第52話 神の実心 ~泣かせる話やな!
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ニーナと連れ立ち都市の大通りを歩く知矢。
実はこうして堂々と大通りを歩くのは久しぶりだった。
先ほど一人街を散策していた時も目深にフードを被り日本だとすぐ通報されそうな風体で表の大通りを避けていたのだった。
「トーヤ君、もう堂々と歩いてもきっと大丈夫よ」
というニーナの言を聞き入れ冒険者用のマントはそのままだがフードを脱ぎさり顔を太陽にさらして歩いてみた。
すれ違う人、商店の売り子たち、誰一人知矢だと気づき指をさしたりコソコソ話す事も無くどうやら人のうわさも何とやら。
「おお、俺は堂々と歩ける!買い物だって普通に行けるんだ」
と少し解放感と緊張がほぐれた事で何だか都市が眩しく見えてきた。
実は元々知矢が思っている程”魔鉱石の発見者で大金持ちになった冒険者トーヤ”の名や姿は一般に広まっている訳では無かった。
普通の都市の人々の間では単なるネタとして一時期語られてはいたが日を追うごとにその興味はまた別の者へと移っていく、そんなものだ。
確かに一部の商人や低位貴族が知己を得られればと画策してはいたがそればかりに囚われている暇などない、と魔鉱石の採掘や噂の魔道具へと興味が移っていった。
「トーヤ君お昼ごはんまだよね、そこにある食堂のスープが美味しいのよ食べてから行きましょうよ」
とニーナに誘われて丁度あった食堂に入ったのであった。
初めての店で何が美味しいのかわからない知矢はニーナにお任せで二人分をオーダーしてもらった。
その店はおそらく夜は酒場になるのだろう。厨房を隔てたパントリーの手前には横長にカウンターがあり椅子が並んでいる。
テーブルは4人かけ程の丸テーブルや繋げて大人数で使用出来そうな四角いテーブルがホールに点在していたが40人ほどのキャパシティーとみられる。
内装はこの世界でよくある板貼であるので昼間差し込む太陽光だけでは若干暗く感じるが中で慣れてくればそれ程でもない。
知矢には一見西部開拓時代の良きアメリカのバーにも見えたがそれよりも要所に植えられている草花のおかげか少しモダンに感じる。
「トーヤ君こんなお店初めて?何か珍しそうね」
とニーナが微笑みながら観察してくる。
「ええ、食堂と言えば殆どが”木こりの宿とご飯”かギルドの食堂、後は通りの屋台ばかりですね、あっ最近は店で賄いを食べる事が増えてきましたけどね。これからは少しほかの店を開拓できそうですから時にニーナさんも一緒に行きましょう」
ハイ!と笑顔を見せるニーナ。
そうこうしているうちに注文した良く煮込まれたスープにパン、そしてサラダなのか野菜とフルーツの小鉢が運ばれてきた。
ふたりで美味しいと舌鼓を打つが正直知矢にはこの世界のバリエーションの少ない料理には飽きが来ていた。
基本は肉を焼く、肉を出汁に少々の野菜のスープとパンが殆どだ。
あと変わった物と言えば肉や魚を串に刺して小麦の粉や何かをまぶして油で揚げた物ぐらいだった。
ニーナと食事をしながら日本の食事に思いを馳せイエヒコが帰還したら色々作ってみて昔を懐かしもうと思っていた。
食事を終えた二人はまた教会へと歩みを進める。
「ニーナさん教会の方ってどんな方ですか」
「ええと、先ずは教会と言うのは”水や生命を育む母神デミレサス”様をお祭りし崇めているデミス教の教会です。今日お会いしようと思っているのはこの都市の司教様でマベラス司教様とおっしゃり母神デミレサス様を体現したような方です。
教会の方針も元から子供たちを慈しむ教義を広めていますが司祭様は実はもともと自らも戦争孤児で教会で育った方なのでいっそう子供たちを気遣い、教育を施し元気に社会へ出て欲しいと自らも率先して勉強を教えたり作業も一緒に行うなど素晴らしい方なのです。」
「へえそんな素晴らしい方がいらっしゃるのであれば子供達も安心ですね」
「ええ、ですがやはり帝国政府からも多少の援助は有りますが信徒や市民からの寄付だけでは到底賄切れず司祭様の下にいる助祭の方が少しでも収入になればと母神デミレサスの物語を書いて販売したり、子供たちの出来そうなお手伝いを請け負いその足しにしているそうです。
ですからトーヤ君の頼みもすぐ聞き届けて頂けると思いますよ」
と詳しく説明してくれた。
知矢の偏った知識だと宗教家とか司教と言うのは裏で生臭い金の亡者のような印象を持っていたがそんな失礼な考えはやめた方が良さそうである。
都市の西地区と呼ばれるこの辺りは比較的政府系や商業系施設などよりゆったりとした住宅系の建物が目立つエリアだ。
