初デートは危険でいっぱいなのじゃ! 朋花ルート
サヤ姫ちゃん、白木君と分かれて行動することになった僕と朋花ちゃん。
今思うと、サヤ姫ちゃんを連れてきた事に対して何も言わなかったのは、二組に分けることによって僕と二人きりになれるからでしょうか? 確かにこれならサヤ姫ちゃんに妨害されずに僕と思うがまま一緒に行動することができます。
何ならこの商店街に二人を残して、僕達だけでどこかへ消えることだってできます。
……あれ、そんな事を考えていると暑くもないのに汗が出てきたぞ?
「それで、どこに行くの?」
二人でどこかへ消えましょう。という答えが返って来ないことを祈りつつ僕は朋花ちゃんに尋ねました。
「そうね。まずはブラブラ歩きましょう。あなたはどこか行きたい所はないの?」
「いや、僕もとりあえずブラブラしたいかな」
「そう。じゃあ、行きましょう」
「……あの。そんなことより。腕を組むのはちょっと……」
「あら? もっと激しい接触がお好みで? なんなら場所を移しましょうか?」
「い、いや……。このままで構わないです……」
「フフッ……。急がなくても夜になったらもっと激しい接触ができるわよ」
「どこに連れていくつもりなの!? 絶対そんな所行かないからね!」
こんな感じで少し危ない展開になりそうな会話をしながら、僕と朋花ちゃんは商店街に足を踏み入れました。
今日が休日だということもあってか、商店街はまだ朝なのに老若男女問わず人で溢れていました。
手を繋いでピッタリとくっついて歩く僕らとそう変わらない年頃のカップルもチラホラ見えます。
まあ、僕らも他の人の目から見れば普通のカップルに見えると思いますが。
「……あれ」
と、朋花ちゃんが急に立ち止まって指差しました。
僕は指差した方を見ると、大きなぬいぐるみを抱いてゲームセンターから出てきたカップルが目に映りました。
「……ゲームセンターに行くの?」
僕は朋花ちゃんに尋ねると、朋花ちゃんは小さく首を縦に振りました。
僕はあまりゲームセンターに行ったことがないので、中の様子とかはあまり知りませんが、どうやら一階にあたるこのフロアは主にクレーンゲームが稼働しているフロアのようです。
お菓子の詰め合わせからぬいぐるみ、アニメのキャラのフィギュアまで、最近のクレーンゲームは色々な物が取れるんだなと少し感動しました。
僕と朋花ちゃんはブラブラと色んなクレーンゲームを見て回り、少し大きめのぬいぐるみが入っているクレーンゲームの筐体の前で立ち止まりました。
「わんこくん……」
朋花ちゃんが中を覗きながら呟きます。
僕も一緒になって覗くと、そこには目がハート型になっている大きな犬のぬいぐるみがお座りの状態で置いていました。
「わんこくんの恋愛対象は犬以外なの」
朋花ちゃんはお座りしている犬のぬいぐるみを見詰めながら、わんこくんについて語り出しました。
ってか、わんこくんてこの犬の名前なんだね。よく見ると筐体に貼ってあるポスターにも『わんこくん入荷!』って書いてありました。
「……けど、わんこくんが好きになった虫や動物はすぐに死んでしまうの」
「な、なんで?」
「わんこくんはもともと野生で雑食だから、好きになった動物や虫をいつの間にか骨も残らず食べてしまうの」
「怖いよ! わんこくんの設定なんか怖いよ!」
筐体の中に入っているわんこくんは、キュートで可愛らしい普通の犬だと思っていたのにそんな設定があったなんて! あれ? 口元が赤く塗られているのは血かな? よく見れば耳も片方ない! なにがあったの!? わんこくん!
