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4、東京と音符たち

この小説は実在する地名や建物名は出てきますが、それ以外は全部フィクションです。



 しゅさの父は一年前から旅行を予定しており、飛行機の切符とホテルを6人分予約していた。


 いざ旅行へ行く日が近づいてくると、悠ちゃんの母の仕事が忙しくて行けそうもないと悠ちゃんのファミリーに断られてしまった。


 代わりに行く人がいないか、しゅさの父は親戚に電話をかけまくった。


 モン兄ちゃんとマミちゃんのファミリーに電話をかけると、工房の稼ぎシーズン到来で旅行どころではないと、これまた断られてしまった。


 九州や広島や四国に住んでいる親戚にまで電話をかけたが、すでにスケジュールが埋まっているとみんなに断られてしまった。


 仕方なくしゅさの父は、確実に行けるかどうかもわからないのに口約束で勝手に予約した自分が悪いと反省した。

 

 そして、3人分のキャンセル料を払い、自分の家族だけで旅行へ行くことにした。


 8月のはじめごろ、しゅさは両親と共に飛行機に乗って東京へ行った。


 羽田空港に到着し、宿泊するホテルに荷物を預けると、またタクシーに乗ろうとするので、しゅさは尋ねた。


「どこに行くの?」


「これからハヤテくんの家に行くんだよ? いつも忙しいハヤテくんのパパが、午後から休みをとれたから一緒に会おうって約束してるんだよ」


「ハヤテくんの家に遊びに行くの? やったーー」


「9月に引っ越してくるだろう? 引っ越しの手伝いをしてあげたいなぁ〜〜♫」

 

