第83話 笑顔で殺気 ~「コラー!トーヤ、私の酒が飲めないのか!ヒック」
今夜も何とか投稿できます。
毎日が綱渡り・・・
では第86話
どうぞ
オースティン騎士伯は二人の騎士マジェンソン・ボドーとジェシカ・エクワドルの両名を連れて静かにその場を去っていった。
知矢が二人の騎士に対して約した「明後日勤務終わり後、冒険者ギルドの訓練場へ来るように」とのセリフに復命していた二人だが知矢は「2人に命じる」と言っていたがその点にオースティン騎士伯は一言も触れなかったことが隣でドキドキしながら事の成り行きを見守っていたニーナには理解が出来なかったがそれも含めて今まで次から次へと起こった出来事や対応で知矢が乗り切ったり治めたりと結果が問題ない事に慣れたせいか(これで良いのね)と理解してしまった。
だがその理解の内では将来の不安や心配の種になる事の無いようにとの願望も含まれていた。
当の知矢は面倒がまた増えたなとテラスの椅子にだらしなく座りながら肩の力を抜いていた。
そんな様子を見ながらニーナは優しく微笑みながら(でもトーヤ君ならきっと大丈夫)と不安を打ち払いながら近くを通った使用人へ「申し訳ございませんが」と声をかけ暖かい紅茶を二人分頼むのだった。
知矢はだらしない姿をしながらもその様子を観て少し心が休まった気がしたがまた別の人物がこちらに近づこうとしている気配も察知していたため(そろそろ逃げ出すか)と考え始めていた。
「トーヤ殿!こんな所へ居られたのですね。探しましたぞ!」
(あー来ちゃったよ)と思いながらもその者の外聞や自身も含めニーナもいる事だしと仕方が無く席を一度立ち姿勢を正して「これはアンコール伯爵様。今宵はお招きいただき大変恐縮しております。それに先立っては結構な報奨を授与いただき、重ねて御礼申し上げます。」と丁寧に腰を折り頭を下げるのだった。
隣のニーナも併せる様に腰を折り「私めもご招待の恩恵に授かり感謝申し上げます」と礼を述べる。
「いやいやトーヤ殿、止して下さいよ。もう私とトーヤ殿の仲ではありませんか。どうぞお座りください、ささお嬢さんも」と二人に着席を促し自らも空いている席へと座った。とたんまるで地獄の底から聞こえてくるような低い小さな声が殺気を纏い耳元へ入ってきた。
「オイ、伯爵様よ。お前さんに俺は目立つのが嫌だと言っておいたよな、しかも他の出来事も併せて盛大に披露しやがって。貸しにしとくからな、忘れるなよ!」
と心臓にナイフでも突きつけられたかと思うような恐怖を感じたセリフに冷や汗をだらだら流しながら思わず背筋を伸ばし裏返った声で「はい!申し訳ございません!」と言ってしまった伯爵だった。
ニーナは先ほど(これで良いのね)と理解し方や将来何か起こる不安を一度払しょくしたつもりだったが(ずい分近い将来の不安だったわね)こちらも冷や汗をかきながら「トーヤ君!」と小声で窘めるのだった。
既に寛ぐ姿勢に戻っていた知矢はニーナの方へ軽くウインクをした後先ほどの地獄からの声はどこへやら「あっ、申し訳ありませんが伯爵さまの分も紅茶をお願いしますね」と先ほどニーナが頼んだ紅茶を持ってきた使用人へと優しい声で頼むのだった。
背筋を伸ばしたまま椅子に腰かけている主である伯爵に怪訝な印象を受けたが「はい、直ぐにお持ちいたします」とその場を急ぎ去っていった。
「で、パーティーの主役がこんなところに顔を出してる暇なんかないだろ。ほれあっちもこっちも横目でこっちの様子を窺がってるぜ。」
先ほどの事がまるで無かったかのようにいつもの知矢に戻った事にホッとしたアンコール伯爵は肩の力を抜いて深呼吸をし終えてからやっと口を開いた。
