第二十二柱 セピア
「ア……、アルナラ………!?」
声を低くし構えるディオルコの先には、瓜実型の面に、細いつり目、耳まで裂けるような口……
「この人が、アルナラ…?」
狐を思わせる容貌の『女性』は、バッサリと禿に揃えた黒髪に、群青のチャイナドレスを身に纏い、にんまりと店内に佇んでいた。
植物香料が鼻をつく。
「ちょっと待てェ!顔は同じだが…アルナラ、お前は『オトコ』だろーが!!確かに華奢な方だが流石に間違えねえよ!!」
血の気の引いたディオルコが震えながら目の前の女性を指差した。
イブキは戸惑った。目の前の人物の体型が女性のものであるにも関わらず、顔立ちや骨格そのものが何というか…、張るところは張っているような、それでいて華奢であるような…とにかくなぜか男女の判別がつかない。
「ふ〜ん?さぁ、『僕』が『オトコじゃない』のか、『僕』が『アルナラじゃない』のか、どっちだろうねぇ。」
鼻に抜けるような中性的な声でアルナラはそう言ってのけながら、膝を軽く曲げてちらりと太ももを見せると、両手でバストを揺さぶってみせた。
「ええい、今はどっちでもいい」
軽く舌打ちをしたディオルコは、とりあえず仕切り直しを試みた。
「嘘つき。さて、働いてもらおうかぁ」
「…なんだと?」
「ユヅィーちゃんには会ったでしょぉ。ここはユヅィーちゃんのお店なんだよ、男の人が綺麗な女の人と楽しくお酒を飲むお店だよぉ。普段は勇ましい彼女も夜は打って変わって艶やかに…」
「彼女、今晩は大事な用があって出てこれないんだ、代わりに僕が出ることに。さぁ、僕と早く話がしたければ、今から一緒に働いてさっさとこの場を片付けてもらおうか!」
「おい!酒飲みの相手をするような…こちらは遊びに来たつもりはない。」
ディオルコが半ば噛み付いた。
「そうだね、君は今みたいに本当に困ったときくらいしか、僕に会いたがらないだろうけど…僕が直々に待つ義理は別にないよね。」
「………」
「爆弾を連れまわす気分はどうだい?」
目線のわからないアルナラの顔が、ディオルコの背後を眺めた。
爆弾って、私とポチさんどっちのことだろう、とイブキは思った。そして図星であろうということを、ディオルコの沈黙が何より示していた。
「働くって…具体的に何をするの?」
「イブキ!」
「いいじゃない、それで話が進むのなら。私は手伝うよ。」
「意味わかってんのか?俺はお前にこんなことさせまいと……」
言葉の途中で、ディオルコがふと気まずそうにアルナラへ目を向けたのをイブキは見逃さなかった。
アルナラがにんまりと笑った。
「………そんなに心配なら、秘策があるよぉ」
「あはははははは、あはははははは!!!」
15分後、アルナラの陽気な笑い声が響き渡った。
「てめぇ、完っ全に遊んでんだろ!!キルピス出たら覚えてろよ…!」
唸るディオルコの髪は両サイドに結われ、オカチメンコを思わせるオーバーな化粧が施され、赤い中華ドレスを着せられ、完全におもちゃにされていた。が、骨格が完全に男なので、流石に太い腕は袖で隠され、白いズボンを履いていた。
「かーわいー、あはははははは!!!その格好で変な男をブロックするのはいいとして、客足が遠のくんじゃないかなぁ!?あはははははは!!!」
完璧な三白眼でアルナラを睨みつけながらディオルコは堪えていた。考えが筒抜けのルルカの領地でルルカに怒りを覚えてもいいことは無い。
ひとまずは味方のはずなのだ。従っておこう。
「まぁまぁ、それよりさぁ、後ろ見てよ。」
「なんだよ」
「……えっ…、と………。」
心配そうなイブキの声がし振り返れば…摩訶不思議。
栗毛のボブ、茶色い瞳、血色のよい肌からはあの異様な白さが消え、黒い衣装を着た少女が現れた。
その少女はディオルコを一目見てギョッとした顔をしたが、ディオルコは無視した。
「………驚いたな…。イブキか?」
「うん…」
化粧やカツラによる変装のようにも見えない。一見別人のように改造されているものの、顔立ちはイブキのそのものだ。
「一体どうやって……」
「わからない、気づいたら寝てて、起きたらこうなってて………」
ダメだ、ディオルコの真面目な顔が面白すぎる。
「…………」
ディオルコはアルナラへと向き直る。
「企業秘密さぁ」
「こんな技術があるなら、普段もこの子に施しておけけないのか?何をしていても目立ちすぎる。」
「維持が問題なのさぁ。企業秘密でね、中途半端なことはしたくはない。」
「…そうかよ。全く………」
ルルカってヤツは…、青年は軽くため息をついた。