 と鼻歌を歌いながら、父がスーツケースからみんなの分の軍手を取り出し言った。


 旅行前はどこに行くのかは、ヒ、ミ、ツと父が言ったので、どんなステキなところに連れて行ってくれるのかと楽しみにしていた。


 それなのに、旅行に来て引っ越しの手伝いかとしゅさはガッカリした。


 ハヤテくんの家は海沿いのワンルームのマンションだった。


 12畳のワンルームに案内され、みんなで再会を喜び合うと、父は引っ越しの手伝いを申し出た。


 しゅさの部屋より、小さめな為か、必要な物以外は全く置かれておらず、玩具や絵本の数も数える程しかない。


「引っ越しの準備大変だろう? 良ければ手伝うよ」


「兄さん、業者の人に全部頼むから手伝いはいいよ。それより、せっかく東京に来たんだから、観光しないの? 案内するよ?」


 ハヤテくんの母は、父の親戚の従兄妹だ。


 祖母の妹の子供で、祖母同士の姉妹仲が良く、山口の大きな家に一緒に住んでいた時期もあるためか、2人は年齢差を超えて、兄妹のように仲が良かった。


「助かるよ。しゅさが退屈しないところがいいんだけど、どこか知らないかい?」


「動物園はどうかな?」


 ハヤテくんの母のとなりで、話を聞いていたハヤテくんの父が提案した


「しゅさ、動物園行きたい?」


「え? なぁに? 」


 本棚に置いてあったハヤテくんの絵本を借りて、しゅさは読んでいた。


「みんなで、どこに遊びに行くか決めてるんだよ。しゅさは動物園行きたい?」


「動物園? うん、行きたい!」


「じゃ、決まりだね」


 ハヤテくんのファミリーのお出かけは、いつも電車を利用しているとのことで、みんなで最寄り駅の勝どき駅へ徒歩で向かった。


 川にかかる橋を渡る時、風が強くて飛ばされそうになったので、しゅさは父に必死にしがみつき歩いた。


 父らは会話を楽しみながら橋を渡っているが、しゅさは飛ばされないように、つかまって歩くのだけで精一杯だった。


「ここの眺め、すごくいいな。毎日、こんなきれいな眺めを観られるのに、引っ越しするなんてもったいないなぁ」


「……東京は誘惑が多くて、お金がいくらあっても足りないんです」


「確かに。俺も20代の頃、貯金無かったわ」


「昔、都内で働いてたんですよね。どこに住んでたんですか?」


「埼玉だよ。作曲の機材も買い集めてたから、貯金もそんなになくてね」


 駅に着くと、ハヤテくんがしゅさの前に立ちはだかった。


 なんだろうとしゅさが見ていると、ハヤテくんは自分のリュックを開けて、何かを取り出そうとしている。


「東京メトロと地下鉄ぜんぶ乗ることができる魔法の切符なんだぞぉ」


 自分のリュックから、お手製の東京メトロパスチケットを取り出した。


 チケットを人さし指と中指にはさみ、カッコよく決めポーズを見せつけてから、しゅさに手渡してくれた。


 切符には、平仮名で外国や月や宇宙にも行けますと書かれてある。


「この切符さえあれば、宇宙にも行けるなんて、すごいね! 」


「あとで返してもらうから絶対なくすなよ」


「え……、わかった」


 この切符、しゅさにくれないんだ……。


 てっきり、プレゼントだと思ったので、しゅさは少しガッカリした。


「ハヤテ。迷子にならないよう、しゅさちゃんとも手を繋いで」


 グレーのTシャツとカーキのロングパンツに黒のスニーカーを履き、野球帽を被ったハヤテくんの父が手を繋いでいるハヤテくんに言う。


「わかった。お〜〜い、しゅさちゃん、行くよ? 上野動物園のハシビロコウに会いに行くんだからな?」


「ハシビロコウ?」


「そう、アイツが水浴びするところを撮ってやるんだ」


 ハシビロコウは、くちばしの大きな鳥らしい。


 いつもじっとしてて、めったに動かないらしい。


 東京の勝どき駅や街なかなど、山口県美祢市とは違う都会の景色を観ながら歩いて興奮しているしゅさの手をハヤテがグイグイ引っ張り歩く。


 しゅさは、生まれてはじめて電車に乗る。


 車に乗ってる時に電車を見かけたことはあったが、乗るのは全くはじめてなのだ。


「上野御徒町駅に? 本当に電車で行くの?……混んでてみんな座られないでしょ? 」


 麦わら帽子を被り、黄緑系の襟付きワンピースにデニムのパンプスを履いたしゅさの母は、何故か暗い表情をしていた。


「勝どき駅からなら、休日は空いてるから座ることができるし、乗り換えなしで行けるよ?」


 爽やかなミント色のシャツとデニムのワイドパンツに白のサンダル、白のチューリップハットを被ったハヤテくんの母が、しゅさの母に話しかけた。


「はは……しゅさも喜んでるし、ダイエットしたいと言ってただろう? いい運動になるよ?」

 

 黒の麻シャツ、モカ色のチノパンに、黒のストラップサンダルを履いたしゅさの父が、気がのらず渋る母を促すように言った


「うう……」


 駅にたどり着くと両親たちが駅の券売機の前で、何かささやきあっているようだが、興奮状態のしゅさには聴こえない。

 

「パパ、券売機のボタンを押させて」


「もうすぐ電車が来るし、切符を早く買わないと乗り遅れてしまうから、ママと向こうで待ってて」


「……うん」


 両親らは購入したメトロパスチケットを自動改札機に通して入っていたので、マネをしようとしたらハヤテくんの父にとめられてしまった。

 

「しゅさちゃん、幼稚園児は無料だから切符はいいんだよ」


「ボクが駅員役やるから、切符、見せて」


 しゅさは、ハヤテ駅員に切符を見せてから、改札を通り抜けた。


 エスカレーターでホームへ降りると、細長いホームに人が待っている。


 反対側のホームに電車が来ていた。


 しゅさたちのいるホームにも、もうすぐ電車が来るというアナウンスが流れた。


 電車に乗り込むと、すでに座席には他の人が座ってて横並びに座るのは無理だったので、迎え合わせに二手に分かれて座った。

 

 しゅさはイスに座る前に、つり革を握ってみたくなった。


 手を伸ばしたが届かなかったので、イスを踏み台代わりにしようとしたら、何してんのとみんなに怒られてしまった。

 

