第5章:傭兵と戦士の価値観
…ダルは、自分かトラブルメーカーだといった。それにしたって…
「いきなりこれは無いんじゃないの!?」
店を出た瞬間から、複数の悪魔が私たち2人を襲った。
「…言っただろう?僕はトラブルメーカーだって。」
「だからって、何でこんなにすぐに襲われなきゃならない訳!?」
「…神の思し召し?」
にこやかな笑顔で答えながらも悪魔の攻撃を軽やかによけるダルに、思わず一撃をぶちかましたくなるがそこはぐっと堪えて。私は襲いくる悪魔たちを情け容赦なく切り捨てる。
…が。いかんせん数が多すぎる。斬っても斬ってもきりがない。挙句、こんな街中で暴れられたら…当然、街の人たちにも被害が及ぶ。
「…せめて出てくる場所を選んで欲しかったわね!」
「意外と悪魔は市街地に出ることが多いんだよ。知らなかったのか、ルフィ?」
「うだうだ言ってないで手伝いなさいよ!神官なんだから、悪魔退治用の魔法の1つや2つ使えるんでしょ!?」
私の苦情に、ダルはぽん、と手を叩き…錫杖を構えた。
「言われてみれば、僕だけ楽してるのも変だよな。」
ひょいひょいと悪魔達の攻撃をかわしつつ、ダルは口の中で何かを呟きはじめ…かつん、と錫杖で大地を叩いた。その瞬間!
悪魔たちに、大地から上へとあがった雷が突き抜ける!それだけに止まらず、悪魔の体を突き抜けた雷は再び悪魔の体を通り、大地へと舞い戻った。
…これは…
「邪滅迅雷…治癒を主とする神聖魔法の中でも、邪を攻撃する部類に入る高位魔法…っ!」
「その通り。さすがルフィ、伊達に長年生きてる訳じゃないな。」
ふふん、と自慢げに鼻を鳴らしながら、ダルはもう1度錫杖で大地を叩く。すると今まで悪魔たちを貫いていた雷は消え失せた。
今まで悪魔たちのいた場所には、微かに何かが焦げたような臭いと黒い靄があるだけ。
………
「…こんな事できるんなら、私いらないんじゃ…?」
「何を言う!ルフィがいてくれるからこそ、僕が呪文詠唱に専念できるんじゃないか!僕1人だったら、確実に負けてるよ。」
私の呟きを思いっきり否定する。
…つまり何か、私は時間稼ぎ要員か。
「それに、ルフィが連中をあらかた片づけてくれるからこそ、邪滅迅雷程度の範囲で何とかなる訳だし。」
私の冷ややかな視線の意味を感じ取ったのか、慌てたようにダルは言葉を付け足す。
本心から言ってくれているのだろうけど…「邪滅迅雷『程度』」って辺りがムッとするわね。あの呪文だって、最初にダルが見せた瞬間移動に次ぐ位の高位呪文なのに。
「つまり、その…僕と君は、さ…」
「最高の相棒だ、と言いたい訳か?」
「そう、その通り!」
うまく言葉の出てこなかったダルに助け舟が出され、実に嬉しそうにダルが手を叩く。
が。今助け舟を出したのは私じゃない。どう聞いても男の声だ。ダルもそれに気づいたのか、はっとした様子で声の主を見る。
私の方はと言うと、すでに戦闘体勢を整えてある。後は相手の出方しだい…
「いやあ、いいもの見せてもらったわぁ。大量の悪魔と、それに立ち向かう神官と女剣士。しかも2人ともなかなかの美人ときてる。」
「あなた、何者!?」
拍手をしながら近づいてくる男に、牽制の意味を込めて問いかける。
見た目は17、8と言ったところか。真っ赤な髪に同じく真っ赤な瞳。革鎧を纏い、腰に短剣をぶら下げていることからすると、どうやらこの男…旅の「戦士」か。
「俺はディール。職業は見ての通り戦士さ。最近悪魔が大量発生してるって言うんで、悪魔退治人みたいなこともやってるかな。」
「…あなたが、悪魔ではないと言う保証がないわ。」
「おいおい。そこの神官さんならわかるんじゃないのか?何せ、邪滅迅雷…だっけ?あれ使えるんだから、悪魔か人か位は簡単にわかるんだろ?」
「…彼が悪魔じゃない事は、僕が保証する。」
今までずっと男…ディールだっけ…?を睨むように見ていたダルが、ここに来てようやく口を開いた。
