家に帰るまでが学校です
霞 塔矢は目を覚ます。ひどい気分だ。身体中が痛く、起き上がることができない。だが、理由はわからない。
ぼやける視界に捉えたものは、これ以上ないくらいに散らかった教室と肉片だけだ。塔矢はその時のことを少しだけ思い出した。
今日は僕ら、新1年生の入学式があって、それが終わって教室に移動した。1年A組の担任、田嶋は50代くらいで小太りの、見るからに優しいおじさんという感じの人だった。担任の自己紹介が終わり、クラスメイトの自己紹介が始めた。
そして、田嶋が「家に帰るまでが学校です。皆さん、気をつけて帰りましょう」と言うと、誰かが遠足じゃあるまいしと呟いたのを聞いた。その後のことはまだ思い出せない。
視界が晴れていく。床はどこも血まみれで、肉塊がそこらにある。それをクラスメイトだったものと判断するのに時間はかからなかった。
「ああ……あ」
叫べない。凄まじい恐怖が塔矢を包む。人が恐怖を感じた時はこうして発散するんだな、と塔矢は思った。
「まさか、目を覚ますとはな」
どこからか声がする。教室を見渡すと、教卓があった辺りに田嶋がいた。
「動けませんか。苦しそうですね、今殺してあげますよ」
塔矢は耳を疑った。まさか。学校の先生がそんなことをする訳がない。しかし、現実は無情だ。
田嶋が得体の知れない力の渦の様なものに覆われるのが、見えた。右腕を振りかぶり、眼光は強く塔矢を狙っている。塔矢は絶望した。もう駄目だ、逃げられない。実際体も動かないのだ。目の前の狂った教師が腕を振り下ろす。しかし、塔矢の脳天まで20cmというところで田嶋は動きを止めた。
ない。田嶋の拳が無くなっている。正確には斬り落とされていた。
「おや、不意打ちですか、猖右君? こそこそ逃げたと思えば自分から死にに来ましたか」
「うるせえ、クソッタレ人殺し野郎め。霞 塔矢は殺させねえよ!」
わかったことがある。この2人、かなり異常だ。
「それは無理ですねえ。ここで2人とも死にますから」猖右はその言葉を聞いて笑った。
「悪いが逃げるぜ。3人でな!」猖右は3人と言った。僕の体が浮き上がる。
「安心しろ」誰かが言った。そして再び、塔矢のまぶたは重く閉じる。
夢を見た。たくさんの拳が体を貫く夢を。痛みはなく血も出なかった。代わりに、なぜだが体の奥から力が湧いていた。
塔矢は目を覚ました。どこかの、ソファーに寝かされていた。猖右はいち早く塔矢の目覚めに気がついた。
「みんな、塔矢が目を覚ました!」
周りを見渡すと、猖右の他に4人の男女がいた。
「塔矢! よかったよ! 大丈夫? 痛いところない?」
涙を浮かべ塔矢に駆け寄った小柄な少女は、幼馴染の前川 千紗 である。
「うん、大丈夫だよ。千紗こそ無事そうでよかった」
かなり無理して言った。頭はまだ混乱しているのだ。
「君は、霞 塔矢君だな? 僕は松島 正3年A組だよ。堅苦しいあいさつは抜きだ。聞かせてもらう。君の能力は何だ?」
塔矢はさらに混乱することになる。能力とは何だ。猖右が田嶋の腕を斬ったあれのことを言っているのか?
「おいおい、まだ寝ぼけてるんじゃねえか?」
角ばっていて覇気のある顔をしたモヒカン刈りの男子生徒がそう言い笑う。
「北雷、あんまり刺激しちゃ駄目だ。悪かったよ、まだ自分の能力を見いだせていないのだろうね」松島は苦笑いしながら北雷を咎める。
「改めて自己紹介をしよう。脱出はそれからだ」
長い長い放課後が始まった。