知矢がこの世界に来て見かけるのはおそらく初めてであろうその住宅地は一軒一軒の区画代わりと広いアメリカなどで見受けられる郊外型住宅地の様に前面に広い庭を持ち奥まった建物と通りからの視線を隔てる植栽などもうわってこれで芝生でも敷き詰めてあればまさにアメリカンな住宅地に見えたであろう。
そんな住宅地の一角、他の住宅の区画よりかなり大きな区画に2階建てほどの木造の建物と大きな両開きの玄関ドアを設けた扉、その扉へ向かう石畳のアプローチと両側の花々が通りまで続き訪れる者をやさしく誘っている。
「はい、着きました。こちらが母神デミレサス様をお祭りするデミス教のラグーン教会になります。」
ニーナがアプローチを進みながら教会の建物を見上げ紹介している。
知矢にイメージである日本、地球の教会と比べると非常に質素に見えるが何か荘厳な雰囲気を醸し出している。
そして知矢は思い出したのは
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昔訪れた九州の五島列島、福江市(現在の五島市)の福江島にて見かけたカトリック教会に似ていると。
その教会は小さな湖のほとり、林の木々を背にたたずんでいた小さな教会であった。
知矢が学生の頃夏にツーリングで訪れた際地図もみずに島を散策していてたまたま入り込んだ道の奥、林を抜けたその先に広がる湖面、そして湖面に映し出された逆向きの教会から目線を上げるとそれはそこにあった。
ステンドグラスに彩られた窓を持つほんの小さな教会は人気も無く静かに建っていた。
知矢はしばらく時の経つのを忘れ湖のほとりにバイクを休ませながら湖面に映る景色の中に浮かんでいるようなその教会を見つめていた。
いまでもその景色は脳裏に残されるほどごく小さな教会にもかかわらず荘厳で静けさの中に存在感を有しそれでも景色に溶け込んでいるまるで一枚の絵の様であった。
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そんな事を思い出しながら目の前の教会を見ていると一歩先に進んだニーナが教会の玄関わきに下がっている紐を軽く引くと中で静かに鐘の音が聞こえた様な気がした。
ほどなくし玄関戸の片方が静かに開かれると中から老爺が顔を出しニーナを見ると静かに微笑み中へと誘った。
ニーナに誘われ続いて入ると中は狭い講堂のような空間がありその際奥に設けられているのが祭壇であろうか、壁には慈愛に満ちた表情で訪れる者を慈しむように見守る女神の絵が掲げられていた。
老爺は何か告げるとすぐに奥の戸へ姿を消した。
「トーヤ君、こちらが母神デミレサス様です。」
とニーナは知矢に紹介すると自らは両手を胸の前で組み母神デミレサスへ頭を垂れるのであった。
知矢も同じくニーナに倣い頭を下げた後母神デミレサスを見つめる。
その絵は豪奢な絵画と言う訳でもないが十分に女神の存在を感じ取らせ母なる神たるを体現していた。
「何だか本物の女神さまに見守られているような素晴らしい絵ですね」
正直な感想を述べるのだった。
すると
「はい、ありがとうございます。この絵は旅の方が教会にとどまったお礼にと描いて行かれた物ですがこんなに素晴らしい母神デミレサス様は見た事が有りません。当教会のシンボルです。」
奥から姿を現した40歳位だろうか、宗教家然とした佇まいで黒いワンピース状に白と銀の刺繍をあしらった地味な服装だがその笑みは安心と信頼を与える優しいまなざしである。
「司教様、ご無沙汰を致しております。今日はご紹介したい方をお連れしました。
当冒険者ギルドの新進気鋭の若者ながら既に数々の功績によってA級冒険者となられましたトーヤ様です。
トーヤさん、こちらが水と生命を育む母神デミレサス様をお祭りし崇めているデミス教の教会のマベラス司祭様です」
と大仰に紹介された。
その紹介に「おいおい」と思いながらも
「マベラス司教様、お初にお目にかかります。トーヤと申します。一介の冒険者ではございますがどうぞよろしくお願いいたします。」
と丁寧に頭を下げるのだった。
「これはこれは、都市で噂の冒険者の方がこの様な小さな教会へわざわざ足をお運び頂き感謝します。
私が当デミス教ラグーン教会のマベラスと申します、こちらこそどうぞよろしく」
自然な微笑みを浮かべ小首をかしげるように頭を下げ挨拶したマベラスは知矢の前に近づくと手を差しだした。
一瞬躊躇したがおそらく間違いないであろうと信じ司教の手を取り甲へキスをした。
ニーナとマベラス司教の空気が変わらなかったので「間違いなかったんだな」とほっとした知矢すると
