第06話 アテナの日記。 その4
さっきまでの、あの熱意はなんだったのかと思うほど『スン』とした顔になった柏木くんが、僕の胸の間に埋まった青い宝石――叔父に貰った時は赤い宝石だった――に触れる。
……なんだろう。それを中指で、それも触れるか触れないかのフェザータッチで触る姿がものすごくいかがわしいんだけど?
そんな彼の姿に思わず『ある意味この宝石も突起物だよね?』などと余計なことを考えてしまった僕
そこから伝わってくる微かな振動と感覚に、思わず上ずった甘い声をあげてしまう。
ていうか柏木くん、小さな声で『鑑定』って呟いたんだけど……それって単眼鏡みたいな魔道具を使うんじゃなかったっけ?
あれ? もしかして彼、僕ことをからかってる?
それともハダカを見たかっただけってことも――
「あー……残念。
呪具じゃなくて、普通の魔道具みたいだわ」
えっ? さっきのアレで本当に何か分かったんだ!?
ていうかこれが『呪具』、呪いの道具じゃないのはいいことのハズなのにどうして残念? ああ、なるほど。呪いだったら解除が簡単にできるんだ。
……ちょっと何を言ってるのかわからないんだけど。
どうやら彼の鑑定。
魔道具を使わないで、魔道具以上に詳しい内容を知ることが出来るみたいで。
なるほど、これって【転性珠】ってアイテムなんだ?
男女で青い玉と赤い玉を握り、強く『男になりたい(女になりたい)』って願えば使えばお互いの性別を入れ替えられる……倦怠期の夫婦生活に刺激を与えるための……なんだろう?
柏木くんの顔が『疑問』『思考』『ひらめいた!』みたいに変化した挙げ句呆れ顔に――
「……つまり、こいつが出した写真はメスガキだった過去の栄光を自慢したかっただけのモノ。
そして本性は公共施設で不特定多数に裸を見せたいだけの露出狂。
いやしかし、それならダンジョンにこだわる理由は一体……」
どこをどうまかり間違えば……いや、たぶん『強く願えば性別を入れ替えられる』って鑑定結果から、僕が自分から進んで男になったと思ってんだろうけどさ!
ていうか、そこの勘違いは仕方ないとしても!
体を見せることにはあれだけ抵抗したよね?
ほら、ちゃんと見て! 絆創膏だって貼ってるからね!?
僕は男の子になりたいと思ったことはないし!
心の底から女の子に戻りたいと思ってるんだからね!
……君と出会った今は特に。
そんな僕に、元の体に戻りたいなら『キュウチャクキ』を使えば良いだろうと呆れ顔の彼。
明石さんまで僕が『男の子の身体でエッチなことがしたかった女』みたいに思ってるし、鷹司さんは『これ』を購入したいとか言い出したし……。
いや、今はそんなことより『キュウチャクキ』って何なのさ!?
……どうやらこの宝石と一対になっているアイテムらしく、それさえあれば今すぐに胸に貼り付いた宝石を取り外すことが出来るとのこと。
これってそんな簡単なことで外せるんだ!?
隙あらば『これで全部解決! いやぁ、いい仕事した!』みたいなスッキリした顔で帰ろうとする彼をなだめすかしながら、急いで宝石を持ってきた叔父に連絡を取る。
……まぁ電話が通じたのは『従弟』なんだけどさ。
「……叔父さんが持ち帰ったのは赤と青の宝石だけだったみたい。
トオルはキュウチャクキなんて見たことも聞いたことも無いって言ってる」
「だろうな」
そんな僕の返事に、部屋の中にいる全員が苦笑い。
なにさ! 別に親身になってくれとまではいわないけど、せめて残念そうな顔くらいはしてくれてもいいじゃないか!
思わず膨れ顔になる僕に、明石さん、職員さん、中務さんが理詰めで説明してくる。
確かに。そんなモノがあるなら、性別が入れ替わった時点で叔父さんが出してくるもんね?