「君たちに何十分も費やせない、さぁキリキリ働いてっ!!!」
有無を言わさぬアルナラの勢いに叩き出され、イブキとディオルコは現場へ転がり出た。
「………君には厨房を手伝ってもらおうかぁ。」
ゆらりと振り返り、アルナラが何もない空間へと呟いた。
「お嬢ちゃん、いくつ?こっちおいで、おじさんとお話ししよう」
「はぁーい、何ですかぁ?」
客を挟んで栗毛の少女の前に、微笑み腕を組んだディオルコが立ちはだかる。
「オメーじゃねえよゲテモン!!なんで女の店にいんだよ別の店で働けや、今日は帰れ!!!」
「アタシに腕相撲で勝てたら、今日は一銭も払わずにこの店で好き勝手していいわよ、しかも両腕可♡ただし負けたら財布の中身置いてきなさい?」
「好き勝手…!?ホントだな!お前みたいな優オカマに両腕で負けるなんてことがあるか!」
「乗った乗った!」
「………言ったワねー、うふふふふふふ♡じゃあこっちへ♡」
直前まで女装して働くなど断固拒否といった態度であったにも関わらず、切り替えの早い赤いチャイナドレスの若者は、客を暗がりへと誘う。客は知らないのだ、彼がその腕で生活していることなど…。
「…ほんとに何でもやる人だなぁ…。」
イブキは半ば感心、半ば呆れてディオルコを見ていた。一体どこで何を培われればあんな人物になるのだろう。
ヤバそうな客は青年によって概ねブロックされ(しかもその客から金銭を毟り取ってすらいるが)、イブキはもっぱら無難な客の話し相手となっていた。
それでもやはり大変だ。酔っ払いの自慢話のまあなんと多いこと!周りの女性従業員に助けられ、なんとか相づちを打つのみだ。
は、働くって大変なんだ…!
イブキは同世代の、孤児院の外で働きながら暮らす子供達へ思いを馳せた。
客足が一旦途切れた。
イブキの左側で、トスッと誰かが腰掛け、のどかな少年の声がした。
「やあ、はじめまして。」
「え…?」
―――彫りの深い少年だ。身長は170cm程度、痩せ型で年は同じくらいか、二つか三つ上に見える。淡青の瞳が眼窩を照らし、そのすぐ上に薄く太い優しげな眉睫が乗っている。
「センパイに連れられて、こういう店には初めて来たんだけど。どうにも慣れないね。ここにいてもいいかな。」
額の真ん中からやや左寄りに大きく分けられたプラチナブロンドの前髪は、針のように真っ直ぐに顔へと影を落としている。
青い瞳、白金の頭髪。イブキは
―――綺麗だ、
と思った。
瞬間、既視感と違和感に支配される。
白いシャツ、茶の皮のサスペンダー。
どこで、
私、
彼を、
この感情を、
「心配しないで、暇だから話しをしに来ただけさ。年上の女性に囲まれたのでは、僕もそうそう落ち着かないからね。」
―――置いてきた?
「…キミ、どこかで会った?」
ふいに問う少年の両の瞳がイブキを正面から捉えた。
冬空の満月のように、目が離せない。
「………わからない……覚えてない……か、ら…」
わからない、わからないけれど、脳が、心が、マグマのように熱く渦巻く。
ーーー今、思い出せと、身体が言っている。
「覚えてない?そう。それじゃあ深い意味はないさ。」
名も知らぬ少年は屈託無く笑った。
ああ。……ああ、目の奥が、鼻腔が、何故だか熱い……
「キミ、大丈夫?息が荒いよ。体調悪いの?」
コノセカイニ ダレカガ タリナイト………
「ううん、大丈夫。」
イブキは深呼吸して微笑んだ。
「そう?本当に?」
少年がイブキの顔を覗き込み、その前髪が揺れる。
懐かしさがこみ上げる。
「………貴方の髪、綺麗ね。天使みたい。」
少年の浅瀬のような淡い瞳の奥が、僅かに揺らいだ。
ふわりと微笑みを浮かべ、少年は立ち上がった。
「センパイが腕相撲に負けたみたいだ。僕ももう帰らなきゃ。」
イブキもつられて立ち上がる。言葉が思考よりも先に突いて出る。
「…待って!貴方、…名前は?」
儚い微笑みを浮かべたまま、少年はゆっくりとイブキを振り返った。
「…僕の名前は、みんな知ってる。でも本当の名前を、彼らは知らない。」
「わたし、…ねえ、私は………?」
イブキの声は震えていた。
「さようなら、名も知らぬ女の子。もう『僕』と会うことは、二度とないんだよ。それでも、探してる。待ってるんだ。―――だから、『僕』を探さないで。」
そう丁寧に言い終わると、少年は店の扉を潜っていく。
イブキはただ、その姿を茫然と―――…
「待って!!!!」
追いかけた。弾かれたような身体が、扉を跳ね除けた。
しかし、少年と会うことは
それ以降二度となかった。
オカメ◯ンコってつい言っちゃう。




