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アニーの拳  作者: しいな ここみ
第一部 強き者たち
21/66

ロレイン・スマイル

 顎を砕かれ、ロレインがのけぞった。


 その勢いを利用して、JPの真下から美少女の生足が──サマーソルト・キックがせり上がってくる。


 爪先がJPの顎を狙う。


 死角から襲いくる刃のような蹴りを、JPは腕でガードした。


 JPの黒い燕尾服の袖が切り裂かれる。


 ロレインが前向きに着地した。口から流血している。

 JPが着地の隙を狙ってくると読んで、先読みで再びロレイン・スペシャルを繰り出した。飛び込んできていればJPはひとたまりもない。白い薔薇の棘の中へ自ら飛び込むようなものだ。


 しかしJPは飛び込んできてはいなかった。


 ロレイン・スペシャルは大技だ。

 技を繰り出した後におおきな隙ができる。


「お嬢様……」

 JPが呟く。

「お許しを」


 JPのラッシュが始まった。

 ロレインのガードをこじ開け、その拳が美少女の頬を、腹を、鼻を殴りつける。

 すぐにロレインは草の上へ横向きに倒れてしまった。


「ロレたん!」

 右京四郎は叫びながら、足がすくんで動けなかった。

「ロレたあぁんっ!」


 傷だらけにされ、力を失った顔を右京四郎に向けると、ロレインはにっこりと笑った。

「大丈夫です、シローさん」

 そして言う。

「私、闘いに勝利したらいつも微笑むんですよ。……ここでも微笑んでみせます。私のスマイルを見ていてくださいね」


「お嬢様……」

 JPがフランス語で言った。

「もう、いいでしょう? 私と一緒に大人しく……」


「見くびらないで」

 ボロボロのロレインが立ち上がった。

「私は格闘家」

 構えはとらない。『自然体』がロレインの構えだ。

「私はこの日本に来て、初めて自由を得たの。絶対にこれを……手放してたまるか!」


 スピードの落ちたロレインの蹴りを、JPは難なく手で掴んだ。そのまま引っ張り、引き寄せる。


「ならば仕方がありません。抵抗できない身体にして連れ戻すまで」


 JPの拳が、ロレインの顔面にめり込んだ。


 華奢なボディーに連打が突き刺さる。

 穏やかな無表情だったJPの顔に、だんだんと愉悦のような色が浮かびはじめた。


 ボディーへのラッシュが終わると、前へ折れるようにロレインが再び倒れた。

 しかし最後の力を振り絞って上半身を起こす。起こしすぎて、反対に後ろへのけぞった。目を閉じ、荒い息を吐きながらも、立ち上がろうとしている。


「ロレたん!」

 右京四郎は泣いていた。


 ロレインが目を開けた。

 右京四郎にその目を向けると、にっこりと微笑み、その姿勢のまま気絶した。


 袖を切られた以外、JPは無傷だった。気を失ったロレインを無言で抱き上げる。右京四郎の存在など無視するように背を向けた。


「うわあああっ!」

 その背中に右京四郎が襲いかかった。

 武器になるようなものは何もなかった。素手で、燕尾服の背中に掴みかかる。


 しかしその手は空を切った。


 階段を昇るように空を駆け、燕尾服のイケメンはロレインをさらって消えていった。



「あああっ!」

 一人きりの丘の上で、右京四郎はわめき声をあげるしか出来なかった。

「僕に……! 僕に力があれば……っ!」


『シローさんはそのままでいいですよ』

 かつてロレインに言われた言葉が脳裏に蘇る。

『自分にないものを求める心には、黒い悪夢が忍び込みます』

 悲しそうな目をして、ロレインが言う。

『悪夢に取り込まれないで』


「取り込まれてもいいっ!」

 右京四郎は涙を流しながら、叫んだ。

「君を取り戻すためなら、僕はどうなってもいいんだっ! 悪魔よ、僕に力をくれっ!」


「欲しいか、力が」


 悪魔の声が聞こえ、右京四郎は驚いて目を開けた。きょろきょろと声の主を探す。


「ちょうど次のオモチャを探していたところだ。……おまえ、私の人形になれ」


 上ばかり探していた視線を下に向けると、そこに4歳ぐらいの黒い女の子がいた。黒いチャイナドレスに身を固め、三つ編みにした後ろ髪をたすきのように胸の前に下げている。


「あなたは……?」


「私はラン・メイファン」

 黒い幼女は手をワキワキと動かすと、牙を剥いて楽しげに笑った。

「強さを求める者の前に現れる『黒き悪夢』だ」





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