ep72 逆転(Devil's name)
「エメルゼディアさんは、真祖森人種さんで人間さんのお名前です。その方から、ヘスティさんに弟子入りした以上、この家にある物は全て不要になるから、自由に使って欲しいと言われたんです。……流石に服はボロボロで着たくなかったのと、ベッドもありましたけど、ランデスくんの方が安全なので使いませんでした。糧食だけじゃ物足りなかったので、家にあった保存食やお野菜にキノコなんかは頂いちゃいました。でも、これってお弟子さんだから、ヘスティさんから宿泊先とかの提供を受けた事になりませんか?」
「ディアさま……」
「はぁぁぁぁぁ……」
ヘスティでさえ聞いていなかった真祖森人種の名前をディアが聞いており、食材などの諸々の提供を受けていた……と言うのが本当かどうかはさておいて、ディアのこの発言はヘスティの瞳を潤ませ、「おかみ」の額に深いシワを作っただけでなくそのシワよりも深い深い溜め息を齎していた。
「ディア……アンタがそれでいいならいいんだけどねぇ。働く上でのアンタに対しての待遇の話しなんだ……って言っても、アンタが基準に置いてるのは生まれ育った「貧村」……か。仕方ない、ディアがこう言ってるんだ。今回は大目に見ようじゃないか」
「おかみさま……ディアさま……」
「だけどヘスティ!次は容赦しないよ?それこそディアが何と言ってもだ。従業員を蔑ろにする事はあっちゃならないさね」
これが契約の差と言うヤツなのだろう。イシュとアマテラの二人が聞いたら怒り出す事この上ない発言だが、上司がトップ営業マンと、冴えない営業マンとの間に行う区別は、契約の差云々の前にこんなモンと言えばこんなモンである。だが、それはそれ。これはこれ。
斯くして、ヘスティの危機は去った。「おかみ」から釘を刺された以上、残り半月程の契約期間に於いて、ヘスティはディアに対して細心の注意を払っていった。
しかし、ハイヤード契約をしている以上、使わないヘスティではなく、ディアはあちらこちらにヘスティを乗せ、ランデスを走らせたというのもまた、事実である。
「それではヘスティさん。1ヶ月間、お世話になりましたぁ」
「こちらこそなのでち。また是非とも宜しくお願いしたいのでち。ところで少々気になっていたのでちが……ディアさまのその身体は何という種族なのでちて?一見するとヒト種のようにも見えますけど、なんか違う気がするのでち。レアな種族なら、わたくしの依り代に加えたいので、生息地域などを教えて欲しいのでち」
「種族名ですか?ディア■■です。生息地域は、えっとぉ……わたしが前に住んでいた貧村があった世界は滅んだってイシュさんから聞いてるので、もう誰もいないんじゃないですかね?」
「ディア……ブロ……でちて?そ……そうでちか……」
「わぁ、凄い!ヘスティさんは、ちゃんと発音出来てますね!おかみさんはまったく発音出来なかったので、凄いです、ヘスティさん!!」
ディアの種族名を聞いた途端、ヘスティの顔色は悪くなっていった。まぁ、真祖種の種族的な特徴で、元から顔色は悪いのだが、そうではない。
だが、何かに気付いたであろうヘスティは、ディアに悟られまいと平然を保っているようにも見えた。
斯くしてディアは、無事に契約を終え、「魔の酒場亭」へと帰って行ったのである。
ヘスティはランデスとディアを見送り、手を振って別れを惜しんでいる様子だったが、その顔は最後まで浮かない様子でもあった。
それが「名残惜しいからか?」と聞かれれば十中八九「違う」と答えるだろう。それ程までに強烈なナニカを引きずっていたのである――
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「ただいま戻りましたぁ」
「あぁ、お帰りディア」
「あれ?エレさんは所用ですか?」
「あぁ、エレは長期の所用で暫く帰って来ないさね。何かエレに用かい?」
「ヘスティさんから「魔の酒場亭」にってお土産を貰ったので、渡そうかと思ったんですけど……。あぁ、そうだ。おかみさんにはお手紙を預かっています」
お土産は大量であり、一度に運べる量ではなかった。故にディアは人手が欲しかったのだろう。お土産でエレを釣ろうと考えたのかも知れない。しかし、ヘスティがそれこそ土壇場でディアの出発間際に渡した「おかみへの手紙」は嵩張るモノでもないので、そのまま持って来た……と、そんなところだろう。
「ヘスティが手紙ねぇ……。お礼状か詫び状か……まぁ、そんなとこッ?!」
「おかみさん、どうしたんですか?まさか、わたしヘスティさんに何かやらかしちゃってました?」
「い……いや、そうじゃないさね。近々ヘスティがここに遊びに来たいと言ってるだけさね。さぁ、アンタはランデスの洗車や整備でもしておいで。暫くやってなかったんだろうから、ランデスも待ってるんじゃないさね?」
明らかに「おかみ」の態度は可怪しくなっていた。それはヘスティの手紙を開いた瞬間であり、そこに殴り書きで書かれた文字に目を通した直後だった――




