間層 変わりなき儀式《矢園來温》
山奥の屋敷にある和室。
黒髪を携えた美女がいた。
部屋中に飾られた八百枝の写真を眺め、拝み、そして崇拝のような色が染み込んだ瞳を輝かせ、そして目を閉じた。
女は白装束に身を包んでいた。
穢れを知らぬ者の証、そして怪物に捧げられる供物の皿として。
――ゆっくりと部屋をあとにした。
「さようなら。愛した家族。さようなら、愛しき人」
矢園來温は厄災を防ぐための代々受け継がれている生贄として、その身を京の山へ投じるのだった。
§§§§
矢園家の長女として生まれ落ちた私は、それはもう優秀だった。物心つく頃には実家の抱えている会社を受け継ぎ、その全てを伸ばしてきた。
常に最先端を走り、誰よりも強く、上手く生きていた。
――そんな私に可愛い可愛い妹ができた。
本当はもっと仲良くしたかったが、私は自分が優秀なのを知っていた。下手にグイグイいって嫌われるのは避けたかった。
だからこそ、ある程度の距離を保ち、見守るように過ごしていた。避けられない別れがあると知っていたから。
代々、矢園家の管理する山には、紅葉の代わりに黒い葉が生じる。その時は数年ないしは数十年単位で訪れる。
黒い小さな新芽があったから、妹は生まれてきたのだ。はじめから、あの山に捧げられるために。
眉唾とは思っていたが、次第に黒くなっていく山の様子を見て只事ではないことを悟ってある決心をする。
――私が居なくても、あの子が全てを上手く回せるように。
あんな可愛い妹を捧げるなんて許せない。理不尽は私が請け負う。姉として、家族を愛する者として。
それに、私のような無愛想な人間より、雪奈のような愛嬌のある大和撫子の方が世間的にもお得だろう。
その日まで、私は着々とあの子のために引き継ぎを進めていた。ほとんどのワークフローにおいて自動化が完了していくなか、予期せぬイレギュラーが発生した。
ダンジョンとスキルの発生である。
何か変わるのではないかと期待もした。【千里眼】というスキルを手にし、距離や空間問わない遠視を習得だってできた。
――それでも。
山へひとりで向かい、その先にいる怪物に私は負けた。
武道においても殿堂入りしているので並の達人にも引けはとらない腕前なのだが、人間の天井というのはあまりにも低かった。
呪いのような形で私を生贄にする約束を化け物と交わしてその時を待つ。
現実逃避がしたかったのだろう。私はあの日、視線の先で彼を見つけた。
最初は頭のおかしな変人が命を投げ捨てていると思い、見世物に酒のつまみにするつもりだった。
しかし、違った。
彼はいかなる時だって狂気的な笑みを浮かべていた。まるでゲームでも楽しむかのように。
そしてボロボロになりながらも、異様な強さのゴブリンとやらに勝ったり、見透かしたかのような形で友人を救ったりしていた。
彼は、運命とか己の役割とか、外聞なんてものを破り捨て、手にしたい未来を掴み取ってきたのだ。
その姿がたとえ泥臭く、地道なものであろうと、私や多くの人にとっては光であり、標であった。
そんな彼の生き様に感銘を受けた私は――
§§§§
私なりの死に様で、運命を壊すと決めたのだ。




