第19話 閑話 頑張れ! 明石さん! その1 ――新たなる戦いの序曲――
隣に越してきただけの、ただの隣人であったはずの同い年の少年。
壁越しに毎晩一人で何やら喋っているおかしな男の子。
こんな姿の私のことを人間だと、女だと認めてくれるたった一人の存在。
そんな彼、柏木くんと一緒にダンジョンに入るようになって十日が経とうとしていた。
もっとも初日から彼には驚かされっぱなし……。
いえ、それを言うなら彼が私の部屋の前に立っていたあの時からずっと。
不治の病だと言われていた……彼が言うには『蠱毒の呪い』の症状を止めるポーションを筆頭に信じられないことばかりなのだけれど。
そんな彼との二人きりでのダンジョン探索……そう言えば最初は三人だったわね。
まぁ二日目からあの人は来なくなったのだし、最初から二人だったと言っても問題はないでしょう。
そう、彼とのダンジョンアタックは――
「……ええと、このおかしな剣? 籠手? を借りるときにも聞いたのだけれど、本当にスライムの相手をするつもりなのかしら?」
「フッ、明石さん。冒険はスライムから始まり、そしてスライムで終わるものなんだよ」
まったく意味のわからない彼の言葉から始まった。
……というか、何なのよその倒し方は?
私が動画で見たことのある、盾で受け止め鈍器で殴る方法とはまったく違うのだけれど?
私にも見て覚えろと、そして慣れろと。
あら、ヤッてみれば思ったよりも簡単なのね?
もしかして、これなら2人で100匹くらいは……えっ? 600って何かしら?
1日に倒すスライムの数?
「じゃあここからは1人で頑張ってみようか?
大丈夫! ちゃんと俺も陰ながら応援してるから!」
この人はちょっと頭のオカシナ人なのだと思った。
というか、そこから7時間、本当にスライムを600匹倒すまで帰らせてもらえなかった。
もちろん、その程度のことで五年間呪いに耐え続けた私が弱音を吐くことなんて――
「最初は辛いかも知れないけど、半月も続けてれば無心になれるからね?」
「柏木くん、それは無心になっているのではなくて心が死んでいるのよ」
この人は『大きく』頭のおかしい人なのだと思った。
もちろん次の日も彼の宣言通りスライムを狩ることになるのだけれど……。
「えっと、裏階層に転移……そう言えばこの機能って文字が読めないと使えないんだよな? 集団での転移ってどうすれば……ああ、パーティ編成をしておけば大丈夫なのか。
てか昨日はパーティ機能のことなんてすっかり忘れてたな」
……彼が理解できない事を言い出すのはいつものことなので気にしてはいけない。
「明石さん! ちょっとこっち来てポータルに触って!」
「ポータルというのはその標識板のことで良いのかしら?」
彼の言う通り、光る文字の浮かび上がった一枚岩に触れるわた――『カシワギ・ユウギリからパーティ参加の打診が来ています Y/N』
「柏木くん、私の目の前に何やら文字が浮かんでいるのだけれど……」
「とりあえずパーティに加わってもらえる?」
そうじゃなくてもう少し説明を!! ……いえ、多少説明されたくらいでは何も理解できないでしょうけど。
私は考えることを止め――
「じゃあ今から転移するから……あっ、違うところに飛ばされないように手くらいは繋いでおいたほうがいいかな?」
「あなたは一体何をしようとしているのかしらっ!?」
言われた通り彼の手を取ると、途端に感じた軽い浮遊感と目眩。
「ようこそ。裏・第一層へ」
これと言った変化は無いのだけれど、裏とは何なのかしら?
「あっ、そんなことは無いと思うけど、もしも俺が死んじゃったらこの空間から出られなくなるかも」
「今すぐに帰らせてもらっていいかしらっ!?」
……その日も一日、1人で600匹の『緑色の』スライムを狩ることになった。
「というか、後半になって体が物凄く軽くなったのだけれど」
「ああ、それは牧師をマスターして戦闘力が一気に上がったからだね。
本当ならすぐに明石さんのクラスも助祭に付け替えしたいところなんだけど、仕入れに魔石が7000個ほど足りなくてさ」
「魔石が7000個……?
そんな数、ここ(スライム)で稼ごうと思えばどれだけの日にちが掛かると思って……」
昨日だって600匹のスライムを倒した結果、得られた魔石は数十個なのだ。
今日にいたっては一個すら見てはいない。
「てかさっき明石さんが集中してる時に別階層に移動して試してみたんだけど、パーティを組んでると離れてても魔物を倒した数というか経験値、ドロップアイテムまで共有されてるみたいなんだよね。
だから明日からは2人で別れて狩りをしようかと思うんだけどどうかな?」
「……ええと、それってつまり私一人だけでここに閉じこもってスライムを倒し続けろということなのよね?」
何その普通の人なら発狂しそうな提案は……。
「そうだね。もちろん俺も真・第一層で狩りをするんだけどね?
大丈夫! 昨日今日と明石さんの動きを確認してたけど、スライムに遅れをとることなんてまずないと思うから!」
「いえ、スライムが倒せるどうこうの話ではなく、こんな空間で一人ぼっちになりたくないという話なのだけれど」
……もしかして柏木くんは私のことが嫌いなのかしら?
『昨日の話? もちろん冗談だよ』
という彼の対応を少しだけ期待していた次の日。
本当に宣言通り、一人ぼっちでの地獄が始まる。
知ってる?
人間って追い込まれると、知らないうちに叫び声を上げるのよ?
もちろんその次の日も一人ぼっち。
知ってる?
人間ってさらに追い込まれると、知らないうちに大声で笑っているのよ?
……さすがに三日目にはその環境にも慣れてしまったのだけれど。
「私は心のない歯車……今日も元気にくるくる回る……はぁ、山に登っておにぎりが食べたいわ」
「なんか明石さんがヤバいことになってる!?」
なぜか次の日は一日お休みになった。