「しゅさちゃん、動物は何が好き?」


 みんなに怒られて半泣きになっているしゅさに、ハヤテくんの母が話しかけてきた。


「……りす。上野動物園にもいるの?」


「いるよ。いっぱい。……暑いから観られるかどうかは行ってみないとわからないけどね」


 父がスマホを取り出し、動物園のサイトをチェックしようとしたが、降りる駅に着いてしまったので調べることができなかった。


「……観られるといいなぁ」


 駅の改札口から地下通路を通り、地上へ上がったところで両親らは立ち止まり、お昼ご飯を食べようかと話し込んでいる。


 上野周辺の美味しいランチをスマホを検索したら、お子さまランチもメニューにあるお店を見つけたので、そこに入って食べることになった。


 ランチの後、上野公園の中を歩いて、動物園へ向かった。


 公園の中には、観光客の人たちだけでなく、デート中の若い男女や、1人で散歩を楽しむ人や、しゅさらと同じようなグループで遊びに来た人たちなど、いろんなタイプの人たちがいるので、しゅさは驚いた。


 公園に来ている人たちみんな、リラックスした表情でそれぞれ過ごしているので、雰囲気は違うけれど秋吉台にいるみたいだとしゅさは思った。


 上野公園には動物園だけでなく、博物館や美術館もあると、ハヤテくんの父が教えてくれた。


「博物館って何?」


 美術館は、親戚のおじさんとおばさんが賞を獲った時に観に行ったけど、博物館は行ったことがなかったので知らなかった。


「博物館はしゅさちゃんのパパとママや、おじいちゃんとおばあちゃんらが産まれる前よりもずっと大昔のことを知ることができる場所だよ」


「大昔って、恐竜がいる時代?」


「そう、しゅさちゃん、よく知ってるね。恐竜の骨も展示しているよ。もし興味があるなら、パパやママに行きたいって相談してみたらどうかな?」


「恐竜よりもりすが観たい」


「恐竜以外にもいろんな展示を観られるよ」


「りすも観られる?」


「生きている動物は展示してないんじゃないかな……」


 歩いていると、賑やかな音楽と共にマイクで誰かが喋っている声が聞こえてきた。

 

「上野に世界10数カ国あまりのグルメが大集結中〜♫ステージではダンスショーもしてるよ」


 とても楽しそうな音楽が流れているので、誘われるように駆けて行こうとして、ハヤテくんのパパに阻止される。


「動物園はそっちじゃないよ」


「おなかすいたよ」


「さっき、みんなで一緒に食べただろ」


「またお腹空いてきた」


「お父さんの麺もあげたのに、まだ食べる気か。信じられない」


「食後のデザート、アイスクリームが食べたーーいぃーー。ソフトクリームが食べたいぃーー。のど渇いたーー。ジュース飲みたーいーー」


 ハヤテくんのパパがイベント会場の屋台へ行きたがっているハヤテくんを説得している。


 しゅさは満腹だったし、りすを早く観たいから動物園へ行きたかった。


 ハヤテくんと同じように屋台に行きたがるんじゃないかと両親の様子が気になった。


 父親と視線を合わせるとにっこりと笑顔を浮かべて何も言わないので、屋台に行く気がないとわかり、しゅさは安心した。


 問題は、とても食いしん坊の母だ。


 母を見ると、屋台のおいしそうな匂いと賑やかな雰囲気に惹かれているのか、ウットリとしている。


 屋台行きへの予定変更を申し出られそうな雰囲気がぷんぷん漂っている。


 これはヤバいと思ったしゅさは、ハヤテくんに急いで声をかけた。


「ハヤテくん、早くっ、早く動物園に行こうよ」


「ほら、しゅさちゃんも、動物園行きたがってるだろう? 売店でなにか買ってあげるから、動物園に行こう」


「わかったよぅ」


 動物園に入ると、とても広かった。

 動物特有のにおいが漂っている。


 売店でジュースとソフトクリームを買って食べているハヤテくんを待っている間、しゅさは動物園のパンフレットをベンチに座り見ていた。


 りすはどこかなと動物園のパンフレットをジロジロ見て探していると、


「しゅさちゃん、行くぞ」


 ハヤテくんに服を軽く引っ張られた。


「え?もう食べたの? ちょっと待って、今、りすがいるところ探してるから」


「何、言ってんの? 近いとこから観るに決まってんだろ」


「えーー、りすから観るんじゃ?」


「近いところから順番に観るに決まってんだろ?」


「えーー、ハヤテくんはハシビローだけ観るんじゃないの?」


「何言ってんの? んなわけないだろう?」

 

