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アニーの拳  作者: しいな ここみ
第一部 強き者たち
20/66

ロレイン vs JP

「ロレーヌお嬢様、お迎えに上がりました」


 (ジャン)(ポール)はフランス語でそう言った。

 彼は英語よりもフランス語のほうがネイティブだ。ゆえにロレインもフランス語で聞いた。


「私を連れ戻しにわざわざ日本へ来たの、JP?」


「旦那様の御命令でございます」

 あくまで恭しくそう言うと、ゆっくりとサバットの構えをとる。

「『従わない場合は力尽くでも』と──」


 ロレインはごくりと唾を呑んだ。


 わかっていた、この男と自分の実力の差を。


「あの話がなかったことになってるなら──帰ってもいいわ」

 極力穏やかに済ませようと、ロレインは無理に微笑んだ。

「解消はしてくれてないの?」


「ジュリアン・ゴリアーテ様はロレーヌ様の許婚いいなずけ

 JPが申し訳なさそうに目を伏せる。

「連れ戻し次第、婚儀を進めよとの御命令でございます」


「私、まだ11歳よ? 結婚できる歳ではないわ」

「カミュ家の繁栄のためでございます。旦那様は法など如何にもできるお方……。ご理解を願います」


「いやよ……。親の決めた……しかもあんなゴリラみたいなムキムキマッチョ」

「お家のため、どうかご辛抱を」


「嫌!」


 ロレインが怒った声で叫ぶと、JPが飛び上がった。ブナの木よりも高く跳躍すると、頭上から襲いかかってくる。


 ロレインはカウンターを狙った。


 ギリギリまで引き寄せる。

 敵が射程距離に入ってくるのを、しゃがんで待つ。

 3メートルまでおびき寄せた。

 超必殺技をいきなり放つ。


「ロレイン・スペシャル!」


「わあっ!」

 離れて見ていた右京四郎が驚きの声をあげる。それほどにその技は派手だった。


 ロレインに足が百本生えたようだ。それがすべて上へ向き、回転しながら対空技の蹴りを放つ。まるで白い薔薇が空へと花びらを飛び散らずような技であった。


 しかしJPは再び上昇してそれをかわす。


「まるでツバメだ!」

 右京四郎が呆然として叫んだ。


 羽根が生えているわけではない。JPは足で空気を蹴って自由自在に空中を駆けることが出来るだけである。

 とはいえふつうの人間に不可能なその動きは、闘いにおける圧倒的有利を彼にもたらしていた。


 ロレインの長い足も、空を飛ばれては届かない。


 右京四郎は思い出した。兄とのスパーリングを行う前に、接近戦が苦手だとロレインが言っていたのを。長い足を伸ばして闘うので近づかれると弱いのだと。


 しかし自分を上回るほどのリーチの長さと機動力をもつJPは、それ以上の天敵なのではないかと思えた。いわば同じアウトレンジの闘いを得意としながらも、得意を上回る敵こそもっとも厄介なのではないかと。


 JPが着地した。丘の上の草花を蹴散らし、その長い足で連続蹴りを繰り出す。


 ロレインは防戦一方だった。なんとかガードはしているが、一切攻撃が繰り出せない。やはりリーチが違いすぎる。


「ロレたん! 『うさぎさん』だ!」

 右京四郎が叫んだ。

「うさぎさんにそのイケメンさんの動きをおさえてもらって、そこにあの鋭い君の蹴りを打ち込むんだ!」


 ロレインが飛び退き、右京四郎の側に逃げてきた。彼のアドバイスに感謝しながら、しかし言う。


「うさぎさんはレールガンで粉々にされちゃったの。再生するまであと3日はかかるわ」

 顔が汗まみれだった。弱々しい声でつけ加える。

「それにJPにうさぎさんは通用しない。その上を飛んで来るから……」


「ロレーヌお嬢様」

 JPがフランス語で言った。

「お願いします。大人しく私と帰ってください。あなたを傷つけたくはない」


「嫌よ」

 ロレインもフランス語で答える。

「傷つけたくないなら大人しく帰って。顔に傷でもつけたらお父様に叱られるんではなくて?」


「仕方がないですね……」

 JPは不本意そうな顔をし、ため息を吐いた。

「これも旦那様からのお言いつけです。『傷物にしてでもよいから連れ戻せ』と──。格闘技を嗜むお嬢様のこと、顔に醜い傷が入ってもゴリアーテ様は了承してくれることでしょう」


 JPが構えをとった。ロレインは泣きそうな顔になり、言った。


「私がアニーと離れるのを見計らったのね」


 JPが嫌なやつの顔を思い出したようにブルッと震える。

「もちろんでしょう。あの子どもは私の天敵……。いくら空を飛んで距離をとってもいつの間にか私の腕の中で笑っている。おぞましい……」


 ロレインが先制のミドルキックを放った。アニーとの思い出に身震いしていたJPは隙をつかれ、しかしなんとか腕でガードする。


「やあっ!」


 ロレインの連撃が始まった。バレリーナのように美しい動作で、白いミニスカートを翻しながら連続でキックを放つ。ミニスカートの下に黒いスパッツを穿いてくれていてよかったと右京四郎は思いながらも、見とれた。


「そこだ! 一気に畳みかけるんだ、ロレたん!」

 格闘技の心得がそれほどあるわけでもないのに、右京四郎が勝手な声援を送る。


「強くなりましたね……、お嬢様」

 JPが冷静にすべての蹴りを防御しながら、言う。

「聞けばこちらで寝泊まりされている道場では草しか召し上がっていないと聞きましたが……スタミナもついてらっしゃる」


「ただの草じゃないもの!」

 ロレインの顔にだんだんと余裕が浮かびはじめた。

「パワーアップのための草よ! クっソまずいけど!」


 最高にキレのいいハイキックがJPの首筋を狙う。

 これで勝利だ! ロレたんの勝ちだ! と右京四郎が思った時、JPは瞬間移動するようにロレインに接近していた。


 間合いの中に入り込まれ、ロレインが絶望の表情を浮かべる。


「失礼」


 慇懃に一礼すると、JPの拳がロレインの顎を砕いてアッパーを繰り出した。




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