第02話 さすがにそれは洒落にならないです。
校内放送が流れたのは、四限目も終わりに近づいた頃。
教室内にはすでに昼休みを待つ気の抜けた空気が流れ始め。
板書をするペンの音もまばらに、誰もが『今日は何を食べようか?』そんなことを考えていた時間だった。
『迷宮科、1年A組・仁王院さん。
同じく迷宮科、1年A組・豪俵さん。
緊急の連絡が入っております。
大至急、生徒指導室まで来てください。
繰り返します――』
そんな中、呼び出された私と仁王院様。
生徒指導室? しかも緊急?
思わず仁王院様を振り返り、その顔を見る私。
彼もこれと言って心当たりなどはなかったみたいで、いつも通りのいかめしい顔で首を傾げていた。
「――っと、仁王院、豪俵。
こんなタイミングでの呼び出しだ、よほどの急ぎなのだろう。
授業中ももう終わりだしそのまま行きなさい」
「はい先生、お気遣い感謝いたします」
のんびりとした仁王院さんの手を引き、連れ立って教室から出る。
……それにしても、何かしらの問題を起こした覚えなどまったくないのだけど。
胸の奥に、じわりとした不安を滲ませながらも指定された生徒指導室へと急ぐ。
扉を開けると中にいたのは、私たちのクラス担任である三好先生。
その表情がいつもよりも少しだけ硬く見えるのは気のせいだろうか?
「早かったわね?
えっと、二人とも柏木くんのことは知ってるわよね?」
柏木様――つい先日まではまったく意識すらしていなかった男性のお名前。
仁王院様の魔力酔いを治してくださった、私にとっても恩人と言って良い方。
「彼から、さっき突然私のところに電話があってね?
なにやら、二人の実家に関係する話があるから、折り返しで連絡が欲しいって言われたんだけど」
そんな彼からのいきなりの名指しでの連絡。
……なんでしょう、まったく良い予想が出来ないのですが。
他の女性よりずいぶんと大きな胸の奥がキュッとなる私。
「うむ? 柏木から電話、だと?
それなら我に直接掛けてくればよいものを!
……いや、そういえば奴とは番号を交換しておらんな!!」
そんなこちらの気持ちなどつゆ知らず、相変わらず呑気な態度の仁王院様。
この人は相変わらず……。
いえ、今はそんなことより彼のこと。
今のところ、私と柏木様とはちゃんとした面識すらない間柄。
それなのに、仁王院様だけではなく私まで呼び出された理由。
……胸騒ぎが一段階大きくなったのですが?
「とにかく、折り返してみましょう」
のほほんとしたままの仁王院様を促し、急いで電話を掛け直していただく。
「おう! 我だ! 我だ!
うむ? ワレワレ詐欺? 何だそれは?
そんなことより今日はどうした? もしやダンジョンの誘いか?
それとも放課後に――」
「仁王院様! 今は、そんな呑気な話をしている場合ではないです!」
このまま放っておけば、世間話だけで電話を終えてしまいそうな仁王院様から電話を引き継ぐ(うばいとる)。
こちらが授業中と分かっていながらわざわざ連絡をくださった時点で、呑気な話なわけがないのですから……。
「お電話代わりました。
柏木様とこうしてお話をさせていただくのは初めましてになります、豪俵夢子と申します。本日は家のことでご連絡をいただいたとのことで……。
さっそくではありますが、その詳細をお教えいただけますでしょうか?」
そこから始まったのは随分と頭の痛い内容の話。
「はい? 豪俵の分家に穂根川という家ですか?
少々お待ちくださいね?
穂根川……穂根川……。
確かに、そのような名前の分家がございますね」
もっとも、分家と言っても遠縁も遠縁。
ギリギリ身内と言えなくもないような家ではありますが。
「それで……あっ、はい。
その穂根川を名乗る男が、柏木様に言い掛かりを付けている連中と一緒に『センニチのダンジョンモール』に訪れていると?
しかも、豪俵の名だけでなく仁王院の家名まで持ち出して鷹司家の分家筋の方に暴言を吐いている!?」
……はぁっ!?
頭の中が一瞬で真っ白になる私。
確かに、一般人の揉め事に介入して小遣い稼ぎをしているような人間の話を聞いたことはありますが!
その穂根川という人間は、相手の後ろ盾も調べないでそんな場所にしゃしゃり出て行ったのですか!?
それも、揉めている相手が鷹司家の人間……というか、鷹司葛様や六条綾香様もその場にいると!?