 ハヤテくんがにらんできたので、両親のところへ行って、りすを観に行こうとしゅさは誘った。

 

「しゅさ、せっかく上野動物園に来たんだから、全部観ようよ?」


「そうだよ、めったに来られないんだから、全部観なきゃねぇ。ああ~〜、久しぶりに動物観られて癒されるな〜〜」


「ほら、しゅさ、ジャイアントうさぎだって」


「で、デカ……。寝てる。かわいい」


 大好きなリスだけ観るんだと言っていたしゅさも、暑い中、頑張っている動物たちを観ているうちに夢中になり、

気が着いたら16時頃になっていた。


 お昼寝タイムと暑さでグッタリとしていた動物たちが気温が下がって起きているかもしれないとハヤテくんのパパが言うので、もと来た道を引き返すことにした。


 そしてそれから30分後、両親たちがベンチに座ったまま動こうとしない。


「ああ、もう足が痛くて、限界だ……」


「もうすぐ閉園時間だよ、出ようよ」


 動物園の出口の門が見えてきて、しゅさは見た動物たちの顔や寝ている姿をもう一度観たくてたまらなくなっていた。


「動物園から出たくないよーー」


「いっぱい、観たでしょう?」


「もっと観たいよぅ」


「しゅさちゃん、明日も動物園に一緒に行こうよ」


「明日は病院予約してるから行けないわよ」


「えーー、キャンセルして、動物園行こうよ」


「だーめ」


「パパ、明日も動物園に来ようよ」


「今日はしゅさの行きたいところに行ったから、明日はパパとママが行きたいところに付き合ってもらうよ?」


 ……明日も動物園に行きたいのに。


 今日は張り紙がしてあって観ることができなかったけど、明日巣箱から出て来たりすと友だちになって、ペットになってもらうんだから。


 悠ちゃんはキリン好きだから、友だちになって連れて帰ってあげるんだ。


 しゅさは顔を真っ赤にして抗議した。


「なんでよ、やだ、やだ、やだぁーーーー」


「明日はおいしいパフェを食べに、銀座に行くよ? 」


「しゅさは苺パフェがいい? それともいろんな……りんごや、メロンや、果物がた〜くさんのったフルーツパフェがいい? メロンパフェとかもあるよ?」


「……フルーツパフェがいい」


 上野駅でハヤテくん達とお別れして、電車の旅をリタイヤしたしゅさたちファミリーは、旅行気分全開でタクシーに乗った。


 最初に乗りこんだ母が、タクシー運転手にスカイツリーまでと告げた。


「今日はとても天気が良いから、いい眺め見えますよ?」


と、タクシーの運転手が声をかけてきたので、母が返事を返す。


「そうですよね、楽しみです」


「スカイツリーってなに?」


と、父に尋ねたらスカイツリーのことを教えてくれた。


「東京で1番背の高くて、遠いところまで観ることができる建物だよ」


「遠くまで、わたしの家も見えるかな?」


「あはは、家は無理だよ」


「楽しんできてくださいね」


「バイバイ」


 タクシーから降りる時に手を振ったら、タクシーの運転手が手を振ってくれた。


 うわー、ここも人だらけだ。


 東京に着いてからずっと人、人、人、物凄い数の人を見てきた。


 空港に着いた時も、電車にはじめて乗った時も、タクシーに乗ってる時も歩道にもものすごい数の人を見た。

 

 スカイツリーの展望台へ向かうソラマチのビルの中も人だらけで、しゅさは迷子にならないよう、両親としっかり手を繋いだ。

 

「お土産屋さんいっぱいだね。しゅさ、ここで悠ちゃんとマミちゃんとモン兄ちゃんにお土産買ってあげようか」


「わたしも同じの欲しいなぁ」


 アニメの人気キャラクターのぬいぐるみを見つけ、自分も欲しくなってきた。


「欲しいものがあったら、1個だけ買ってあげるよ」


「やったぁ」


 買ってもらったぬいぐるみを抱っこして、母と手を繋いで歩く。


「……ここのソフトクリーム美味しそうね」


 母が、お店の前に立ち止まり言った。


「しゅさも、ソフトクリーム食べたい」


「……ソフトクリームもいいけど、お腹すいてきたから、どこか飲食店に入ろうか?」

 

