っていたとき?
何度かその名を耳にした。
確か双子で、お姉さんがいるとか何とか、聞いたような。
「さっきのが、カゥゼ・ララゥ」
俺の心を読んだかのか、ラジアちゃんが言った。
通りで似ているはず、彼女はお姉さんの方なのか。
「で、お前がリザ・レストル?」
何故か席についてラジアちゃんが注文したラスクを食べ始めながら、リゥゼは興味深そうに尋ねた。
ここにきてさっきのアップルパイが登場し、ラジアちゃんはそっちにかぶりつきだ。
相手にするつもりは毛頭ないらしい。
視線がぶつかる。
何だろう。
何となく、敵意みたいなものを感じて、俺は僅かに顔をしかめた。