ロレイン・スマイル
顎を砕かれ、ロレインがのけぞった。
その勢いを利用して、JPの真下から美少女の生足が──サマーソルト・キックがせり上がってくる。
爪先がJPの顎を狙う。
死角から襲いくる刃のような蹴りを、JPは腕でガードした。
JPの黒い燕尾服の袖が切り裂かれる。
ロレインが前向きに着地した。口から流血している。
JPが着地の隙を狙ってくると読んで、先読みで再びロレイン・スペシャルを繰り出した。飛び込んできていればJPはひとたまりもない。白い薔薇の棘の中へ自ら飛び込むようなものだ。
しかしJPは飛び込んできてはいなかった。
ロレイン・スペシャルは大技だ。
技を繰り出した後におおきな隙ができる。
「お嬢様……」
JPが呟く。
「お許しを」
JPのラッシュが始まった。
ロレインのガードをこじ開け、その拳が美少女の頬を、腹を、鼻を殴りつける。
すぐにロレインは草の上へ横向きに倒れてしまった。
「ロレたん!」
右京四郎は叫びながら、足がすくんで動けなかった。
「ロレたあぁんっ!」
傷だらけにされ、力を失った顔を右京四郎に向けると、ロレインはにっこりと笑った。
「大丈夫です、シローさん」
そして言う。
「私、闘いに勝利したらいつも微笑むんですよ。……ここでも微笑んでみせます。私のスマイルを見ていてくださいね」
「お嬢様……」
JPがフランス語で言った。
「もう、いいでしょう? 私と一緒に大人しく……」
「見くびらないで」
ボロボロのロレインが立ち上がった。
「私は格闘家」
構えはとらない。『自然体』がロレインの構えだ。
「私はこの日本に来て、初めて自由を得たの。絶対にこれを……手放してたまるか!」
スピードの落ちたロレインの蹴りを、JPは難なく手で掴んだ。そのまま引っ張り、引き寄せる。
「ならば仕方がありません。抵抗できない身体にして連れ戻すまで」
JPの拳が、ロレインの顔面にめり込んだ。
華奢なボディーに連打が突き刺さる。
穏やかな無表情だったJPの顔に、だんだんと愉悦のような色が浮かびはじめた。
ボディーへのラッシュが終わると、前へ折れるようにロレインが再び倒れた。
しかし最後の力を振り絞って上半身を起こす。起こしすぎて、反対に後ろへのけぞった。目を閉じ、荒い息を吐きながらも、立ち上がろうとしている。
「ロレたん!」
右京四郎は泣いていた。
ロレインが目を開けた。
右京四郎にその目を向けると、にっこりと微笑み、その姿勢のまま気絶した。
袖を切られた以外、JPは無傷だった。気を失ったロレインを無言で抱き上げる。右京四郎の存在など無視するように背を向けた。
「うわあああっ!」
その背中に右京四郎が襲いかかった。
武器になるようなものは何もなかった。素手で、燕尾服の背中に掴みかかる。
しかしその手は空を切った。
階段を昇るように空を駆け、燕尾服のイケメンはロレインをさらって消えていった。
「あああっ!」
一人きりの丘の上で、右京四郎はわめき声をあげるしか出来なかった。
「僕に……! 僕に力があれば……っ!」
『シローさんはそのままでいいですよ』
かつてロレインに言われた言葉が脳裏に蘇る。
『自分にないものを求める心には、黒い悪夢が忍び込みます』
悲しそうな目をして、ロレインが言う。
『悪夢に取り込まれないで』
「取り込まれてもいいっ!」
右京四郎は涙を流しながら、叫んだ。
「君を取り戻すためなら、僕はどうなってもいいんだっ! 悪魔よ、僕に力をくれっ!」
「欲しいか、力が」
悪魔の声が聞こえ、右京四郎は驚いて目を開けた。きょろきょろと声の主を探す。
「ちょうど次のオモチャを探していたところだ。……おまえ、私の人形になれ」
上ばかり探していた視線を下に向けると、そこに4歳ぐらいの黒い女の子がいた。黒いチャイナドレスに身を固め、三つ編みにした後ろ髪をたすきのように胸の前に下げている。
「あなたは……?」
「私はラン・メイファン」
黒い幼女は手をワキワキと動かすと、牙を剥いて楽しげに笑った。
「強さを求める者の前に現れる『黒き悪夢』だ」




