裏格闘界
「ちょっと……! どこへ連れて行くのよ!?」
五月は抵抗しながら声をあげた。
「あたし……行くとこあるんだから!」
「外では一人でいないでって、言ったでしょ?」
ロレインが優しく叱る。
「私たちと一緒にいてくださいっ。……それにしてもアニー、どこ行くの?」
「スモウ・レスラーに聞いてくれっ」
アニーは楽しそうに振り向いた。
「とにかくなんか楽しそうなんだっ」
「まぁまぁ、今日は顔見せだけということで、ご案内するでござる。だからすぐに済むでござるよ」
恋の花は五月をお姫さま抱っこしながら狭い路地裏を歩き続けた。
「降ろせー!」
五月がその腕の中で暴れる。
「勇次郎んとこ、行くんだからーっ!」
「ユージロー……?」
恋の花が反応した。
「そんな名前のファイターが一人、昨日入会したばかりでござる。もしかして、その人かもしれないでござるよ?」
「……え?」
五月の動きが止まった。
勇次郎からはあれから何の連絡もない。
もしかして、ストリートファイターとしてデビューして──それで忙しくて──? と思ったが、すぐに首を横に振った。
『いや……。だってあいつ……、よわよわなのに……』
「なんで僕まで……」
そう呟きながら、大根もみんなの後をついて行った。
▣ ▣ ▣ ▣
何の看板もない鉄のドアを開け、長い石の階段を降りて行くと、再びドアがあった。中から何やら賑やかな打撃音のようなものが聞こえてくる。
「四名様、ご招待でござる」
そう言いながら、恋の花がドアを開けた。
部屋は広かった。
中央にリングがあり、その周りの全面を金網が囲んでいる。その中で今、中国拳法の達人っぽい中年男と婦人警官の格好をしたゴリラのような女が闘っている真っ最中であった。
「わぁ……、楽しそう」
ロレインが夢見るように笑う。
「あっ?」
アニーが知り合いを見つけ、嬉しそうに声をかけた。
「メイファンじゃないかっ!」
腕組みをしながら試合を眺めていた黒いチャイナドレス姿の幼女が半分ほど振り向いた。
「久しぶりだな、アニ」
「アニはやめろっ! なんか女形の巨人みたいだ!」
「何しにこんなところへ来た?」
「おまえこそっ。仕事で忙しいんじゃないのかっ?」
「ちょっ……、ちょっ、ちょっと……!」
五月がロレインに小声で聞く。
「メイファンって……。あたしを襲ったやつのボスじゃないの!?」
「ふふ……。そうですよっ」
ロレインはまったく警戒もしていない。
「あの二人、仲悪いようで、じつは仲良しなんです」
「ところでおまえっ。あいつのこと殺そうとしてるだろっ?」
アニーが五月を指さして、メイファンに言った。
メイファンはチラリと五月のほうを見ると、牙を見せて笑った。そしてアニーに答える。
「知らんな。あの女は知っているが、殺しの依頼は受けておらん」
「昨日、ボクサーのおじさんをけしかけたろっ?」
「それも知っているが私ではない。何やら水星建設の受注したレジャーランドの仕事を潰そうとしている組織が動いているらしい──そんなことぐらいしか私は知らんな」
「そうかっ。わかった」
アニーは信じた。
「ちょっ……! ちょっ! ちょっ!」
五月がぷんぷんしながら近づいてきた。
「そんなの簡単に信じるってどうよ!?」
アニーはあかるく笑いながら、説明した。
「大丈夫だっ。メイファンは悪いやつだが、嘘はつかないからなっ」
「フン……」
メイファンがくだらなそうに顔を背ける。
「ところでメイ。おまえは何しにここにいるっ?」
アニーが聞くと、メイファンが悪企みをしているように笑う。そして答えた。
「新しい人形を作った。そいつの初披露だ」
金網の中の試合に勝敗がついた。婦人警官が両腕を振り上げて勝利のポーズを取ると、金網のドアを開けてレフェリーが中へ入り、その腕を取って勝者の名を叫ぶ。
「勝者、卍巴!」
拳法着姿の中年男が三つ編みの髪をリングにつけて倒れていた。口から血を流し、まるで死んでいるように見える。
「あの婦人警官、なかなかのパワー・ファイターだぞ」
メイファンが言う。
「改造してやれば素手でスカイツリーぐらい倒せそうだ」
「わあっ」
アニーが笑った。
「それは楽しそうだなっ」
「さて……。次だ」
「おまえの新しい人形かっ?」
「そうだ。ククク……、どれほど戦えるか……観物だな」
拳法着姿の中年男が担ぎ出されていった。黒子のような者が3人で担架に乗せて外へ運び出していく。
「えー、次の試合デース」
白人の大男がマイクを持ち、高らかに告げた。
「赤コーナー、陰キャなのにみなさんの人気者! 飛び道具専門のオタク・ギャル! 最強の陰キャ・アイドル! 青野楸の登場だーーーッ!」
控え室らしきドアを開け、セーラー服姿の細身の女子高生が現れた。髪はほったらかしの長髪、黒ぶちメガネの奥の目はどよんと曇っているが、よく見ればそこそこ美少女だ。
取り囲んで立つ観客から大歓声が起こる。司会の白人男が言った通り、かなりの人気者のようだ。
楸が歓声に応え、陰キャらしく緊張にギクシャクした動きで片手を振った。扉を開け、金網の中へ入る。
「えー、青コーナー……」
白人男がマイクで叫ぶ。
「ニュー・フェイスでーす! 中国一の殺し屋、『黒い悪夢』ことラン・メイファンの作った殺人人形! その名も『バーサーカー・勇次郎だーーーッ!!』」
「……えっ?」
五月が控え室のドアに注目した。
そのドアが中から蹴破る勢いで開き、上半身裸でムキムキの狂戦士が登場した。体じゅうに鉄のチェーンをぐるぐる巻きにしている。口からウジュウジュと白い泡を吹き、褐色の肌には無数のぶっとい血管が浮き出しているが、その顔は間違いなくよく見知った幼なじみだった。
「勇次郎!?」
「ウガアァァーー!!」
勇次郎が雄叫びをあげた。