 しゅさたちがいる階はソフトクリームが売られている店以外はキャラクターグッズや服飾雑貨のショップだけだった。


 飲食店街がある階へエスカレーターで上がることにした。


「どこも混んでるね」


「すごい人だね」


「観光地だからね」


 いろんな飲食店やフードコートも見て回ったが、どこもたくさん人が待っており、すぐ食べられそうなお店はなかった。


「しょうがないな……」


「並ぶの?」


「並ばないよ、しゅさの寝る時間が遅くなってしまうかもしれないからね」

 

 さっき見かけたソフトクリーム屋に引き返すことになった。


 とりあえず、ソフトクリームで小腹を満たし、スカイツリーを観てから、後で別の場所で食事しようということになった。

 

 スカイツリーの入口に行くと、両親が上を見上げたのでしゅさもマネをした。


 とてもデカくて、空にある雲のところまで登れるんじゃないかと思えるくらい背の高い、カラフルな光を出す建物、それがスカイツリーなんだと知った。


 日常生活からかけ離れた見たことのない形状の建物を観て、しゅさは強い衝撃を受けた。


 しゅさの脳みその想像力を司るの大脳や、前頭前野や、右脳や、頭頂葉や、側頭葉が刺激されて、実物より6割増し以上の視界で観ていた。


 スカイツリーの中に入ると、宇宙船かUFOの中にいるかのような不思議な気持ちになった。


 いつか宇宙船やUFOに乗ってみたいと、しゅさは絵本を読んで思っていたので、大興奮状態だ。


「きゃーーーー♫」


 感激の奇声をあげ、スカイツリーの入場ゲートの中を走っていた。


 このまま、私を宇宙へ連れて行って〜〜!


 スカイツリーUFO、宇宙へ向けてはっしんん〜〜!


 と、しゅさは宇宙へ飛び立つ宇宙飛行士か、UFOに乗る宇宙人になった気分で、スカイツリーの入場ゲートの中を自由自在に走り回った。


「こらーー」


「きゃーーーー♫」


 しゅさの後ろから両親がすごい形相で追いかけてくるので、両親もスカイツリーを観て興奮し、鬼ごっこして遊びたくなったんだとしゅさは勘違いした。


 仕切りの下をくぐり、並んでいる人達をかき分け、元気いっぱいに逃げた。


 数分後、宇宙パトロールの警官ならぬスカイツリーの店員たちに囲まれてしまい、しゅさの宇宙遊泳は幕を閉じた。


「お客さま、ただ今スカイツリーの展望台には沢山のお客様が来られております。お客様同士のトラブル防止の為にも、お子さまを落ち着かせてから、再入場願えないでしょうか?」


「ご迷惑おかけして本当にすみませんでした!! 」


 スカイツリーの入場ゲートの店員さんに注意され、他の客の冷たい視線を浴び、恥ずかしくなった両親は謝ると、スカイツリーの建物から急いで外へ出た。


「あれ?スカイツリーは?」


「……」


「……」

 

 両親は、しゅさの手を繋ぎ、無言で早歩きで歩いた。


 ソラマチのビルを出て、近くにあるスーパーに入り、お弁当や飲料を買い込むと、タクシーに乗りホテルへ向かった。

 

 両親がずっと怒った表情で無言なので、しゅさも話しかけるのを我慢した。


「はい、このお弁当とジュース、しゅさのぶんだよ」


 スーパーで購入したお弁当とジュースを部屋のテーブルに置いて父親は言った。


 いつもお出かけや旅行する時の食事はレストランで、お店で購入したお弁当を食べるのは初めてだった。


 置かれたスーパーのお弁当には焼き魚と煮物とごはんが入っていた。


 しゅさの苦手な魚が入っていたが、両親が暗い表情で無言でお弁当を食べているので、しゅさも黙って我慢して食べた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


