最終章:将軍と神官の…
「ふん…邪魔しやがって。」
ダルの心臓から剣…私の剣を引き抜きつつ、魔王の分身は吐き捨てるように呟いた。
支えを失った体は、その場に小さな音を立てて倒れこむ。
「人間の分際で。この俺をここまで追い詰めた事は誉めてやる。」
私に剣を返しつつ一歩、奴は近付く。
私は剣を拾って一歩、奴に合わせて後に退く。
さっきの攻撃が効いているのだろう。奴の足取りは、ややおぼつかない。
「もう一撃喰らっていたら、確実に消滅していた。」
すでに奴の体は、烏ですらなくなっている。完全なる…ケモノ。片目はさっきの攻撃で潰れたままだし、体の内部からはブスブスと煙が上がっている。
…にも関わらず、私は奴を恐れている。威圧されている。
「しかし俺は魔王!人間如きに負けるなど、断じてありえない!」
ケモノが、吼える。同時に私の背に悪寒が走った。
………これは、何?
今まで相手にしてきたモノとは格が違う。
わかっていたつもりなのに、覚悟が足りなさ過ぎた…?
「もはや手加減や躊躇などしない!貴様という存在を、この世界から完全に消し去ってやるっ!」
ケモノがその腕を振り上げ、その図体からは想像もつかないようなスピードでその腕を振り下ろした。
………まだ死にたくない!
ぎぃぃぃんっ
ギリギリのところで、私はその腕を受け止めていた。
「死にたかったんじゃなかったのか?」
言うが早いか、魔王は空いているほうの手を振るい、再び攻撃を仕掛けてくる。しかしそれも予想済み。あっさりと剣を退き、大きく後ろへと跳ぶ。
「…負けるつもりはない。負けるわけにはいかない…。私は、自分がこうなった原因を知るまで、死にたくない!」
…私は、孤独に耐え切れなかった。だから「死にたい」と思った。
だけど今、なぜかはわからないけれど…心の底から、「死にたくない」と思っている。
こうなった原因…誰が私を不死者にしたのかを、知りたいと思うようになった。それは、少なからずダルが影響している。
恐怖より、今はダルを殺された怒りの方が上回っているらしい。
…あの、変な神官の敵討ち、なんて私のガラじゃあないんだけど…
「見せてあげるわ。……人間の底力って奴を!」
ケモノの腕が再び襲い掛かる。が、その動きにはもう慣れた!
ひょいと身をかがめ、その体勢のまま一気にケモノに近付く。とは言え奴も流石にさっきの攻撃を意識しているのか、もう一方の腕で眼球はガードしている。
「同じ攻撃など!」
ケモノの咆哮が周囲に響く。同時にその声は衝撃波となって私を襲った。こっちは思いもかけなかった攻撃に軽く吹き飛ばされる。
…っだぁぁぁっ!これは流石に反則じゃあ!?
着地しつつ、もう1度体勢を立て直す。ここまで厄介な手負いのケモノは初めてだわ!
「そもそも、貴様1人ではこの俺を倒す事はできん!先の攻撃には蒼神官がいたからな!」
「…ダルの魔法の援助があった、て事は認めるけどね。」
「だろう!?魔法の使えない不死者一匹…殺せぬ俺ではない!」
嘲笑混じりに言う相手に対し、こっちは不敵な笑みを浮かべて剣を構えなおす。そして…
「ヘルゲートソード!」
ヴン、と小さな音を立てて剣が振動し、淡く赤い光を放つ。
ヘルゲートソード…自分の武器に正でも邪でもない、「第3の力」を蓄えて攻撃力を上げる「混沌魔法」の1つである。
「…いつ、私が魔法を使えない、なんて言ったかしら?」
ケモノの驚き顔に、やや勝ち誇ったように言う私。
…だが、奴の驚きの矛先は、「私が魔法を使った事」ではなかったらしい。
「人間が…ただの人間がなぜその力を使う事ができる!?」
ケモノが、明らかに焦った様子で声を上げた。
混沌魔法には正も邪も関係ない。ただ自らの敵を殲滅するためだけに作られた、ある意味最も凶悪な魔法である。ただ、この魔法の弱点は…使用する際、かなりの力を消耗する事。少なくとも、私はそう思っているんだけど…
「人間が…いや、俺ら魔王と呼ばれる者や神ですらも、その力を引き出す事など不可能だって言うのに!」
何を慌てているかは知らないけれど、とにかく今がチャンス!
