第02話 策士、策に溺れるとはこのこと。
『豪俵様と仁王院様からご面会の要請が入っているのですがいかがいたしましょう?』
管理局職員さんのその一言で、場の空気が一変――することはなかった。
いや、一応? 穂根川だけは
『ナンデ!? 豪俵、仁王院、ナンデ!?』
みたいな顔になってるんだけどね?
たぶんだけど、俺に絡んでる親戚どもは、
『さすが穂根川男爵様!
相手がゴネるのを見越し、さらに別のお貴族様まで呼んでいたのか!!』
みたいな、都合のいい脳内補完をしているみたいで。
……仮に百歩譲って、その想像が正しかったとしても。
知らない貴族が横から出てきて、話が円満にまとまるわけがないのにねぇ?
たぶんこいつら、
『目上の人間(歳を取ってるだけ)の人間が言うことに下の人間が従うのは当たり前だ! だから偉そうにしてれば相手が折れて全部思い通りになる!』
って、信じて疑ってないんだろうな。
もっともそんな連中の前に現れたのは、仁王院と豪俵さん――学生服姿の高校生が二人だけ。
それを見た瞬間、さっきまで動揺していた穂根川が困惑した表情になった。
こいつ、もしかして本家の人間が自分のことを助けに来てくれたとでも思ってる?
普通に考えれば、ここは床に頭を叩きつける勢いで謝罪するしか後はない――いや、今さら何をしようとショウコさんに、鷹司家に喧嘩を売るような発言をした時点でもう手遅れなんだけどさ。
そして他の連中。男どもに至っては、
『何あの女!? おっぱいデッッッッッッ!?」
みたいな顔で固まってるし。
マジ救いようのない連中――「夕霧くん、鼻の下が伸びてるわよ?」……である。
一体どうなっているのか、胸部をタユンタユンとさせながらこちらの机の前まで歩いてきた豪俵さんと、何故か嬉しそうに俺の前でサムズ・アップする仁王院。
「柏木様。本日は豪俵家の末席を名乗る、ふらちな人間が問題を起こしているとのこと。
おそらく、あちらに腰掛けている者たちの中の一人だとは思うのですが……残念ながら、私が見知っている者が誰もおりませず。
穂根川と言いましたか? 前へ出て来なさい」
怒気を隠しもしない豪俵さんの声に、
「……穂根川は私ですが。
そちらはもしや、夢子お嬢様でしょうか?」
その場で立ち上がった穂根川が返事を返す。
いや、どうしてこいつは質問に質問を返して……ていうか、『夢子お嬢様でしょうか?』って何だよ。
えっ? もしかしてこの男、本家のお嬢様の顔すら知らないのか?
親戚の顔なんて八割方知らない俺が言えたことでもないけどさ。
それでも、『男爵家の分家』を名乗ってイキるなら、最低限本家の人間の顔くらいは把握しておけと。
そんな男の、予想外の返答に。
豪俵さんは怒りよりも先に混乱が勝ってしまったらしく、一瞬言葉に詰まってしまう。
その沈黙を、穂根川は都合よく『勘違い』したみたいで。
「……おや? どうかされましたか?」
まさか、あなた……豪俵家のお嬢様のお名前すらご存じないとか?」
そこで一拍。
満面の笑顔になる穂根川。
「はっ、ははっ!
なるほど、つまりはそういうことですか!」
なんだろう、馬鹿が馬鹿なことを言い出す未来しか見えないんだけど?
もちろん、そんな男に困惑しているのは俺達だけではなかったみたいで。
「穂根川さん、儂らはまったく何が起きているのかわからんのだが……」
親戚連中がそう話を向けると、得意満面に『犯人を追い詰めた(と、本人だけが思い込んでいる)名探偵』モードに突入した穂根川。
「策士、策に溺れるとはこのこと。
最初からおかしいとは思っていたんですよ。
これほど都合よく豪俵家のお嬢様、それどころか仁王院家の方までが現れるなど!」
そこでわざとらしく間を置き。
ニヤニヤと、心底いやらしい笑みを浮かべながら俺を指さす男。
「もちろんそれらを仕組んだのは彼です。
あなた、先程トイレだと言って席を立ったでしょう?」
まぁトイレっていうか、
「おそらくその時でしょうね、そちらの二人に連絡を入れたのは」
うん、その通りだな。
「そう! これらは全部彼が仕組んだこと!!
外時電話で友人に連絡を入れ!
豪俵夢子と仁王院鳳凰の『フリ』をしてここに来てくれと頼んだ」
こちらに座っている人間全員プラス豪俵さんと仁王院が『何を言ってるんだお前は?』という困惑顔で穂根川を見つめていたその時、
「失礼する」
という重々しい声とともに会議室の扉が開く。
「我が家の関係者が問題を起こしていると聞き、取るものもとりあえず参上したのだが……貴様、穂根川の三男……いや、四男だったか?
そのようなところでドヤ顔をして、一体何をやっているのだ?」
「御館様っ!?
な、なぜこのようなところに!?」
「お前は人の話を何も聞いていなかったのか?
うちの身内を名乗る人間が!! そこで馬鹿面を晒している貴様が!!
侯爵家のご令嬢相手にとんでもない不始末をやらかしたと聞いたからに決まっているだろうが!」
「……はっ? えっ? 侯爵?」
穂根川がどういう『推理』をしたのか、最後まで聞きたくもあったけど……どうやら茶番はここで終わりのようだ。
そのあと、仁王院家の当主も到着したことで、室内の空気は完全に『厄介者の処理』へと移行。
「今回の不祥事のお詫びにつきましては、あらためて後日伺わせていただきます」
そう前置きし、豪俵家の当主が鋭い視線を向けられた穂根川。
「ああ、もちろん。
この馬鹿と穂根川一門については、本日をもって絶縁。
奉公構の回状も添え、今日中に回させていただきます」
事務的に告げられたその一言に、雷に打たれたように身体を大きく震わせる。
「夕霧さん、何か追加することはありますでしょうか?」
もちろん『絶縁』と『奉公構』の意味は分かるけど、そんなこと俺に確認されても困るんだよなぁ……。
てことでいつも通り、
「そうですね……細かいところはショウコさんに任せても?」
「もちろんです」
細かいことはショウコさんに丸投げさせてもらうことに。
「鷹司様! 中務様! 柏木様!
お慈悲を! どうかお慈悲を!!」
生暖かい笑顔でその背中を送り出してやった。




