12層 宗教勧誘と熱烈ストーカーはご愛嬌
なんやかんやあった翌日。
今日は真面目に学校へ向かう。
「昨日の海藻美味かったなー。宝箱からしか出ないってのも、待ち時間考えると周回の方がいいんだけどな……」
リポップまでの時間をサイト用に調査しないといけない。しかしそういう検証や調査は、精神的に周回モードじゃないとノれないので、一度キリのいい20層まで進みたいところ。
――そんなことを考えながら、世界が変貌しても代わり映えのない通学路を歩く。
「ダンジョンは政府の陰謀! 侵略のために軍人を量産しようとしている!」
「ダンジョン協会は悪です! 我々と共に悪辣な陰謀を挫きましょう!」
前言撤回。どうやら少しは変わっているらしい。しかし人間の愚かさは変わっていない。なんとも無常なことである。
「そこのあなた、そこの真面目そうなお兄さん!」
呼び止められてしまった。他にも通っている生徒はいるものの、特に真面目さが滲み出てるだろうから多分俺だ、間違いない。
興味本位で声をかけてきた30代くらいのおっさんの前で足を止めた。
「はい、真面目でクールなイケメンですが何か?」
「えっ?」
困惑した様子のおっさん。まるで声をかけた人とは別の人が反応して驚いたような反応だ。気のせいだな、うん。
「それで? 政府だか豆腐だかのインボーとかインポとか言ってましたよね」
「え、あ、ああ……我々は正義のために戦う同志を募っているのです」
「ほう!」
露骨に興味ある感じを出すと、それを見て得意げに熱を込めて語り始めた。なんか無駄に長いのでカット。始業のチャイムが遠くで聞こえる中、頑張って聞いてあげた。
要は、正義マンが集まった鬱陶しい新興宗教のようなものらしい。信仰対象を神と呼ぶのは禁じられてるらしいが至極どうでもいい。
テキトーに相槌打って疲れたので、強引に一方的な話を切り上げた。
「帰ろっかな……」
一限は始まってる時間だろう。
潜在意識の中でサボりたくてその理由作りに無駄話を聞いていたのかもしれないな。家の方へ歩を進めると、目の前に高級車が止まった。
この辺の住宅街に似合わないピッカピカの黒塗りの車だ。ドアが開かれ、漆のような綺麗な黒髪をフワッとカールさせ肩より少し長いくらいのところで切りそろえている美女が出てきた。パッと見大学生くらいの人だが、ビシッとしたスーツに身を包み、冷徹な印象が棘のように振りまかれていた。
――てかなんかすっごい見られてる。周囲に人は居ない。俺この人の恨み買うようなことしたっけ?
「や、八百枝様!」
「え? 様?」
急に表情を甘々な感じに緩めた後、直角に頭を下げてビシッと手を伸ばしてきた。
「握手を、していただくことは可能でしょうか……」
「あ、うっす」
事情はさっぱりだが、美女の手をにぎにぎできるのでよし。しばらく無言で握手する時間が流れ、無限に続きそうだったので流石に俺から切り出した。
「あのー、俺の名前知ってるみたいですけど、どっかで会いましたっけ?」
「はっ! 失礼いたしました! 大変不敬なのを承知で身辺調査の方をさせていただきました。すべては貴方様を知り尽くすために……!」
「なるほどヤンデレストーカー了解」
「やんで……? あ、そうでした! 私は矢園來温と申します。同級生に妹の雪奈が居るかと」
あー、セツナァ! のお姉さんか。誰かに似てるなーとか、自己紹介の途中まで矢園ってどっかで聞いた事あると思ったわけだ。
「ッスー……ちなみになんで俺を調べようと? シスコン的なあれ?」
「いえ、ファンですので! 一目惚れして、スキルの【千里眼】でいつも見て応援しています!」
そんな目キラキラにして語られても。どういう効果かは分からないが、大方俺の様子をずっと見ていたような口ぶりである。変な人に目をつけられたものだ、まったく。
「なので、最後に貴方様を――」
「來温様、アルファ社との会合が次に入ったおりますがいかがいたしましょう」