「それで本日は冒険者ギルドの女神さまが噂の冒険者をこんなみすぼらしい教会へお連れしたのは如何されましたか」
マベラスが尋ねてきた。
「ハイ司教様、実はトーヤ様は最近配下の方たちとご商売を始められまして、今あるお店の両側の空き家もこの度ご入手されました。
そこでこちらの教会の子供たちにお願いして空き家の掃除や片付けをして頂けないかと。」
と仕事の依頼だと説明してくれた。
「冒険者の方がご商売ですか、更に店を買い足すと言う事はさぞやご繁盛の事でしょう。
・・ひょっとするとそちらも今噂になっている」
マベラス司教は勘が良いのか市勢の情報に詳しいのか知矢が魔道具商店のオーナーだとすぐに感づいてしまったようだ。
「司教様、実はそのお店の主人がトーヤ様だと言う事は公にしておりません。その訳は・・」
言い淀むニーナであったが
「いえ、大丈夫ですよ。商売と言う物はいろいろ難しいと聞きますしましてや噂の魔道具を販売する店の主人ならその存在を秘める必要もあるでしょう。分りましたでは教会の子供たちを行かせますので仕事を命じてください。」
勘が良い方は察しも良いのかマベラス司教は深く聞きもせず子供たちを明日寄越すことを約束してくれた。
「早速のお返事ありがとうございます、ではこちらはささやかですが母神デミレサス様へ捧げていただきたく」
と知矢は背中のリュックから出すふりをし無限倉庫から皮の袋へ入れられた金貨の包みをささげる様に差し出した。
「これはこれは、ありがとうございますデミレサス様も子供たちも喜びます・・・・・」
とマベラス司教は袋を受け取ったがその重みと触った感触を訝しみ、失礼しますと声をかけ袋を開け覗いてみると中には小金貨、中金貨を織り交ぜ大金が入っていた。
袋から顔を上げると一瞬知矢の方を見たがすぐに案内して来たニーナへ顔を向け困った表情をする。
「マベラス司教様、トーヤ様のお気持ちです。今回のお仕事の報酬と併せて知矢さまは身寄りのない子供たちを大切に育てて教育をしている教会と司教様への感謝との事です。」
ニーナが知矢の心の内を代弁する。
「それに育ち盛りの子供達ですからきっといっぱい食べるのでしょうね。」
と笑顔を司教に返すニーナの顔をじっと見たあと知矢へと顔を戻し。
「勇敢で慈愛に満ちたこの冒険者トーヤ様になにとぞデミレサス様のご加護を!」
と袋をささげながら片膝を付き祈りの言葉を述べるのであった。
目の前に跪く司教に困惑した知矢はニーナに助けを求める様に視線を送ったがにこっと笑みを返すだけであった。
暫く知矢の足元で祈りの言葉を述べた司教はやっと立ち上がり
「正直申し上げましょう」
と真剣な顔を知矢へ向けた。
「・・・・」何を言い出すのか緊張するともやへ
「これでしばらくは子供たちはたっぷり、久しぶりに肉片では無く肉の塊が入っているスープを食べる事が出来ます!トーヤさん感謝します。」
と喜びの声を上げるのだった。
その後デミレサス様の前でお茶を頂ながら子供達の日頃の様子や施設の状態を聞いたのである。
「失礼ですがトーヤ様は何か信じる神はございますか」
とマベラス司教は知矢がデミス教の信者とも思えなかったので聞いてみた。
デミス教は他の神々や宗教を否定する教義は一切ない。それどころか信者が他の宗教へ変わることも否定せず引き留める事はしなかった。
それゆえ信者の数も多くは無いので喜捨、お布施、寄付の類も多くは無いが逆にそれゆえ信者では無い者も気軽に教会を訪れ司教に悩みを打ち明けたり生まれた子供の祝福を願ったりする光景も珍しくない。
「私の生まれは遠い村で教会も無く強い信仰を持つ者が少ない場所でした。
宗教団体を名乗る集団は星の数ほどありましたが皆、金欲、名誉欲、支配欲にまみれた集団ばかりで誰かを他者に手を貸す、救済する事に常に欲がつい纏う者ばかりでしたので私は敢えて宗教とは距離を於いていました。」
と、日本の似非宗教、新興宗教への思いをつい口走ってしまった。
知矢の告白めいた話を黙って聞いていた司教様は
「そうでしたか。いえ、その様な神を冒涜する行いを見聞きしては信仰への不信は致し方ありません。
しかし、これだけは覚えておいて下さい。
母なる、慈愛なる母心は貴方の優しさを、他を慈しむ心を観ておられます。
大丈夫です。貴方の周りには貴方と同じ心根の方々が常に居ることを忘れないでいてください。
さすれば貴方と貴方の友人には幸せが待っていますから。」
そう知矢とニーナへ語った後、マベラス司教は母神を描いた絵へひざまずき深く祈りを捧げるのであった。
次回は「作者逃亡」
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