「いえ、もうほとんどの客には挨拶は終えてますから問題ございません。あの者達の興味はトーヤ殿へと向けられているのでしょう。そういう事で言うと本当に申し訳ありませんでした。」
と他者の目がある為頭を下げるような真似は流石にしなかったがその声音はすっかり知矢の下についたようにしか見えなかった。
伯爵として権勢を誇ってきた自負等知矢の前ではちり芥の存在になってしまう事がすでに伯爵に中へ刷り込まれていたが当の伯爵はその意識も無いが自然とそういう態度になっていた。
ニーナはこれでは流石にまずいのではないかと思たがこの場の空気を換えるだけの資格も胆力も持ち合わせていなかった。
それは当然の事だ。
ニーナは家名こそ持っているが単なるギルド職員のしかも若い女性なのだから。
何も言えず何もできないニーナはもじもじとしつつも伯爵さまの前で畏まる平民の姿勢でいる事しかできなかった。
「そう言えば」流石伯爵、自らこの空気を換えようと話題を変じたがこの話題がいけなかった。
「先ほどオースティン騎士伯が来ていたみたいですな。彼もトーヤ殿の活躍で色々助けられた事でしょう。礼でも述べに来てましたかな」ホッホッホーと幾分いつもの立場を取り戻したつもりで話す伯爵だったがそれを聞いたニーナは(その話題はダメ!)と心の中で叫んだが時すでに遅し。
「まあそれもあったがその他に頼まれごとをしてね。まあ大した話じゃないんだが伯爵様よ、あんたの娘を甘やかしていた者の1人確かジェシカ・エクワドルとか言ったな、マリエッタのご学友だかのその女が”姫を取り返す!”とか考えて俺に剣で挑もうとしたとかそんな話だはっはっはー」
と笑い飛ばした知矢だったがその目は決して笑ってはいなかった。
話を聞いたアンコールは一瞬でその高貴な顔を真っ青にし冷や汗を怒涛の如く流し肩や手、頭や脚まで小刻みに震え始めた。
(ああ、どうしましょう・・・)と心の中でおろおろするニーナ。
「伯爵様!」
真っ青に震える伯爵の肩を突然知矢が軽くポンポンとたたき
「そんなに怯えるなって。ほれ周りが何事かって気にするだろ。これ以上俺に注目を集めるなって」
と軽い口調で言いながら「これで貸しが増えたな。何かの時は頼りにしてるぜ伯爵様よ!」と再び小声で脅すのだった。
コクコクと何度も首を縦に振り、哀願する様に知矢を見つめる伯爵にさすがの知矢も不味かろうと席を立ち
「では伯爵様、今宵はこれにて失礼をば致したいと存じます。今後ともどうかこの平民の冒険者をどうぞよろしく。」とわざとらしい挨拶をしながらニーナを即して席を離れる。
ニーナは「大変失礼を致しました。」としか言えずそそくさと知矢の後を追うのだった。
「お待たせいたしました伯爵様」と紅茶を持って使用人が戻ってくると
「伯爵様!どうかいたしましたか!!」反応のない主の顔を覗き込むと生気の無い顔で庭先を見つめたまま硬直していた。
「ちょ、誰か!」と大声で使用人が助けを呼ぼうとすると
「待ちなさい、大丈夫だ。声を荒げるでない」と老執事が制止し「ここは大丈夫だ。紅茶を置いて他を頼む」と若い使用人を遠ざけた。
振り返り主を観察する老執事は先ほど来の様子を少し離れたカーテンの影からドキドキしながら見守っていたのだった。
「伯爵さま、お疲れ様でございますな。しかしトーヤ様にはもう頭が上がりませんがこれも致し方ない事かと。あとはお嬢様がお元気でこの館に戻るまで待ちましょう。」と聞こえているかわからない主へと語りかけるのだった。
その言葉が聞こえたのか伯爵は「ああ」と一言答えるのがやっとだった。その姿は一瞬の内に老人へと変貌したかに思える様相であった。