次の日、父は仕事関係の人と打ち合わせがあると言うので、しゅさは母の行きたい楽器屋について行った。


「すみません。こちらのヴァイオリン、試奏させてください」


 母がたくさん置いてあるヴァイオリンの中から、1台のヴァイオリンを指さし店員に言った。


 指をさしたヴァイオリンは、母が弾くにはとても小さいヴァイオリンだった。


 店員から受け取ったヴァイオリンをなんとしゅさに渡してくれたのだ。


 母の買い物だと思ってついて行ったのに、しゅさのために楽器屋に来てくれたんだと思うと、とても嬉しくなった。


「買ったヴァイオリンは家に送ってもらうから、家に届くまで楽しみに待ちましょうね」


「うん」


 その後、母は百貨店と呼ばれる建物に入り、女性向けの服売り場へ行った。


 どういう風に作られているのかわからない不思議なデザインの服を着たトルソーやマネキンが服売り場のいろんな所に置かれている。


 しゅさも大人になったらこんな凝った服を着てみたいと思った。


「ママ、この服、すごくカッコイイね」


「これ、面白いデザインね。試着してみようかな」


 母は店員に声をかけると、マネキンと同じ服装をした店員さんが笑顔で答えた。


「こちら申し訳ございません。当店の服はSとМサイズのみのお取り扱いとなっております」


「……そう」


 店員さんの言葉が難しくて、しゅさには理解できなかった。


 母がとても暗い表情をしているので、とても心配になりしゅさは声をかけた。


「ママ、試着しないの? 」


「……ママは、今日パフェを食べるの、やめとく……」


「……?」


 美祢市のいくつかのピアノ教室やヴァイオリン教室とそれぞれ合同で、一年に1回発表会を開催しているのだが、その衣装も購入すると母は話してくれた。


 2人は、お店のデザインがとても凝っている最新ファッションのブランドエリアから離れた。


 そして、ただトルソーと服だけ置いている実用フォーマル衣料の多いエリアへ向かった。


 しゅさの母は、いつもピアノとヴァイオリン教室で着用している服と似たデザインを数着、素早く選ぶと会計を済ませた。


 子供服のある階へエスカレーターで向かい、しゅさのピアノとヴァイオリンの発表会の服と靴を選んだ。


「しゅさ、今年の発表会何色のワンピース着たい?」


「今、ママが着てる色がいいな」


 今日の母親はとてもステキな薄紫色のワンピースを着ていた。


 薄紫色がとても似合っててすごくステキだったので、同じ色のワンピースを着たら、しゅさも魅力的になれるような気がした。


「ヴァイオリンとピアノの発表会用のドレスを探しているんですが」


 母親は近寄ってきた店員に探している服の希望を伝えた。


「発表会用のドレスでしたら、フォーマルスーツやボレロワンピースのお取り扱いがございますが、ご希望の色やデザインはありますか?」


 しゅさたちが向かった子供服売り場は、ひらひらとフリルの多い豪華なドレスがたくさんハンガーにかけられていた。


 しゅさはその服屋の奥がどうなっているのか気になったので、母から離れ、お店の奥へ向かって行った。


 お店の奥に行くと頑強な鍵付きのガラスケースが置いてあった。


 鍵付きのガラスケースの中には、いろんな宝石が付いている虹色の豪華なドレスを着用したトルソーが置かれてあった。


 そのトルソーのとなりには、さらに豪華なゴールドの棚が置かれてあった。


「いらっしゃいませ」


 整髪料でピシっと髪を整えたスーツ姿の数人の男性店員が近寄ってきたが、しゅさはお構いなしに見ていた。


 その豪華な棚にはピカピカの赤い靴と、リボン、レース、宝石が付いたキラキラの赤いバッグと、本物じゃないかと見間違えそうなくらいリアルなりすのぬいぐるみが置かれてあった。


「おーい、そこの女の子も、踊ろうよ」


 そこの女の子と呼ばれたような気がしたので、声があるほうを見たら、店のさらに奥には広いステージがあった。


 そのステージ台の上にいるジャージ姿の男女が、しゅさに向かって、手を振っていた。


「りすさんのダンスタイムが始まるよ」


 ステージの客席には30人近くの家族連れが集まっていた。


「毎週日曜日、11時と16時はダンスタイムだよ。みんなで踊ろうね。パパもママもおじいちゃんもおばあちゃんもご一緒にどうぞ」


 りすの着ぐるみが、ステージ横の扉を開けて登場した。


「きゃーー、かわいい」

「りすさんだーー」


 客席に座っている子供たちがりすの着ぐるみの登場に興奮して歓声をあげている。


 しゅさも嬉しくて、急いでステージの客席に座った。


「今日は来てくれてありがとう。みんなと一緒に踊れる日をすごく楽しみにしてたんだよ」


「たくさんの人たちが来てくれて嬉しいな」


 2匹のりすの着ぐるみを着た人が録音されたテープの音声に従い動いている。


「さぁ、ダンスタイムの時間だよ。ミュージックスタート」


 ♫〜〜♪〜〜♫〜〜♪〜〜♫〜〜

 

