第19話 閑話 頑張れ! 明石さん! その2 ――完全勝利――
青いスライム、緑のスライム、緑のスライム、緑のスライム、一日休んで緑のスライム。大丈夫、別に私はノイローゼになったわけではないから。
「そろそろ明石さんもスライム・スレイヤーを名乗っても良いかもね!
てことでお待ちかね! 新しいスクロールだよ!」
「そんな、他の人に馬鹿にされるだけの二つ名はいらないわ」
彼から渡された新しい巻物。
コモン・クラス? の、【助祭】のクラス・スクロールらしいのだけれど……。
「職業のスクロールを初めて買って。
上の職業のスクロールも買い。
魔法スクロールを買う魔石はなく。
いつも笑いのネタにした……そんな時代を、いつかは笑えれば良いね?」
「あなたはいったい何を言っているのかしら?」
「そうだな、一言で言うなら――スライム退治頑張ろう?」
「結局やることは変わらないのね……」
そこからさらに三日間、延々と緑スライムを狩り続ける。
「柏木くん、実は私はもう死んでいてスライム地獄に落とされたのではないかしら?
というかお昼すぎくらいにまた大きく体のキレが良くなったのだけれど」
「何そのヌルヌル・プヨプヨしてそうな地獄。
おめでとう! それは助祭がマスターまで上がったからだね!
本当ならすぐに明石さんのクラスを――」
「待って! あなたから以前『本当ならすぐに』という言葉を聞いた時は魔石が7000個必要だとかいうとんでもない話を聞かされたのだけど……」
「さすが明石さん! 良く覚えてたね?」
「今回に限っては当たってほしくなかったわ」
惚れた相手に褒められてこれほど嬉しくないことってあるのね……。
などと、あまりにも気の抜けた、おろかなことを考えていた私の心に。
「でも、【祈り(プレイ)】の魔法さえ覚えれば……明石さんの呪いをどうにか出来るかもしれないからさ。一緒に、もう少しだけ頑張ろうな」
彼のその一言と笑顔が衝撃を与える。
……私は何を馬鹿なことを、ふざけた思い違いをしていたのだろうか。
そう、彼がこうして私のことを毎日ダンジョンに連れてきてくれているのは、すべて私を気遣ってくれてのこと。
私と同じように、いえ、おそらく私以上に。
私だけのために黙々と、それこそ文句の一言もいわず、スライムを狩ってくれているであろう彼に不平不満をぶつけてしまうなんて……。
五年……五年も苦しみ続けた忌々しい呪いなのに。
ああ……これじゃあ自分の外見を鼻にかけ、わがまま放題にしていたあの頃の私に逆戻りじゃない!!
「柏木くん……ごめんなさい、ごめんなさい……」
「えっ? どうしていきなり泣きだしたの!?」
「あなたのその手で、その足で!
この愚かな女のことをおもいきり躾けてちょうだい!
私の体に! あなたの優しさを刻み込むためにっ!!」
「クッ、やはり素人さんにスライムマラソンは早すぎたか……。
ていうか、明石さんがむっつりスケベ……下ネタ女子なだけではなく、ドM属性まで持っていたとはなんと業の深い……。
大丈夫……大丈夫だよ明石さん……君はもう休んでも良いんだ……」
泣きながら、殴って欲しいと懇願する馬鹿な女。
でも彼は、微笑みながら、でも、一緒に涙を流しながら力強く抱きしめてくれる。
ああ……この人はなんて懐の深い男性なのかしら……。
ああ……私を助けてくれたのがこのひとで本当に良かった……。
「柏木くん……私、今気づいたわ」
「明石さん、俺も気づいたよ」
そう……そうなのね?
