ep61 推察(Secret things)
これは……ディアがヘスティと共に旅立った午後の話しである――
「なぁ、おかみさん。ちょっといいか?」
「なんだなんだ?またこのあたしをクビにしたいって話しか?」
「バカ妹は黙ってろ!アタシはアンタとの因縁を忘れたワケじゃあないんだ」
「そうさね……。イシュ……アンタは2階の整理と掃除。アマテラは、1階の掃除でもしておいで。終わったらここの掃除だ。夜の営業開始までに終わらせないと二人とも飯抜きだからねッ!気合い入れて頑張んなッ」
イシュとアマテラの二人は、「魔の酒場亭」と契約を交わし従業員となった事で、主人である「おかみ」の命令には絶対服従である。故に二人が二人揃って小言を垂らしながらも上階へと去っていった。
「……それで、エレ。アンタは何の話しがしたいんだい?」
「おかみさん……ディアの事で何かアタシに隠してるだろ?」
「別に隠してるワケじゃあないさ。エンリの首輪が最優先だったからねぇ。コトが片付けばアンタに話すつもりだったのさね」
ディアが疑似惑星で戦ったコトの顛末は、「おかみ」にとって物凄い衝撃的な内容だった。とは言っても衝撃的な内容は主にディアの過去についての記憶だ。
「なぁ、エレ。アンタはその依り代の記憶を持ち合わせているかい?」
「依り代の記憶?そりゃあ、断片的になら共有してるが……」
「辛かったコト、衝撃的だったコト、楽しかったコト、嬉しかったコト……それらインパクトの強い記憶は人間と意識が同居している間、依り代から稀に流れて来る事がある。ごくごく稀に意識が去った後でも起こるらしいが……アンタはそれらのコトを言ってるんだろぅ?」
「あぁそうさ。アタシがこの依り代をエムから託されて、暫くの間は身体の中にエムの意識があった。大半はその時にアタシが感じ、見て共有したエムの記憶さ」
イシュとソフィア、エレとエム……これは高位高次元生命体が依り代を得る時には必ず起こる現象だ。ヘスティが「秩序」の権能を使い、捨て置かれた依り代を自分のモノにしても起こる可能性は非常に稀だが、「秩序」のような権能持ちはそうそういない。
よってほぼ全ての高位高次元生命体に当て嵌まると言えるだろう。
「ディアの身体の名前は「アメリア」って言うそうさね。年齢は21。名も無き貧村の生まれで兄弟が……」
「ちょちょちょ、おかみさん。待ってくれ、一回待ってくれ!なぁ、アタシの勘違い……いや、聞き間違いだよな?」
エレの混乱は尤もだった。名前や年齢は兎も角、生まれた場所に衝撃的な事実があるだろうか?確かに名も無き貧村の暮らしは辛いだろう。しかしそれは日常であって、衝撃的な非日常ではない。
もちろんディアの中でアメリアが過去語りをしたのであれば話しは別だが、このままエレが止めなければ、「おかみ」がアメリアの「身の上話」を延々としそうだったのは事実である。
「なんだ、聞いてくれないのかい?こっちはディアから延々と聞かされたんだ。産まれてからここに来るまでの話しをずっと……ね」
「そんなバカな……」
「それだけじゃないよ?ディアには息子がいたそうな。その息子は六歳の誕生日の夜にイシュ・タリバリウムに襲われたと言っていた。そしてそれが原因で数カ月後に亡くなったそうな……」
「…………」
「そしてそれは今から百年程前で、既にその貧村があった惑星はエンリ達の手に掛かって滅んだ……ってコトらしいさね。その話しは全てイシュに確認したから、間違いじゃなさそうって感じだねぇ」
「………………」
「おかみ」から齎された情報が、ディア一人だけの口から出たモノであれば、それはディアの信用性の有無で信じるに足るかが決まるだろう。
だが、その話しに証人たる当事者がもう一人いて、整合性が取れれば話しは別物……。話しの内容が如何に支離滅裂だろうと荒唐無稽だろうと事実に相違ない。
「星間移動に時間旅行その二つをほぼ同時にディアは行ったって事実がある。エレ……どう思う?」
「今までの話しを纏めると100%無理だ。人間の記憶をまるっと全部持っている時点で、ディアは高位高次元生命体じゃない。――人間だ。だが、星間移動に時間旅行だって?だが星間移動は人間には無理だ、そして時間旅行は、高位高次元生命体にも出来ない芸当だ」
「だが……」
「まだ何か出て来るっての?いや……そうか。これからおかみさんが言う事が本質……なのか……」
「流石はエレだ。恐らく、ここから先の情報が、ディアの謎を解くカギだと思ってる。だが、それすらも気分的には信じたくないがねぇ……」
パタパタと足音が近付いて来てる音が響いていた。恐らくは1階の掃除が終わったアマテラが倉庫区画の掃除を始めるべく、階下に降りて来てるのだろう。フロアと違って片付けもある以上、イシュはもう少し掛かりそうだ。
斯くして「おかみ」は、何処でこの話しの続きをするか悩んでいた……。しかし、それ以上の悩みに支配されているのは事実だろう。