「みんな立って、となりの人に手や足がぶつからないよう、気をつけて踊ってね」


「はい、まずは手をグーにしてからパーに」


 しゅさも2匹のりすの動きに合わせて、手を動かした。


 はじめてやって来たしゅさも踊ることができる、簡単なダンスだった。


「しゅさ、いきなりいなくなるから探したよ。相談しないでどこかに行かないでといつも言ってるでしょ? 」


「ママもこの間の海水浴で、勝手にかき氷食べに行っちゃったじゃない」


「……それはごめん、今度からママも気をつけます。しゅさもママも相談なくどこか行かないように、お互い気をつけようね」


「うん」


「ピアノとヴァイオリンの発表会用の服選んだから、サイズが合うか試着してほしいから呼びに来たのよ」


 薄紫色の3着のワンピースが試着室前のハンガーかけに置かれてあった。


 同じ薄紫色ワンピースだが、それぞれ、チェック柄、小花柄、光沢のある無地の生地で作られている。


「どれもかわいいね」


「発表会だから、いつもと違うキラキラした、光沢のあるワンピースにしようか」


「着てみる」


 試着を終えレジへ行くと、さっき一緒に踊ったりすたちのグッズが置かれてあった。


 タオルハンカチやステッカーキーホルダーやぬいぐるみまであるので、しゅさは欲しいとねだった。


「タオルハンカチなら、幼稚園にも持っていけるから買ってあげるわよ」


「やった、ぬいぐるみもほしいな」


「ぬいぐるみは昨日買ってあげたでしょ?」


「買ってくれたぬいぐるみのおともだちするの」


「家に帰ったら、友だちいっぱいいるでしょ?」


「えーー、欲しい」


「今日は発表会の服を買いに来たのよ」


「うう……」


 デパートを出て、タクシーで銀座へ向かうと、喫茶店の前で父が待っていた。


 手には、仕事道具のノートパソコンの入ったバッグが握られており、ついさっきまで仕事をしてたんだなという疲れた雰囲気を漂わせていた。


「しゅさのヴァイオリンと発表会の服、買えたかい?」


「ええ。しゅさ、薄紫のかわいい服、見つけたよね?」


「りすのぬいぐるみ欲しかった……」


 しゅさはとても可愛いりすのぬいぐるみを買ってくれなかったので、とても悲しかった。 


 昨日、ぬいぐるみを買ってもらわなければ良かったと後悔していた。


「りすのぬいぐるみを置いてるお店は、あまり見かけないから買ってあげたら良かったのに」


と、父はしゅさの悲しそうな表情を見て言った。


「家にぬいぐるみは沢山あるのよ? これから先も幼稚園や、将来は小学校で、いろいろ必要な物を買っていかないといけないのよ? それと家にあるぬいぐるみたちを大切にしてほしいから、りすのぬいぐるみはあきらめてね」


 しゅさの母はりすのぬいぐるみを買うと、家にある他のぬいぐるみを大切にしなくなるんじゃないかと思い、これから先もりすのぬいぐるみを見かけても購入することはなかった。


 どうしても欲しい物は、大人になって、自分で働いて働いたお金で購入して欲しい。


 私が買ってあげるぶんのりすのぬいぐるみは差し上げま

す。


 どうか将来しゅさが自分で働くことができる自立した大人に成長しますように! 


と、まるで、願かけやおまじないをかけるような気持ちでしゅさの母は心に強く願った。



 パフェを食べ終えると、歩行者天国になっている賑やかな銀座の通りを歩いた。


 いつもなら車道になっている広い道路を、グループやカップルや1人で楽しく歩いている人達がいる。


 時々、立ち止まり写真や動画を撮ったりしている人達もいるので、しゅさたちも銀座の建物を背景に記念写真を撮った。








 

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