第05景 発狂兵
今日も病院の庭の花の舞台では極楽蝶が舞っています。
赤チンの飲み薬が功を奏したのか、小山上等兵の下痢は治ったようです。
小山さんの右隣の筵のベッドの兵隊さん・・・。
何を考えているのか、今日も幸せそうに笑って寝て居ます。
毛布には『岩村伸治二等兵』と書いてあります。
私は片手片足の無い辻さんに、あの笑う兵隊さんの事を聞いてみました。
すると、
「僕が此処に寝かされた時から何も喋らず天井を見詰めて笑って居たよ」
と言うのです。
で、野嶋婦長にも岩村二等兵と云う兵隊さんの事情を尋ねてみました。
すると婦長は、岩村さんは最初、尾籠の木陰から受付に並ぶ兵隊さん達の様子を伺って居たそうです。
その奇妙な行動をとる岩村さんを見て、衛生兵の伊藤さんが受付に連れて行こうとすると、
「自分は病気では無いッ! 放せッ!」
と騒ぎ始めたそうです。
騒ぎを聞きつけ看護兵の原さんも来て、岩村さんの精神を落ち着かせ受付で問診をしていると、
「吉祥寺の叔母さんが船に乗って迎えに来る」
と言ったそうです。
そして、
「吉祥寺の叔母さんに会って、どうしても一言、謝りたい事がある」
と話し始めたそうです。
ここは東部ニューギニアの最前線。
吉祥寺の叔母さんが来るはずはありません。
すると、並んでいた一人の兵隊さんが問診中の岩村さんを見て、
「あッ! あの野朗、高地を攻略中、オレ達に向かって手榴弾を投げてた男だ!」
と叫んだそうです。
並んで居た兵隊さん達もそれを聞いて騒ぎ始めたそうです。
オレ達に向かって?
『味方』に向かって?・・・。
私は夜の巡回中、あの岩村と云う兵隊さんの
「ククク」
と言う笑い声を聞くと、気味が悪くて逃げ出したくなります。
岩村伸治 陸軍二等兵(昭和十九年東部ニューギニアにて戦死)




