第03話 鷹司葛は激情家である。
三月末に大阪に来てからそろそろ一週間が経つ。
まぁやってることは観光じゃなくてダンジョンアタックなんだけどね?
そんなカズも、彼の入学式ということで今日は一日のんびりとおやすみ。
家主?
もちろん彼の保護者として、撮影機材一式を抱えて入学式に行ったわよ?
……いや、冷静に考えると親戚でもない女がゴテゴテしたカメラを抱えて高校の入学式に入り込んでるってちょっとした事案なのでは?
あの子、盗撮容疑で捕まったりしてないでしょうね?
もっとも、カズだって今日は暇してるわけだし?
探索者としての彼の泊付け、そしてどこの紐が付いてるのかを回りの人間に分からせるために一緒に行ってあげようかとも思ったんだよ?
それなのに――
「いや、カズラさんって『ある意味』有名人なんですよね?
そんな人と一緒に手を繋いで歩いてたりしたら俺まで悪目立ち、下手したらイジメの対象になっちゃうじゃないですか?」
「いいですかカズラ。
柏木さんと手を繋ぐのは「私なのだけれど?」
……小娘っ! あなたは毎度毎度、どうして人の話に割り込むのですか!?」
そんなふうに言いながらも、明石の娘を妹のように扱うショウコ。
大学までその位置はカズのモノだったんだけどなぁ。
「侯爵家の人間、それも学校とつながりのあるセンニチダンジョンの支部長はその身内。
そんな人間をいじめるような自殺願望のある人間なんているはずないでしょうが!
……じゃなくて、『ある意味有名人』ってどういうことなのかな? かな?」
最初に出会った時からカズのことを邪険に扱う男の子。
悪意は全くなく、カズのことをどこにでもいる女の子として接してくる彼。
一回りほども年下のくせに、まったく年下らしくない生意気なその態度。
そのくせおかしな包容力で自分の回りにいる女性を甘やかし、虜にしていく……。
「その所業はまさに結婚詐欺師……いいえ、結婚魔術師。
マジカル・カシワギ! ミラクル・カシワギ!」
「何いってんだこいつ……」
うん。男慣れしていないショウコが一日で落とされるのも仕方ないわよね。
三人が出かけたあとも、なんだかんだとモヤモヤした気持ちを抱えたままで。
音を消した、つけっぱなしのテレビに目を向けることもなく、ソファでゴロゴロ転がるカズ。
「はぁ……まともに話すようになって、まだ一週間しか経ってないのにねぇ?」
なのに、従姉妹の『彼氏』――いや、本人から付き合ってって聞いたわけじゃないから彼氏って呼ぶのも変なんだけど。
年下の男の子のことを考えながらグラグラというかムラムラというか……。
そういえば、こっちに来てから『アレ』や『ソレ』的な事もご無沙汰だし。
うん、これは生理現象、仕方ないことなのだっ!
「……家主のいない間に、ちょっと『心の洗濯』でもしておきましょうか」
でも、いくら従姉妹の部屋とは言ってもここは他所様のおうち。
もしシーツにシミが残ってしまえば非常に気まずい空気になっちゃう。
「そりあえずバスタオル、バスタオル……あったあった。
でも一枚だと不安なのよね……よし! ここは余裕を持って三枚で!」
いよいよ準備も万端! 『さて、始めますか!』と、下着の中へ手を差し込もうとしたその瞬間、机の上のスマホがぶるぶる震え出す。
「……何なのよもう! ちょっとくらい場の(桃色の)空気を読みなさいよ!!」
流れてきた着信音は、『桜花爛漫』関係者からのもの。
そのまま無視してやろうかとも思ったが、すっかり気分も冷めてしまったので、嫌味のひとつでも言ってやろうと通話ボタンを押す。
『葛っ! あんた、いったいいつまでそっちにいるつもりなのよ!
あなたがいないせいで、最近は育成業務がまっっったく進んでないんだからね!!』
スマホから聞こえてきた声は大学時代からの友人。
一緒にギルドを立ち上げた『桜小路桜子』のものだった。
はぁ。この子も昔はこんなじゃなかったんだけどなぁ。
「……育成が進んでないからって、それが一体何だっていうのよ?
『育成』って言えば聞こえはいいけど、実際やってることなんてカズたちがギリギリまで削った魔物にトドメを刺させるだけの『寄生』でしかないでしょ?
それでまともに戦える探索者が育つとは思えないんだけど?」
『またその話……。
最初に中層で安全に動けるだけの魔力を吸収させてから!
ある程度の実力をつけさせて、それから魔物と戦う技を磨くためだって説明したじゃない!』
言っていることは、まあ、一理ある。
ここ二年、うちのギルドから“死人”が出ていないのは事実だし。
でもそれは、『本人の実力に見合った階層』に挑ませていないだけの話。
もちろん、その行為だってギルドに所属する探索者の層を厚くするためならまだ意味があるんだけど……最近『育てている』のは探索者ですらない『金持ち(スポンサー)』連中ばかり。
「……ねぇ、桜子。
一緒にギルド立ち上げた時、あなたが言った言葉……覚えてる?」
『何よ、今さらそんな昔話。
……副長職の話なら断ったのは葛の方でしょ?』
違う。聞きたいのは、そんなくだらない話じゃない。
『二百年、誰もたどり着けなかった50層がどうなってるのか、一緒に見てみたくない?』
あの時、カズにそう言った桜子の目はキラキラしてたよ?
今のあなたに、あの時と同じ顔ができるかな?
「まあ何にしても、戦斧に問題が出ちゃったから。
そっちに戻ったところで何もできないと思うけどね?」
カズにとってのギルド。
桜子にとってのギルド。
いつからかズレてしまったその意味に、少しだけ苛立ち――つい、意地の悪い嘘をついてしまう。
『はああああ!? も、もしかして戦斧を壊したの!?
あ、あれがどれだけ貴重な品か、あなたもわかってて言ってるのよね!?』
そう、確かにアポカリプスはダンジョンを先に進むためには替えのきかない大事なモノだった。
でも、たったの一週間で……彼にそんな価値観ごとぶっ壊されちゃったのよ。
……あれ?
これってつまりカズ……ネトラレちゃったってことじゃないのかな!?
従姉妹の彼氏の高校生に寝取られる、美人令嬢探索者――何それ、ちょっと面白すぎるんだけど!
自分の中で妄想が一気に広がり、思わず口元がゆるんじゃう。
……もっとも、その楽しい気分を邪魔する奴が、今スマホ越しに喚いてるんだけど。
つまらない、本当につまらない人になっちゃったわね。
「……私が手に入れて、私が使っていた武器のことで桜小路さんにどうこう言われる筋合いはないと思うのだけれど?
そもそもあなた。今、誰に向かってそんな口をきいているのかわかっているのかしら?」
冷たく。どこまでも冷たく。
『桜小路桜子』にそう告げる。
『ヒッ……!
ご、ごめんなさい……そんな、怒らないで……。
だって……こんなに長く、あなたがギルドから離れたことなんて無かったから……さ、寂しくて……』
必死に繰り返される『ごめんなさい』を無視して、『握りつぶした』スマホをゴミ箱へと放り投げた。




