第1話 生きるか、バグるか(前編)
私はこの世界に、四股を踏まされている。
文字通りの意味だ。
私は一時間前から、自分の意志と無関係に、四股を踏んでいる。
「くぅっ……あぁああああ……痛ぁあああいっ!」
足に激痛が走る。
全身がガクガクと震えていた。
それでも私は、四股を踏むことをやめられない。
この世界――私が作った乙女ゲームの世界の、バグの力によって。
* * *
王立ホルト学園。
ここは、王族・貴族の子息、子女たちが通う格式高い学校だ。
この学園の真ん中には、広く美しい中庭がある。
桜が咲き乱れるロマンティックなデートスポットの入り口で、私は一人、四股を踏んでいる。
そして、私の視線の先には、見つめ合う男女の姿がある。
「君は本当に――君は本当に――君は本当に――」
この国の第一王子であるレオポルトが、銀髪をバサバサと揺らしながら同じ台詞を繰り返していた。
そして彼の隣には、黒髪の可憐な少女――ニーナがいた。
大きな瞳をうるうるさせながら、首を上下にガクガクと揺らしている。
まるで壊れた人形のような、異様なさま。
彼らは今、「バグって」いる。
「君は本当に――君は本当に――君は本当に――」
頭がおかしくなりそうだった。
『君は本当に、優しいんだな』
確か、そんな台詞を書いた。
キャラクターの表情・仕草まで、すべて覚えている。
私が創ったゲームなのだから、忘れるはずもない。
ただし、開発中のため、そこら中にバグが散らばっている。
この場面と、視界に映る豊かなブロンドの巻き毛を見るに、私は悪役令嬢エルザ・フォン・モントシュタインになってしまったのだろう。
しかし運悪く、「恋敵が自身の婚約者と親しげに話している姿を目撃し、地団駄を踏んでいる」瞬間に転生し、四股ループにハマった。
なぜ転生したのか、転生前の私はどうなっているのか。
気になることは色々あるが、それどころではない。
「だ、誰か助けてえ!」
美しく舞う桜の花びらまでが、空中で小刻みに上下している。
足の感覚は、とうにない。
だが、倒れられない。
この世界が、倒れることを許してくれない。
少年漫画風にカッコよく言ってみたが、実態はただのバグである。
「四股で死ぬのか……」
悲しく呟いてみたが、今後のことを考えると死んだ方が楽かもしれない。
それほどまでに私は、深刻なバグを放置しまくっている。
潔く死んで、イケメンと錬金術するRPGとかに転生し直そう。
全てを諦めて目を閉じた――そのときだった。
「……何をやってるんですか?」
背後から、冷ややかな声が聞こえた。
振り向きたいが、体が動かない。
唯一自由の利く目玉を動かして、声の方を見る。
視界の隅に映ったのは、この世界に似つかわしくない男だった。
この学園の制服を着てはいるが、髪や肌の質感が他より細かく、解像度が高い。
そして、男の動きは視線や表情に至るまで非常に精巧だったが、どこか荒々しさがあった。
全員が優美な動きをするこの世界で、明らかに浮いている。
しかし、どこかで見覚えがあった。
「アメリカ警察に追われてます?」
「は?」
男は眉をひそめた。
中世ファンタジーの厳かな学園に、スラムで銃をぶっ放していそうな男がいる。
赤茶色の無造作な髪と鋭い目つきが相まって、威圧感もすごい。
しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。
足が限界だ。
頼れる人間は、この男しかいない。
「あ、あの、助けてもらっていいかしら?」
「その奇妙な動きをやめればいいではないですか」
「やめられないから言ってんのよ!!!!!!」
思わず叫ぶと、男に怖い顔をされた。
銃を持っていないことを祈る。
「一体どう助けろと言うのですか……」
男が言うことは、もっともだった。
制作者の私にも、抜け出し方がわからない。
必死に辺りを見回して、この状況を切り抜けるヒントを探す。
これは恐らく、物理干渉で抜け出せるバグではない。
――とすると、一つだけ抜け出す方法に心当たりがあった。
「ねえ! ドアまでの距離はどのくらい?」
男は、私の背後に目を向けた。
「あなたのすぐ後ろです」
「じゃあ私をドアの方に突き飛ばして!」
「は?」
「急いで! もう足が限界!」
「一体何を言ってるんですか?」
「やってくれないなら、あなたのモデルいじって苺パンツにしてやるわぁあ!」
私の必死さに、男は顔を引きつらせた。
しかし、思いが通じたのか、私の肩を掴んで思い切り突き飛ばしてくれた。
「ありが――」
身体が後ろに倒れた。
お礼の途中で視界が暗転し、奇妙な感覚に包まれる。
そして――。