あなたと私、二人の心はすでに一つ……。
(私のこの呪いはこの人に出会うため。この人を愛するため。この人と添い遂げるために課せられた試練だったのね……)
(これからはスライムだけじゃなく、気分転換にコボルトも狩りに行かないとだな)
* * *
そこからは甘えた気持ちを捨て去り――ベッドで彼と添い寝する時以外、一緒にお風呂に入る時以外、一緒に――
「柏木さん、なんとなくその小娘が良からぬことを考えている気がするのですが?」
「今から新しい魔法も含めて呪いが解けないか試そうとしてますからね。
本人も気が昂っているんでしょう」
……スライム討伐に邁進した私。
たかが半月。されど半月。
これまで無為に過ごした五年間が一体何だったのかと思えるほどに忙しかった日々。
これだけの時間で、これほどまでに身も心も強くなれたのは彼の存在があってのこと。
……もっとも、その彼が私にとって絶大なウイークポイントとなってもいるのだけれど。
「てことで、今からやること――まぁ明石さんに掛けられた『蠱毒』を祓おうとしてるんだけどさ」
そう、新しく【破魔】と【祈り】の魔法が使えるようになった私たち。
「明石さんが【助祭】をマスターした時に手に入った【闇魔法耐性・中】で薬の効果時間は『24時間から72時間』と3倍まで上がったんだけど……」
完治するまでにはいたらず。
「『知り合いの宗教関係の専門家(ルフレ教会の神父さん)』に聞いた、新しい治療方法を試そうと思ってるんだけど、ここまでは大丈夫だよね?」
「もちろん。あなたが私に授けてくれたこの力……絶対に無駄にはしないわ」
「クッ、私も仕事さえ無ければ……」
「ていうか、その新しい魔法なんだけど、その説明文がふわっとした内容だったんだよなぁ。
なんだよ『祈る気持ち、信じる気持ちが強さとなる――』って!
宗教かよ! ……宗教だったわ」
「あら、それなら何の心配もないわね。
だって私、あなたが死ねと言うのならこの場で喉を掻っ切ることだって出来るもの」
「何その振り切ったヤンデレ……。
まぁ『失敗したらそこまで!』なんてシビアな魔法でもないから。
あまり気を張りすぎないで、でも真剣に……いくよ?」
緊張しているのはきっと私ではなく彼の方。
大きく息を吸ったかと思うと。
「明石さん、心の中でゆっくりと……でも強い気持ちで。
その体の呪いが消え去るように祈って」
呪いよ消え去れ……。
呪いよ消え去れ……。
呪いよかけた者の元へ……。
呪いよかけた者の元へ……。
これまでの私の苦しみを倍……五倍……三十倍……百倍……っ!!
「そう、そのまま……いい感じだよ……明石さんの体から黒いモヤモヤが、呪いが追い出されようとしてる……次は俺と声を、心を合わせるように……いくよ最初は祈りから!!」
「「祈り(プレイ)……っ!!!」」
「はうっ!? 目がっ! 目がっ!」
重なる二人の声。
聖なる光で染まる部屋の中。
……何やらオバサンが騒がしいわね。
「呪よ消え去れ! 明石さんの体から出ていけ!」
(呪よ飛び去れ! 私を苦しめた連中の元に!)
「行くよ! 明石さんっ!」
「来てっ! 柏木くんっ!」
(そのまま、そのままあなたのそれを私の中にっ!)
「「破魔っっっ!!!」」
『複数名で【祈り】を使用。
二人の想いが重なり、効果が【儀式魔法】に拡大。
【状態異常・蠱毒】を完全に排除。
呪いの効果は術者および依頼者へと跳ね返されました』
「よし! よしよしよし!
はっ、はははっ! 成功した! 成功したよ明石さん!!」
「そうね! 柏木くん……柏木くんっ!!」
感極まった声で私を抱きしめてくれる柏木くん。
もちろん私だって力いっぱい抱きつき返す。
そしてそのまま彼に押し倒されるように――。
「か、柏木くん!
い、いきなり押し倒すのはダメ!
先にゴミ袋を被らせてっ!!」
「この小娘は私の神聖な職場で何をやらかすつもりですか!?」
ふふっ、私たちの、私たちの愛の――完・全・勝・利ねっ!!




