第3章:悪魔と不死者の戦闘開始
悪魔退治…?
聞き違いでなければ、今ダルはそう言った…わよね?
「悪魔退治って…!私そんな事できない…訳じゃないけど、難しいわよ!」
「だから、僕も手伝うって。それに君は死なないんだから大丈夫だ。」
「さらりと無神経なこと言うなぁぁぁっ!いくら私が不死者とは言えど、怪我すりゃ痛いのよ!」
「そこはまあ…ファイトとガッツと根性で。」
にこやかを通り越して、いっそ爽やかなまでの笑みを浮かべて言うダルを見て、私は思わず頭を抱えてその場にうずくまった。
…悪魔に物理的な攻撃は通用しない。なぜなら悪魔と称されるものは、大抵の場合世界に溜まった「邪気」とか「悪い心」とか「負の感情」…世間的にはひっくるめて「邪悪なココロ」なんて呼んでるけど、そういった物が、何らかの形で具現化したものに他ならないからだ。だって「心」は物理的に壊せないでしょう?
通常、悪魔を倒すにはそれ専用の武器を使うか、神聖魔法を使って浄化するかの2通り。
…その神聖魔法だって、神に仕える神官や巫女、神聖魔法を研究した魔道士くらいにしか扱えない。
私の持っている剣は、一応悪魔も退治できる剣だけど…やはり、剣である以上は当てないといけない。
……悪魔ってすばしっこいんだもん。時々火とか吹くし。それに、人間に比べてかなり体力があるしね。だから、いくら歴戦の勇者たる私でも悪魔と戦って無傷でいられる保障はどこにもないって訳で…まして、「ファイトとガッツと根性」でどうにかなる相手でもない事は嫌と言うほど知っている。
「引き受けてしまった以上はやりますけど…何か当てはあるのよね?」
「とりあえず、今現在…かな。どうやら、悪魔はあらかじめ僕たちに目を付けていたらしい。」
…は?
言っている意味が分からず、一瞬私は呆けるが…次の瞬間、無意識のうちに剣を抜き払い、唐突に来た背後からの一撃を止めていた。
今の…何!?
くるりと振り返って攻撃の主を確認し、私はそいつを睨みつける。
人間…に見える外見を持ってはいるが、口からは牙のような物がのぞいており、白目の部分が血のように赤く、金色の瞳には爬虫類のような縦に長い瞳孔が見て取れる。武器を持っている様子は無いが、まさに「鉤爪」と呼ぶにふさわしい爪がその指から生えている。
「ほう…人間にしては敏い反応するじゃねえか。」
「まさか…悪魔!?」
「その通り。以前から蒼神官が俺たち『魔族』に対して何かしようとしていると聞いていたのでね。」
クックと笑いながら言う相手。
「蒼神官じゃなくて海神官だっ!」
「いや、突っ込むとこはそこじゃないでしょ!」
本気で怒ったように返すダルに対し、思わずこっちが突っ込む。目をつけられてた事に突っ込みなさいよ。
いきなり悪魔と戦う羽目に陥るとは思わなかった!もう少し心の準備が整ってから来て欲しかったけど、来ちゃった以上はどうしようもない、こっちもやるしかない、か。
「雇われただけなんだろうが、そいつと関わったのが運のつき。可哀想だが蒼神官もろとも死んでもらうぜ、人間の小娘!」
「楽に殺せると思わない事ね!」
幸い、相手は私を不死者と認識していないらしい。まあ、認識していたら「死ね」なんて言わないだろうけど。
鉤爪を構え、相手は一息に私との間合を詰めた。が、そう来る事はこちらも予想済み。剣を構えたまま軽く右へと飛ぶ事で、相手の一撃をかわす。
一撃で倒せると思っていたのだろう。予想が外れたためか、相手の動きが一瞬止まった。悪魔はその身体能力ゆえ、一撃必殺の攻撃を仕掛けてくることが多い。つまり、かわされてしまう事など頭の中に無い上に、攻撃の後は大きな隙ができやすい。
その隙を逃す私ではない!
「己の過信と、人間を侮った事を後悔なさい!」
ざくり、という感覚と共に、悪魔の体は横2つに分かれた。
さっきも言った通り、私の剣は少々特殊である。悪魔を斬る事ができるのも特徴の1つだけど、何よりこの剣、何から何まで黒曜石でできているかのごとく黒い。これはもう漆黒と呼ぶべき色をしているのである。
「馬…鹿な…この、俺が…人間の剣ごときに…!人間ごときにぃぃぃぃぃっ!」
「…残念ながら、あなた程度の悪魔とは何度も戦ってきていますから。」
断末魔の悲鳴を上げる相手に言い放ち…もう1度、今度は首を掻き切る。
そして、黒い靄のような物だけが、そこに残った…。
「いや、流石だな。こんな短時間で悪魔を倒すとは。今まで僕が見てきた中では最短記録だ。」
「伊達に長生きしてる訳じゃないの。」
拍手をせんばかりに浮かれているダルに対し、私は冷静に返す。
「そう言えば、その剣。刀身に古代呪文がびっしりと書き込まれてるな。」
「…は?」
「その剣が黒いのは、魔剣として作られたからだろうな。よくそんな強力な魔剣を使いこなせるもんだ。」
興味深そうに私の剣を指差しつつ、ダルはとんでもない事をさらりと言った。
「魔剣、て…これが?」
恐る恐る剣から手を離し、思わずダルに聞き返す。
「ああ。悪魔が斬れるのも、たぶん魔剣だからだろうな。さらに呪文で切れ味をあげて…。どれくらい使っている?」
「そんなに長くないわよ。…700年位?」
「気づけ、普通はさびる。」
…そう言われれば。しかし…知らなかったとは言え、そんな恐ろしいもの使っていたなんて。
一般的な魔剣と言えば、持ち主の精神を崩壊させてただの辻斬りにさせたり、持ち主そのものを悪魔に変えたりと、色々曰くのついている物が多いんだけど…
「ああ、安心しろ。その剣は君以外になら魔剣としての力を遺憾なく発揮するだろうが、君にだけは絶対服従…ある意味、聖剣以上の存在だからな。」
「それってつまり?」
「君が持っている分には、心配ない。」
ああ良かった。…って良くないわよ!つまり、私がこの剣手放したら、ほかの人がこの剣の犠牲になるってことでしょ!?
…うあ、もう剣買い換えられない…。使いやすいからいいんだけど…。
「でも、なんであなたはそんな事わかるわけ?見ただけなのに。」
私の問いかけに、ダルは少しの間考えて…
「高位神官として身に付けた力…かな。」
と、どこか寂しそうな笑みを浮かべて言った。
「そんな事より、問題は『誰が僕たちの動きを悪魔に知らせたか』だ。」
「『僕たち』じゃ無くて『僕』にしておいてくれる?一応相手は私が不死者だって知らなかったみたいだし。」
「その大元を叩かないと、ご神託を遂行した事にはならないな。」
「聞けよ、人の話。」
「と、言う訳で。やっぱり君と僕は旅に出なければならないらしい!」
「何がどう、『と、言う訳』なのよぉぉぉっ!」
私の絶叫も無視して、ダルと私は悪魔退治の旅とやらに出る事となった。
…この時はまだ、私もダルも、事の大きさがわかっていなかったのである…。




