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杯(さかづき)
自決が美しいなどと、誰が言い出したのだろう。
最期は華々しく散るのが我らの本懐である。そんな風潮が、確かに組織の中を流れていた。
死んだら月に行くのだという。
その月世界は幸せな所らしい。月に昇るため、大きく咲き誇り、高く火柱を上げるように自爆する最期こそ美徳であると言われていた。
それならば、自爆していったみんなは笑顔で最期を迎えられるはずだったろう。何度かその場に立ち会ったことがあるが、彼らの顔は、決して幸せそうでは無かった。悲愴、憎悪、諦念。彼らの表情には負の感情が浮かんでいた。
少なくとも、死の間際まで死んだ先の幸せを信じている者はいなかったように思うのだ。
満月は明日だろうか?
小さな窓から見上げる月は、雲が掛かることも無く、穏やかな微笑みを浮かべている。
月は遠く見て愛でるものだ。旅に行くものではない。
誰の言葉だったか。
グラスにワインを注ぎ、まずは英魂御霊に掲げてみせる。
「皆様には悪いけど、彼を向こうに送る気は無いから」
いざとなれば、組織を裏切ってでも……
それは少し肌寒い、静かな夜だった。