第04話 初めての通学路と元カノ。
こっちの世界に戻って――配達ミスされてから初めての春。
中三だった俺も、晴れて高校に進学することに。
「結局、中学の三学期は一度も登校してないし。
入試も受けてないから高校生になった実感がまったく湧かないんだよなぁ」
「あら? 毎日、私の愛らしい制服姿を見ていたのだから、学生だった実感はあるんじゃないかしら?」
隣を歩く明石さんが、楽しそうにクスクス笑いながら目を向けてくる。
「いや、今もそうだけど……鉄仮面のインパクトがあまりにも強烈だったからさ。
いつも履いてた黒タイツのデニールが細かったこと以外、セーラーだったかブレザーだったかすら覚えてないんだけど」
「それって『顔』じゃなくて、足しか見てなかったってことじゃないのかしら……?」
いつも通り朝から一緒にマンションを出た中務さん。
今日も車で送ってくれようとしてたんだけど、さすがに入学式から車登校は情緒がないので丁寧に辞退。
ていうかあの人、肩から『対戦車砲』みたいなカメラをぶら下げてたんだけどあれは一体……。
保護者のいない俺や明石さんのために、有給まで取ってくれたのはちょっとだけ嬉しかったりするんだけどさ。
「それにしても……やたら視線が集まってるっていうか、むっちゃ二度見されてるっていうか」
「逆に聞くけれど、鉄仮面を被った制服姿の女らしきものと腕を組んで歩いている男子生徒を見たら、あなたはどんな反応になるかしら?」
「んー、そうだな。『リア充爆発しろ』もしくは『家でやれ』?」
いや、家で何かしらヤッてると妄想したら、それはそれで腹が立つんだけどさ。
「ふふっ。そうね、柏木くんはそういう人よね」
なんというか、ダンジョンにいる時とはまるで雰囲気の違う、『女子高生』という記号を背負っている彼女から伝わる体温に無駄にドキドキしたり。
通学途中で知り合い――驚いた顔、そして勝ち誇った顔。
底意地悪そうに表情を歪めた山口とすれ違ったが、向こうから関わってくれるなと宣言されてるんだからこっちから挨拶する必要もないだろう。
「……柏木くん。
さっきあなたのことをジッと見つめる、歩くわいせつ物のような顔をした女がいたんだけど知り合いなのかしら?」
「まぁ知り合いっていうか元カノ?」
「そうなの。とりあえず殺ってくるわね?」
「手が汚れるだけだから止めなさい」
桜舞い散る坂道の上。
到着したのは妙に雰囲気のある古風な校舎。
俺の知ってる桜凛学園ってもっと近代的だったんだけど……いや、大きな戦争が一つも無かったんだから、古い建物が残ってても不思議じゃないのか。
まったく通う予定はないが、式に参加するために自分のクラスを確認。
「明石……柏木……あったあった!
二人とも『特別クラス』みたいだね?」
「ふふっ、あなたは鷹司とセンニチダンジョンの支部長からの推薦枠なのだから当然だし、私だって特別クラスに入れるくらいの能力はあるもの。
小学校・中学校と、他の子達がクラスわけで騒ぐ意味がまったくわからなかったのだけれど……。
なるほど、好いた男性と一緒のクラスになるというのはこれほど嬉しいことだったのね」
ピンポイントに俺の父性を刺激してくる明石さんの言葉に、思わずその場で抱きしめ――
「ちょっと!! 私ですらCクラスなのに、どうしてなんの取り柄もないあんたが特別クラスなのよ!?」
ようとしたところでコケシに絡まれる。
いやお前、自分の方から話しかけてくるなって言ったよな?
その後ろから、申し訳なさそうに小走りで近づいてくる坊主頭。
「よ、よう! って、夕霧が見てるのって迷宮科のクラス表だよな?
あれ? たしかおまえって商業科に行くって言ってなかったか?」
「ああ、それな。
ほら、『知っての通り』、俺って交通事故に遭ったじゃん?」
「あ、ああ……」
申し訳なさそうな表情から進化、穴があったら入りたいとしか言いようのない顔になる坊主頭。
「何だよその種芋みたいな顔は……いや、今のは俺の言い方が意地悪だったか。
繰り返しになるけど、俺は何にも気にしてないからな?」
むしろ不幸のメールの最終送り先に選んだようで、呪いのビデオを押し付けてしまったようで謝りたい気分である。
「何よそれ! むしろ彼女をもてなせなくなったんだから悪いのはあんたのほうじゃない!」
「セイコちゃん、さすがにその言い方は……」
「……柏木くん? そこの男性器のような顔をした人? は今なんて言ったのかしら? 私の聞き間違いでなければ『彼女』と聞こえたのだけれど?」
「誰の顔が男性器よ!?
……ていうかあんた、なんなのそのおかしな兜を被った女は」
「これは彼女っていうか元カノ……になるらしい人?
俺が死にかけてる時にそっちの友人が引き取ってくれたから今は赤の他人」
「私が言うのはいいけど、あんたに他人って言われるのはなんか腹が立つわね!?
それにしても……いくら私に捨てられて自暴自棄になったからってソレはないでしょソレは。
ていうかあんた! 親も死んじゃってお金だって無いくせに、いったいどうやって特別クラス入れたのよ!? 試験会場で会った覚えも無いんだけど!?」
その表情を二チャッと歪める山口。
てかこいつ。今、明石さんのことをソレとか呼んだよな?
「……俺がどこで誰と何をしてようがお前に何か関係があるのか?」
睨みつけながら感情の無い声でそう問いかける俺。
「……柏木くん、手が汚れるだけだから止めておきなさい」
無意識に胸ぐらを掴もうとしていた手を明石さんがそっと握る。
「な、何よ……ちょっと前まではそんな怒るようなことなかったじゃない!
どうしていきなり人が変わったみたいに……」
『人が変わったみたい』じゃなくて『人が変わってる』んだからしかたない。
「……山口。他人の俺がいうこっちゃないだろうけどもう中学生じゃないんだからさ。もう少し口の聞き方に気を付けたほうが良いぞ?」
「う、うるさいわよ馬鹿! 大きなお世話よ! マサシ、行くわよっ!!」
涙目でそう叫んだかと思うと、宇良の手を引いて走り去った山口。
……あいつってあんなに大きく目を開けたんだ。
「なんかこう、朝から気分の悪い目に合わせちゃってごめんね?」
「あら、私のためにあなたが怒ってくれると知れた。それだけであの人? には感謝してもいいくらいの気分よ?」
……山口のことを最後まで『不確定名:お○ん○ん』扱いの明石さんだった。