「隙だらけよ、『魔王の分身』!」
声をあげ、相手の懐に入る。そこでやっと正気に返ったのか、奴は私の剣から逃れようとしたが…一瞬、間に合わなかった。
右肩から左脚までざっくりと、ケモノは大きな傷を負う。一方の私は剣を振り下ろした反動を利用して、もう一撃、今度は横一文字に斬った。
「う…お。おおおををををををおををををおっ」
傷口を押さえ、ケモノが悲鳴を上げる。だけど…まだ終わっていない!それはわかっているがしかし…体が、動かない。既に4回も死亡するダメージを喰らっている上、反動の大きい混沌魔法なんて使ったせいか、立つ事もできない程、体に力が入らない。
「許さん!貴様…許さんぞ、不死者ァァァァっ」
ぼろぼろとその体を崩しながら、ケモノは動けなくなった私に最期の一撃を繰り出してきた。
「貴様も…道連れだぁぁぁっ!俺と共に消滅するがいいィィィィィイィ」
…もう、ダメだ…!
そう思った刹那だった。やたらと聞き覚えのある声がしたのは。
「…消えるんは、お前だけや。…『魔王の分身』。」
とす。
予想外に軽い音と共に、ケモノの体から一本の棒が生えた。どう見ても、ただの木の棒なのに…それは確かに、ケモノの体を貫通していた。
「な…なぜ…?」
ケモノか私か…どちらが発した言葉だったのかはもう定かではない。
今度こそ本当に、紅玉の魔王の分身は、黒い靄と化して、消滅した。
それは魔王の分身としては、あまりにもあっけなさ過ぎる最期だった。
「無事か?ルフィ。」
その靄のあとから出てきたのは、青い髪に青い瞳、女の私でも美人と思ってしまう程に美しい顔をした、神官だった。
「でも…まさか君が魔法を使えるとは思ぉてへんかったなぁ…。」
いつも通りのにこやかな笑みを浮かべ、神官は私に右手を差し出した。
「どないしたん?そんな狐につままれたような顔して。」
「あなた…」
「ん?ああ、ひょっとしてこの喋り方か?気ィ高なると、この言葉になんねん。」
堪忍な、といつもと違うアクセントで話しだす神官を、私はいまだ呆然とした表情で見つめている。
「何で…?」
「ん?」
「何であなたが生きてるのよ…ダル。」
「何でって…?」
心底不思議そうな表情を作り、神官…ダルは私の顔をのぞきこんだ。
「だって、心臓を刺されてたじゃない!」
「ああ、それで『一回死亡』やな。」
法衣の穴の開いているところを押さえつつ、彼はにこっと笑いかける。
………まさか…こいつ…
「今まで黙っとったけど、僕も不死者やねん。」
「な…っ!?」
「前に言うたやん?『案外見た目よりも年を取ってる』って。」
にこにこ笑いながら、あっさりととんでもない事を、この馬鹿神官はのたまった。
「でもまあ、これで一件落着、だな。」
あ、話し方元に戻った。
「そう…ね。……疲れたぁ…。」
呟くと同時に、私の意識は闇へと堕ちた…。
どうやら知らないうちに、5回死亡のダメージを受けていたらしい…。
「本当にいいのか?今回の報酬。」
あれから3日経って、私の体もすっかりよくなった。
…まあ、不死者の再生力をもってしても3日かかるってあたり、どうかと思うけど。
次の旅に出るべく、仕度を整えていた時にダルは心底意外そうに聞いてきた。
「うん。…誰が私をこんな体にしたのか、知りたくなったし。時間は、いくらでもあるしね。」
にっこり笑って答える。それを聞いて、ダルはほんの少し、寂しそうに笑った。思えば彼も、悠久の時をすごす事になる存在なのだ。
………
「私は旅に戻るけど、あなたはどうするの?」
「…僕は……」
言葉にするのを躊躇っているような彼に、別の問いを投げる。
「ダル。自分を不死者にした奴の事、知りたくない?」
意味ありげな笑みを浮かべ、私は戸惑う海神官に更に問う。
「…一緒に、旅しない?独りは何かと面倒で。でも、2人なら色々楽しめそうじゃない?」
「……いいのか?僕が一緒にいても。」
おずおずと問いかけてくる彼に対し、満面の笑みを浮かべて答える。
「ダメなら誘わないわよ。って言うか、あなたが先に言ったのよ?『自分と一緒にいないか』って。」
ここでようやく、ダルの顔に初めて会った時のような笑みが浮んだ。
「それじゃあ、今からは雇い主とかじゃなくて仲間って事で。…改めてよろしくね、ダル=プリース。」
「…ああ。こちらこそよろしく、ルフィ=ジェネル。」
互いに一礼しあい…その宿を出た。
私は…私達はもう、独りじゃない。
時の流れから置いていかれた私達を、何が待ち受けているかは知らないけど…何であろうとぶちのめすのみ!魔王の分身すらも倒した私達だもの。まあ大抵の事は乗り切れる…ハズ!
私とダルの旅はまだ続くけど…それはまた、別の機会って事で!
これにて、「General and Priest」の最初の話である「銀髪の悪魔」は終了です。
ご要望があれば今後の話も書いて行きたいと思っています。
それでは、ここまで読んでくださった皆様方、どうもありがとうございました。