第02話 婚約の上に婚約をもう一枚!!
数年前病に掛かり、もう何の役にも立たないと思っていた下の娘。
「クッ、フフ……それがまさかまさか、小金を持った男を連れて来るとは」
探索者などという仕事をしている下賤な人間、本来なら俺が言葉を交わしてやる価値すら無い男。
「それが、ポンと二億の金を出せるというのだから世も末だな」
まぁ相手が平民であろうと俺の役に立つのなら使ってやるまでのこと。
これからいろいろと利用してやらなければ――そんなことを考えていたある日のこと。
「あなた、一度お話がしたいと伯爵家の方からご連絡があったのですが」
「……伯爵家だと? 何だ? もしかして上杉か?」
困惑顔の妻がそう伝えてくる。
なんだ? もしや、どこかから静の婚約話が伝わりでもして何か言ってきたのか?
と思えば、これまでまったく面識のない家からとのこと。
「ふむ、まったく身に覚えのない相手だが……いったい何の話なのだ?」
「それが、静の話だと言うのですが」
「腐れ病に罹ってしまう前ならともかく……静だと?」
なにかやらかしたのなら家とはすでに縁の切れた、関係のない女だと言っておかねがならんが……と思えば、どうやら厄介事というわけではなかったようで。
「あの子が通っている学校でなにやら表彰をされたみたいでして」
どうやら静が今通っているらしい桜凛学園。
詳しいことはわからんが、そこの迷宮科の生徒として初めて何かを成し遂げ、大掛かりな表彰の式典が行われたらしい。
「……そのような話、何も耳には入っていないが?」
今の俺は機嫌がいいのだ。
ちゃんと報告を上げてくれば時間を開けて参加もしてやったものを。
「それで、『表彰』話と、連絡をよこしてきた伯爵家にどのような繋がりがある?」
「どうやらその伯爵家の方が学校で行われたらしい式典に参加されていたとのことで。そこで静のことを見初められたみたいです」
はぁ? あのようにおかしな兜を被った娘を見初めただと?
俺にはまったく理解できない話だが……あの若造と言い、世の中にはおかしな人間がそれなりの数いるものだな。
「あちらさまは『あまりにも美しすぎるその姿に』つい年甲斐もなく一目惚れしてしまったとおっしゃっていまして」
美しすぎる? そいつは一体何を言って――
「……おい、大至急その式典の様子を調べろ!!」
――それから数時間後。
目の前の端末に映し出された一枚の写真を見て愕然とする。
そこには、今でも鮮明に記憶の中に残っている小さい時の静――そこからさらに美しく花開いた娘の姿があった。
「こ、これはいったいどういうことだ!?」
「どうもこうも……あの子のことを苦しめていた病が快癒したということでしょう?」
何が嬉しいのか声をはずませる志乃。
……快癒した?
あれだけあちらこちらと手を尽くし、それでも治療の糸口すら掴めなかったあいつの病が治っただと!?
「いったいどうやって……いや、そんなことはどうでもいい!
それならどうして! いの一番に俺に連絡をよこして来ない!?」
「どうしてもなにも……静は絶縁を言い渡して家から追い出した娘ですよ?
むしろ、通す必要もない筋を通して婚約の報告に来たことがおかしいほどでしょうに……」
追い出した? それに一体何の問題がある? こいつらは馬鹿の集まりか?
家の、俺の役に立てる姿に戻ったのなら一言。
『これまでご迷惑をおかけしましたがこれからはお役に立てるよういっそう努力いたします』
と連絡をよこすことこそが筋というものだろうが!?
こいつらはその程度のこともわからんのか?
「……それで、件の伯爵家はどのように言っていたのだ?
もしや、おかしな断りなど入れてはおらんだろうな?」
「はい、いきなりのことでしたので『当主と相談のうえで、折り返し連絡を入れさせていただきます』とお伝えはしてありますが……」
「そうか! なら大至急『前向きに検討させて頂きたいので一度お会いしてお話したい』と連絡を入れておけ!!」
「……あなた、静にはすでに婚約者がいるのですよ?
それも、あれほどの額の結納金まで受け取り、念書まで入れておいていまさら何を」
「お前はこの静の写真を見て何も思わんのか!?
これだけ美しく育てた娘を、どこの馬の骨ともわからん平民のガキになどやってたまるか!!」
「……あなたは育ててなどいないでしょうに」
「うるさい! お前は黙って俺の言う通りに動いていればいいんだ!!」
これだから物の道理のわからんヤツは度し難い。
ふっ、はははっ! それにしてもまた伯爵家か!
やはり俺のような、選ばれた人間を世間が放っておくはずないものな!!
* * *
数日後。
「いやぁ目出度いまことに目出度い!
まさかこれほどトントン拍子に進むとは!!」
わざわざこちらまで出向いてきた六条伯爵家長男と静との婚約もまとまり。
「あなた……本人、それに今の静の婚約者である柏木さんに何の話も通さずこのように話をまとめてしまうなど……」
「何だ? 家長がすることに何の問題がある?
そもそもあいつだって伯爵家との婚約には乗り気だっただろうが?」
「いったい何年前の話をされているんですか……。
それにあちら様に対する安請け合いも問題ではありませんか?」
「安請け合い? ああ『娘の交友関係に上位貴族の後ろ盾などは何も無い』という話か? はっ、相変わらずお前は心配性というか気の小さい女だな。
ただの学生であるあいつにそんな知り合いなどいるはずもないだろうが!」
「……柏木さんのことは詳しく調べたのですか?」
「うん? あの男なら親が交通事故で死に、他の身内も……まぁ碌でもない、ゴミのような人間揃いのようでな。
何があろうと誰も助ける人間などいない、むしろ今回は結納金を返す必要すらないだろうな!」
「はぁ……そうですか。
わかりました、私はもう何も言いませんのであなたのご自由になさってください」
「何を当たり前のことを。
余計なことを考えず、お前はとっとと静に家に戻るように伝えておけ!」
そもそもこいつの言う事など聞く必要も無いのにしつこくもくどくどと。
……そうだな、静が嫁入りした後は上の娘と一緒にこの女も追い出して、言うことを聞く若い女を迎えるのも良いかもしれんな!