それを聞いて安心したのか、ディールとやらはやたら親しげに私たちに近寄ってくる。
「単刀直入に言っちゃうと、あんたら、俺と一緒に悪魔退治しないか?俺、なかなかの戦力になること請け合いだぜぇ?」
「きっぱりとお断りします。」
「うわ。つれねえよお姉さん。」
「そうだよルフィ、戦力は多いに越したことは無い!」
…ディールの言葉に同意するように、ダルまでもが私の肩をつかんで説得にかかる。
……だが…わかってない。戦士という連中は、自分が楽しむために旅をし、様々なモノと…それこそ悪魔たちとだって戦う。彼らにとって、戦いとは娯楽なのだ。
だが、私たち傭兵からすればそれはなんとも迷惑な話なのである。だって、傭兵ってお金もらって戦っている訳で、それを戦士という安上がり…どころかただ働きしてくれる連中がいるなら、雇い主としてはお金のかからない方を選ぶのは当然である。
…傭兵からすれば、「こっちは生活かかってるんだよ」と言いたくなる相手なのである。
「お姉さん、頼むよ。俺、ここんとこ最近1人で戦うことに限界感じてんだ。俺のこと下僕扱いでいいからさ、頼むよー。」
「ルフィ、ここで彼を見捨てたら、絶対後悔するって!好き嫌いはよくないぞ!」
ぷち。
「セロリ嫌いのあんたが言うなぁ!」
「セロリは嫌いなんじゃない!……食べられないだけだ!」
「同じことでしょうがっ!それが威張って言えることかっ!」
「待てルフィ、論点がずれてる!今はディール君を仲間にするかどうかであって、僕のセロリ嫌いはこの際関係ない。」
……やっぱり嫌いなんじゃない。
心の中で突っ込みを入れつつ、もう1度、じいっとディールの方を見る。
捨てられた仔犬のような目で、ディールはこっちを見ていた。
…なんで人間って、見捨てられそうになると皆同じような目になるんだろう…?確かダルもこんな目をして私を引き止めようとしていたような。
「…正直、私は戦士を仲間に加えるのは反対です。……が。私の雇い主が仲間にすると言っている以上、傭兵である私はそれに従うしかありません。」
渋々といった風に言う私の言葉を聞き…ダルとディールの2人の顔が輝いた。
………決して、仔犬の目のWパンチにやられた訳じゃないわよ…うん。
「ところでディール、あなた…自分が『強い』って言ってますけど、どの程度強いんです?」
「…ルフィ姐さん、俺にもため口きいてくれよー。俺の方が年下なんだからさぁ。」
街を出てすぐの森の中で、私はディールに問いかけた。
…って言うか「姐さん」って…。
「俺の強さはハンパじゃ無いぜ!今までの最高記録は4匹の悪魔を同時に相手して勝利。あ、これ素手オンリーの場合ね。」
「素手オンリー…?ということはディール、君は魔法が使えるのか?」
「そう!ダル兄さんみたいな神聖魔法は使えねぇけど、それとは逆の暗黒魔法ならバリバリ使えるぜ!」
…一瞬、ダルも私も硬直した。
神聖魔法は「善」とか「正」とか呼ばれているものの力を借りて、「邪」を滅する魔法。
それに対して暗黒魔法は強大な「邪」の力を借りて「邪」を滅する…いわば「毒をもって毒を制す」魔法である。
神聖魔法にしろ暗黒魔法にしろ、使いこなすには相当量の知識と経験、そして魔力と呼ばれる個人の許容量が必要となるはずなのに…ダルもディールも、この若さで魔法を使いこなすというのは、魔法に関してかなりのセンスがあることになる。
…なんか、めげそう…。
「何でそこで固まるのさ。」
「驚いただけだ。…まさか暗黒魔法の使い手とは思わなかったなぁ…」
「って言うかその若さで魔法が使えることの方にびっくりよ。」
「若さって…おれ、ルフィ姐さんよりちょっとばかし年下なだけじゃん。」
きょとん、とした顔でのたまうディールに、一瞬殺意沸きつつも私は周囲を見回す。
…どうやらまた、悪魔のお出ましらしい…。
いったいどれだけの悪魔が、私たちを狙ってるって言うのよ!