そんな場所で、我が家だけではなく今のところは婚約者であるだけの仁王院家の家名まで出していると!?
……洒落にならない。
さすがにそれは洒落にならないです。
「えっ? こちらから何らかの指示?
……いえ、いえいえ、いえいえいえ!
そんな話はこちらでは一切聞いていないです!
もちろん指示など出していようはずもないです!!」
はしたなくも、反射的に大きな声を張り上げてしまう私。
「今回はご連絡いただき本当にありがとうございます!
今からすぐに仁王院様と、それぞれ実家に連絡を入れます!
そのあと、ただちにそちらへ向かわせていただきますので!!
どうか、どうか鷹司様にお取りなしを……!!」
* * *
トイレ休憩という体で、仁王院と豪俵さんに連絡を入れた俺。
さすがに何も知らないだけの知人が巻き込まれるのは可哀想だからな?
べっ、別に、ハイカラさんのオッパイの大きさとかは関係ないんだからねっ!!
ということで。
これ以上『男爵家の分家を名乗る中身ほぼ一般人』が余計なチャチャを入れてカズラさんを刺激しないないように。
……いや、俺がそこまで気を使う必要も無いんだけどさ。
「繰り返しになるけど、もう一度だけ聞いてやるよ。
そっちの他人どもは、何の用件でわざわざ俺を呼び出した?」
「本当にお前は、あの男にそっくりで頭が悪いな!!」
そう告げた俺に、最初に噛みついてきたのはクソ爺。
「いいか? よく聞け?
先日の親族会議で決まったことだ。
今後は我々が、お前の面倒を見てやることになった」
はい?
「もちろん、見届人はこちらにいらっしゃる穂根川さん。
普通ならお前のような人間がお目にかかれるようなお方では無いんだからな? 名誉に思えよ?」
お、おう、そうだな。
確かに、そんな半分詐欺師みたいな貴族モドキなんて探してもそうそう居ないだろうしな。
爺の次に喋りだしたのは叔父――正確には叔父とその息子。
たぶん俺の従兄にでもあたる、小太りの20代後半の男だった。
「それにしてもダンジョンの階層主を倒した……だったか?
フンッ、お前のような人間にも取り柄くらいはあったんだな?」
そんな男の言葉に、他の連中も小馬鹿にしたように頷く。
「ははっ、よかったじゃないか?
用無しだと思っていた人間が少しでも家族の役に立てるんだからな!
これからはその力を親類一同のために使えるんだ喜べよ?」
「そうそう! 迷宮科に通ったことがあるツレに聞いたけど、ダンジョンの10層を超えれば一目置かれるようになるんだろ?」
卒業したわけじゃなく通ってただけなのかよ。
「二・三日、お前のために時間を空けてやるからよ!
泊まり込みで我慢してやるから、俺のこともそこまで連れて行けよ!
ああ、分かってると思うけど、怪我なんてさせるなよ?」
いやお前、鏡見ろ鏡!
100mも歩けば息が上がりそうなその身体で、二・三日で10層まで着けるわけが無いだろ!
「あと、あなたの結婚相手なんだけどねぇ?」
続いては喋りだしたのはまったく知らないオバサン。
「そっちの金髪のおかしな女。
あなたの婚約者だとか言ってるけど、あんな鬼みたいな頭をした女を岸田の家に入れるなんて、私は認めませんからね!」
「そうそう!
いくらあんたの顔にも性格にも魅力がないにしてもそれはないわよそれは!」
そんなオバサンたちの言葉に、鬼の形相で立ち上がろうとしたショウコさんとシズカさんをカズラさんとアヤカさんが押さえる。
「でも、お金だけはあるんでしょう?
しょうがないから、私がお嫁に行ってあげようか?」
そう言ったかと思えば口を大きく開いて下品な笑い声を上げるババァ。
そのあとも続くのは金、金、金の話ばかり。
……そろそろカズラさん、それ以上にシズカさんの我慢メーターがはち切れてしまいそうだし?
もうこのままこっちで対応しちゃっても――と思い出したところで、
「失礼いたします」
控えめな声とともに、扉がノックされる。
「支部長、豪俵様と仁王院様からご面会の要請が入っているのですがいかがいたしましょう?」
「そうね、用件はその人達に関わることだし。
そのままこちらに通してもらえるかしら?」
「畏まりました。
ではこちらにご案内させていただきます」
ギリギリセーフな感じで二人が到着したみたいだ。