その後しばらくして何とか己を取り戻したアンコール伯爵は無事に主催者としての責務を果たしパーティーを終える事が出来たのだが翌日は疲れがたまっていたのか急な休みを宣言し一日寝室から出る事は無かったそうだ。
早々にパーティーを抜け出した知矢とニーナはアンコール伯爵の館通称ラグーン城の城門で用意してあった参加者用の魔馬車に乗り帰路へ着いた。
「・・・トーヤ君」少し不安そうな声のニーナ
「何ですかニーナさん」こちらは何もなかったかの様子の知矢。
「トーヤ君て・・いったい何者なの?」
「ただの田舎から出てきた平民で駆け出しの冒険者ですよ」
「北の方と言ってましたけど、まさか遥か北にある連合王国の王子さま!」
「なにを突然。そんな名前の国、今初めて聞きましたよ。帝国の北の国境先にあるどこの国かもわからない山の中の集落、そんな感じです。」
「とてもその話を素直に受け取れませんよ。」
「どうしてですか?」
「話し方や物腰、そして色々な知識見識。貴族の方々への物怖じしない態度。どれをとっても平民と言うには無理がありませんか」
「怖いもの知らずの田舎者と言う証明ですよ」
「何かなぞを隠しているような感じなのですけれど・・・・」
「そんな事はありませんよ。」
少し姿勢を正しニーナの目を見つめながら
「良いですか聞いてください。今からハッキリ言いますね。
私は只の平民です。ニーナさんの名も知らない地方からこの国へやってきた。それだけです。この目が嘘を言っているように見えますか」
確かにその言葉に嘘は無かった。
知矢は企業のトップであったが平民であるしニーナの名も知らない遠くの日本から来たのも本当だ。
その自出の真実や詳細を話したところで決して理解も出来ないし証明すると知矢のステータスを全て明かすことになる。
知矢のステータスには”種族 人族(神の加護を持つ者)(転移者)(若返りし者)”等を始めこの世界で到底有り得ない項目やレベルが表示されるのだ。
それこそ大騒ぎになる事は当然だし、ニーナもひょっとして人として見てもらえなくなるのではと一抹の不安もある。
それにそんな自出を明かしたところで何も益も無く混乱させるだけだ。
知矢はこの世界へ転移したのだからこの世界で生きていくと決めた。だから過去はもう忘れると言えば嘘になるがそれを明かすことは決してないだろうと思っている。
「・・・何かごまかされたような気もしますが。そのトーヤ君の目に免じてもう今日は聞きません。」
少しツンとした顔つきではあったがそれは知矢に見つめられた事の恥ずかしさを誤魔化すものであった。
「ハイ、ありがとうございます。じゃあニーナさんそろそろ着きますからうちへ寄って軽く一杯飲みなおして行きましょうね」
「えっまだ飲むのですか?」
「えっ?ニーナさん殆ど乾杯以降ジュースばかりだったじゃないですか。少し飲みませんか」
「私が心配しているのはトーヤ君が飲みすぎじゃないかと言う事です。私じゃありませんよ」
「なら、大丈夫。今日はまだビールを飲んでませんからね。ワインや果実酒のカクテルじゃあ楽しめませんよ俺は。使用人の皆が何か摘みを作っておくと言ってくれてましたから」
この青年と先ほどの青年は同一人物なのか、本当に何者なのか。再び頭をよぎったニーナであったが知矢の笑顔をみてしばらくその件は置いておくことにした。
そして今夜も楽しく飲みながらおしゃべりをしてきっといつの間にかニーナ専用となっていた部屋で寝ていく事に成るんだろうと思いながら。
貴族のパーティーは終われど庶民の飲み会はまだこれから。
今夜は何を摘みに呑むのか楽しみのニーナであった。