「そして最後は、わんこくんを森から拾ってずっと一緒に過ごした飼い主を食べて、わんこくんは安らかにこの世を去るの……」
「なんか一瞬かわいそうと思ったけど、わんこくんやっぱり怖いよ!」
「死因は糖尿病みたいね」
「えらく現実的だ!」
わんこくんの設定を語りつつ、硬貨を取り出していた朋花ちゃんはわんこくんが入った筐体に硬貨を投入。ボタンを押してクレーンを動かしました。
そしてクレーンが動く度に中から『わんわん!』と可愛らしい犬の鳴き声がします。
「これは、わんこくんの鳴き声?」
中を覗き込みながら、わんこくんを目標にクレーンを動かす朋花ちゃんに尋ねると、朋花ちゃんは首を縦に振るだけで、口には出しませんでした。
僕は話しかけてはならない空気を出している朋花ちゃんの姿と、クレーンゲームの行方を黙って見守ることにしました。
操られたクレーンはゆっくり降下し、アームがわんこくんの首元をがっしり掴み、上昇……しようとした所でアームは力なく首元から離れました。
『……残念だったな。姉ちゃん』と、クレーンが上昇するとさっきの可愛らしい鳴き声ではなく図太い男の声がした所で、僕はようやく口を開きました。
「え!? 今の声もわんこくん!?」
「そうよ。わんこくんは最後、飼い主を食べたことによって人間と同じ能力を得たと設定であるの」
「この可愛らしい犬にどんだけ怖い設定があるんだよ!」
果たして朋花ちゃんはこのわんこくんのどこが気にいったのでしょうか? 普通の女のなら設定を聞いただけでも避けそうなのに。僕もかなり引いてるけどね。
それでも朋花ちゃんは相当気に入っているのか、もう一度硬貨を取り出してクレーンを動かしますがアームが弱いのか、それともわんこくんが重いのか、わんこくんはその場から動くことなく鎮座したままでした。
『姉ちゃん。俺を捕ろうとは野暮ってもんだぜ?』
そしてその度にわんこくんの一言が筐体から発せられます……なんていうか、この犬、なかなか癇に障る言い方するな……。
朋花ちゃんが硬貨を入れてわんこくんが取れない状態が続き、僕はある異変に気が付きました。
なにかがおかしい……その異変は朋花ちゃんが硬貨を投入する度に僕のなかで膨れ上がりました
そう、朋花ちゃんは確かに必死でクレーンを動かして、見た目は愛想が良いわんこくんを取ろうとしていますが、なぜか取れなくても残念そうな顔をしません。
それどころか、朋花ちゃんはわんこくんの癇に障る発言をする時だけ、フニャフニャ、またはうっとりした表情になるのです。
僕はそんな違和感を感じつつ、硬貨が尽きたのか、お札を取り出そうとしている朋花ちゃんを止めて、財布から硬貨を取り出して投入しました。
「……まあ、初クレーンゲームで取れるほど優しくないよね……ははっ」
結果は惨敗。
アームはわんこくんにカスりもしませんでした。
『小学生でもアームを当てることぐらいはできるぜ? hahaha!』
──プチツ。僕はわんこの言葉にどこかの血管が切れて、乱暴に硬貨を投入して再びチャレンジしました。
「この野郎! 今に見てろよ」
──スカッ、スカッ、スカッ……。
『クレーンゲームは貯まりまくる貯金箱とよく言ったもんだ! ははははは!』
「朋花ちゃん! もうこの墮犬は放っておいて違うの取ろう!」
まんまと犬の挑発に乗って数えきれないほどの硬貨を入れてしまった僕は、ようやく我に返ることができました。
取るまで止めるつもりはありませんでしたが、さすがにお札が三枚も飛んでしまったら悔しいですが諦めるしかありません。
夢中になりすぎた僕は、ここでようやく朋花ちゃんの様子というか状態を知ることができました。
「と、朋花ちゃん? どうしたの……?」
フニャフニャした顔でクネクネと動く朋花ちゃん。どうしてこんな状態になっているのか僕には理解できませんでした。
さっきの違和感のこともそうですが、朋花ちゃんはとくに残念そうな顔をすることもなく、というか、端から見ても明らかに喜んでいました。
「わ、わんこくんの声が聞けただけで満足でしゅ……」
「な、なんだって?」
呂律回っていませんよ?
「朋花ちゃん……ちょっと聞きたいことがあるんだけど。もしかしてこのわんこくんが目当てじゃないとか……さすがにないよね?」
「わんこくんが目当てよ? わんこくんの声は貴重で聞けるだけで私は満足……ぬいぐるみは持っているから特に狙ったつもりはないけど」
ああ、なるほど。これでようやく違和感の原因が分かりました。
朋花ちゃんは最初からわんこくん自体が目当てではなく、わんこくんの声が目当てだったんだね……いや、これでようやくすっきりしました……って!
「それならそれで最初からそう言ってよ! 僕は朋花ちゃんがわんこくんを狙っていりもんだと勘違いしたじゃないか!」
周りから注目を集めるほどの大声で、僕は朋花ちゃんにツッコミました。
「……ごめんなさい。けど、わんこくんを私の為に必死で取ろうとするあなたの姿……かっこよかった……ありがとう」
花のような満面な笑みで朋花ちゃんは言い、僕はその姿を見てなぜか悪い気がしませんでした。
彼女とか好きな人がほしい物を男が取れなかったから普通は気まずい雰囲気が流れるものだよね? 朋花ちゃんは笑ってしかもお礼まで言ってくれたことに対して、僕もこれ以上どやかく言う気は起こりませんでした。
まあ、目的はぬいぐるみじゃないことは言っておいてほしかったけど……いや、最初からそれを言われていたら僕もあそこまで必死になれなかっただろうな。
「そろそろ別の階に行きましょう」
朋花ちゃんは僕の手をそっと握り、僕達はわんこくんが入った筐体から去りました。