お、帰ってくれるのかな。よかった、これでストーカーの脅威から解放される。そう思ったが、目の前のストーカーは俺に向けていたでろでろの乙女チックな顔を一瞬で引き締め、助け舟を出してくれた秘書っぽい人を睨んだ。
「そんなものキャンセルすればいいでしょう? 今、私が八百枝様とお話させていただいているの、分かるわよね? 次入ってきたら家族郎党戸籍から消すわよ」
「っ、失礼いたしました……」
おっふ。そっちが素か。こわい、お金持ちこわい。
というかこの感じならあとから怖い男の人が出てきてどうのみたいな展開にはならなそうだ。むしろ目の前のストーカーの方が怖いよ。
金と権力を持ったストーカーって何をしでかすか分かったもんじゃない。しかもよりにもよって覗き見できそうな名前のスキル持ちとか逃げようもないやんけ。
「うちの者が失礼いたしました。仰せとあらば今すぐ首を物理的にでも――」
「いや、大丈夫っすよ! それより何か言いかけてましたよね!」
「あっ、そうですね! その、色々と込み入った事情がありまして、おそらくもう直接会う機会が無くなってしまいますので、最後にお話したいと接触させていただきました。とんだご無礼を……」
お、おお。もう会うことはなくなるのか、よかったー。
ストーカーって怖いんだな、漫画とかだと羨ましいとか思ってたけどそもそも確か何かしらの犯罪だもんな。ストーカー防止法みたいなのもあった気がするし。
「無礼なんてとんでもないっすよ。気にしないでください」
「なんと寛大な……それでは、先程貴方様のお時間を奪った宗教団体は潰しておくとしまして、どうせなら頭をすげ替えるのはいかがでしょう?」
なんかよく分かんないけどこわいこと言ってる。
必死にブンブンと首を横に振っておいた。
「大丈夫だから何もしないでいいんで! というか大人しくしててください!」
「そうですか……? スライム飲料教を創設しようと思っていたのですが、そちらも?」
「俺の冒険見てたんなら分かるんじゃないっすか? そういうのに縛られるのは嫌なんすよ」
「そうですよね! 解釈一致すぎる……」
「そういえば、11層で水中を全裸で探索した時とか――」
「…………ポッ」
見られとる!
全裸、見られとる!
「うぅ……もうお婿にいけない」
「お望みとあらば、こちらで用意いたしましょうか!」
名案、お役に立てる、と言わんばかりに目を輝かせて身を乗り出してきた。あんたがもらってくんないんかいとツッコミたいが、それを言うと色々と拗れそうなので飲み込んで逃亡を選択した。
「あっ、そろそろ俺行かないとなんで! じゃあこれで!」
「――そうですか。お話できて極上の幸福を味わわせてくださり、誠にありがとうございました! どうか、お元気で」
良い冒険を、と俺を見送る彼女の声は、どこか死を覚悟した人のような強い決意のようなものが宿っているようだった。
チラッと後ろ目で見てみるも、彼女は背骨が半分に折れてしまいそうなくらいに深々と頭を下げていて表情までは窺えなかった。
「まいっか、ダンジョンいこー」
水の階層用のアイテムを調達しないと。
「八百枝様! 忘れていましたが、どうやら下々の者は恐れ多くもライブ配信をして欲しいと宣っておりましたー!」
その言葉に俺は片手を上げて応じてカッコつける。
まぁたまにならファンの要望に応じるのもいいかもしれないな。どうせあの人しか見ないだろうし、ファンサービス……はっ! 水着も買わないとか。それと水中でも撮影できるタイプのカメラも。
黙々攻略していくのも、ひとりでふざけながらするのも好きだが、そういうのもまたダンジョンの楽しみ方の一つだろう。
「よっしゃ、味変ってなるとテンション上がってきたな。一発芸考えてぶちかましてやろっと」
俺はルンルン気分で協会本部近くのホームセンターへ足を運ぶのだった。