魔道具の発動にしても、僕が『男になりたい』って願ってないってことは、従弟のほうが『女になりたい』って思ったのも確かだろうし。
……でも、さすがに叔父さんがそれを隠してるっていうのは……ちょっと思いたくないかも。
これまでまったく見えていなかった、ハッキリとした解決策が見つかったにも関わらず『ズン』と心が重く、顔も深刻な物に変わってしまう。
そんな僕に苦笑いしながら柏木くんが、
「それはそうとして。
もしも久堂が対価を払えるんだったら……魔力酔いのこと、手を貸すくらいはしてもいいぞ?」
……なんなのさその『ヤレヤレ』顔。
ていうか君、弱ってるところにそれって、僕の事を落として来てるとしか思えないんだけど?
あと『対価』って……それはもう『身体で払え』とかそういう……触るにしても女の体に戻ってから?
ふふっ、それってつまり僕のことを女の子に戻してくれるって言ってるのと同じなだって分かって言ってるのかな?
で、でも? さすがに、これまでほとんどお話したことのない男の子にこれ以上迷惑を掛けるのは……ほ、ほら、『面倒な女』とか『図々しい女』だって思われたくないし……。
結局そのあと『友人として貸しひとつ』ってことで話は付いたんだけどさ。
はぁ。それにしても『友達』かぁ。
そうだね! 今はそういうことで……なっとくしておくよ!!
* * *
彼と再会した日曜日。
僕のこの体を元に戻す方法があることが分かっただけではなく、ふた月の間苦しめられ続けていた魔力酔いまで解決してくれた柏木くん。
本当ならあのまま彼のパーティで、彼と一緒に行動したかったんだけど……さすがにそれはワガママが過ぎるというもの。
翌日月曜日からは今まで通り――いや、今までとは違い、パーティメンバーである豪俵さん、稗州さん、秋吉さん、そして仁王院くんと一緒にダンジョンで狩りをする。
「あら? 鳳凰様に久堂さん……お二人とも魔力酔いを克服されたのですか?」
「かっかっかっ! この仁王院鳳凰がいつまでもゲートの外でカエルのように潰れているわけにもいかぬからな!!
……まぁそれもこれもあの男、『強敵』ある柏木のおかげなのだがな」
うん、先週の土曜日まではダンジョンに入って数秒で顔色の変わっていた僕達だもんね?
それが休み明け、いきなり元気に動き回れるようになってたら何があったのかと思うよね?
「柏木さん……ですか?」
「ああ! 昨日もいつものようにそこの久堂とともにこちらを訪れていたのだがな!!
そこでバッタリと出会った奴に……その、なんだ。オマジナイというのを掛けてもらってな!!
おかげでこの通り! これまであれほど苦しんでいたのが嘘のように何も感じぬ体になったわ!!」
いや、彼にも回りの人達にも口止めはされてなかったけどさ!
ていうか、仁王院くん的には柏木くんの自慢をしたくてしょうがないって感じだから微笑ましくもあるんだけど……ほら、豪俵さんの何かをロックオンしたかのようなあの目に気付いて?
「オマジナイ……ですか。
鳳凰様、それはいったいどのような?」
「どのようと聞かれても困るのだが? オマジナイはオマジナイだ!
なにやらこう、紙のようなモノを開かされた気がするが……目隠しをしていたので詳しくはわからん!!」
「紙のようなモノ? 陰陽……いえ、密教系の術か何かでしょうか?
ふふっ、それにしても。
それほど素晴らしい能力のある方をご友人とされるとは、さすがは鳳凰様ですね」
「かっかっかっ! 当たり前だろう!!
あれはカラッとしたイイ男だぞ?
侯爵家や伯爵家との繋がりが無ければ仁王院家が後ろ盾となっても良いと思えるほどにな!!」




