ep79 空(Distracted driving)
ディアとランデスは門を出てからひたすらに真っ直ぐ疾走り続けていた。しかし、いつまで経っても、どこまで行ってもランデスと衝突する獣は絶えない。
一体、どれ程の量の獣達が犠牲になったのか知る由もないが、その事でディアが心を痛めている様子はないと言える。
なにせ、危機感も緊張感も無く、鼻歌交じりにドライブしているのだから……。
「わたぁしはいつでもぉ〜♪ぶろいぃ〜の、みぃかたぁ〜♫――あッ、そう言えば……。そうでしたそうでした!わたしとした事が、危うく忘れるところでしたッ!てへッ」
鼻歌が終わった途端に出て来る独り言である。これは一人で運転中によく起こる現象と言えるだろう。
更に運転中によく起こる現象を付け足すとなると……「目的地に着いたらアレしよっかな?コレしよっかな?」とかを考えてみたり、運転しながら周囲を見回し「景色がキレイだなぁ……」と、感慨に耽ってみたり、周囲のドライバーに対してぶつくさと「あーでもねーこーでもねー」と「自分ならこうする」とか一人チャチャを入れたり……などが挙げられるだろう。
基本的にこれらは最後の例えを除いて漫然運転であり危険行為だ。運転中によそ見はいけない。それが例え、自動運転であってもだ。
まぁ、この世界に御者と呼ばれる職業はあれど、ドライバーと呼ばれる職業に就いてるのはディアだけなので、最後はあり得ないだろうが……。
「一応、ここに来るまでの経路はランデスくんに記憶してもらってますけど、ちゃんと無事に帰れるか心配ですぅ。目印っポイものがあったら、ナビに旗を立てておかないと……って、アレ?外の景色が見えない事を忘れてましたぁ。てへッ」
一人ボケからのノリツッコミである。同乗者がいたら白い目で見られるか、生温かい目で見守られボケ殺しに遭う事間違いが無さそうと言える。
そして、そんな一人漫才……いや、そんな上等なモノではないが、ソレが終わった頃にランデスのセンサーからは、だいぶ赤色が削がれていた。
しかしながら、これならば“旗”は立てられるだろうが、そんなランドマークは無い。
――斯くして砦を出てからかれこれ数時間。ディアは漸く空の色を確認する事が出来たのである――
いやこの作戦の目的というか……だからその……いたって空の色を見る事が目的ではないのだが、この地に来てから初めて見る空は、くすんだオレンジ色だった。ちなみに日没が近付いているとかそういう意味ではない。かと言って、朝焼けというワケでもない。
何故だか空が青くはなかった……と、それだけである。
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暫く……いや、暫くどころではない時間、ディアはランデスを駆り疾走った。時速に直すと240km/hくらいだろうか。舗装されているワケでもない、道路と呼べる道路も無い悪路としか言いようのない荒野をひたすらにランデスは疾走っていった。
舗装されていないので車内の揺れは酷い……かと思いきや、SUVで悪路走行向きのランデスのサスペンションの性能のお陰で、乗り心地は快適である。これは、ヘスティがイチ推しするポイントと言えよう。
さて砦を出てからかれこれ三日三晩、それは距離にして17000kmを優に超える。大陸をローラー作戦の如く、端から折り返して端まで。それを幾度とこなしても尚、ランデスのセンサーに脅威深度“10”の姿は見付けられなかったのである――
かれこれ何往復したか分からない。ディアだけは不眠不休とまでは行かないものの、ランデスだけは不眠ではないものの不休である。それは自動運転が為せる業と言えると言えるだろう。
まぁ、ランデスが人間であれば、到達出来ない境地であるのは事実である。そしてそこに、ヘスティがかつて為さなかった契約の落とし穴があるのはさておき、ランデスと共に今もなお疾走り続けているディアが知る由はないだろう。
今回、最終的に「魔の酒場亭」と契約を結んだのはウラノである為、その報いは後日、ウラノに行くのだろうが……まぁそれはそれ。これはこれ。
さて、話しを戻すとして……。
当初の作戦計画では、砦に万が一の事があればディアの元に連絡が来る事になっている。または、脅威深度“10”の敵勢力の指揮官が見付かり次第、「通信網を開き連絡する旨」がディアの任務だ。それ以外では一切の連絡はしないし……されない。
そもそも砦に何かあったとしても連絡が来る可能性は恐らく皆無だろう。その時にそんな余裕は無いとみるのが、正常な判断である。
よってこれは恐らくツクヨの陰謀。元からディアとランデスを戦力として考えていない作案による、「使い捨ての駒に連絡はせず、首魁を見付けたらハッピー」的なモノなのだろう。しかし、その意図をディアは理解していない。理解してる者がいるとすれば必死に引き止めたヘスティと……当初、難色を示したアルテだろう。
よって現状は、何も分かっちゃいないディアのんきで気ままな一人旅と言い換える事も出来よう――




