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第4話:操縦席の侵入者

第4話:操縦席の侵入者


山岡が解雇された翌日、高田邸には重苦しい沈黙が流れていた。潔癖な雷斗にとって、私的な空間である車内を汚されたショックは、単なる怒りを超えて「人間不信」に近いものへと変わっていた。

「……佐藤先生、少し相談に乗ってくれないか」

夕方の指導が終わった後、雷斗は健一と、豊に絵を教えていた美咲の二人をリビングに呼び出した。雷斗の顔には隠しきれない疲労の色が浮かんでいる。

「昨夜、運転手の山岡を解雇した。理由は……あまり口にしたくないが、私の信頼を裏切る行為があった。今の私は、出所の知れない派遣の運転手や、顔も知らない他人を私の車に乗せる気にはなれないんだ」

雷斗は縋るような目で健一を見た。

「君たち姉弟は、この数ヶ月、実によくやってくれている。礼儀正しく、誠実だ。……もし、君たちの身近に、信頼に足る人物はいないだろうか。例えば、君たちの父親はどうされている? 確か、長年運転の仕事をされていると聞いていたが」

健一の心臓が、歓喜で跳ねた。すべてはノートに記したシナリオ通り。いや、雷斗が自ら「父親」の名を出したことで、計画は予想以上の速度で完成へと向かっていた。

「父ですか……。実は、長年勤めていた会社を定年退職し、今は隠居のような生活をしております。ただ、二十年以上無事故無違反で通した男ですから、運転の腕と口の堅さだけは私が保証します」

健一は努めて控えめに、しかし確信に満ちた声で答えた。美咲も傍らで殊勝に頷く。

「父は昔気質の人間ですので、高田様のような立派な方のお役に立てるなら、これ以上の喜びはないと思います」

雷斗の表情が、目に見えて和らいだ。

「そうか……。佐藤君たちがそう言うのなら、間違いないだろう。ぜひ、一度会わせてもらえないか」


翌日。地下室で息を潜めていた父・**誠(仮)**は、一番上等な紺のスーツに身を包み、高田邸の正門の前に立った。

「初めまして。佐藤誠と申します」

誠は、健一から叩き込まれた「理想の運転手像」を完璧に演じた。伏せがちな目、余計なことは喋らない口元、そして何より、主人を立てる控えめな立ち振る舞い。

雷斗は誠を一度見ただけで気に入った。

「佐藤さん。君の息子さんには、娘が大変お世話になっている。……今日から、私の足になってくれないか」

その瞬間、佐藤家は「地下」と「一階リビング」、そして「移動する密室(車)」のすべてを掌握した。


数日後、父・誠が運転するレクサスの後部座席で、雷斗はこれまでにない安らぎを感じていた。

「佐藤さん。前の運転手は、少しお喋りが過ぎてね。君のように必要なこと以外口にしない男は、今の私には貴重だよ」

「恐縮です、旦那様。私はただ、安全にお送りするだけです」

誠はバックミラー越しに雷斗の様子を伺う。

健一からは、**「車内での雷斗の電話内容、行き先、カバンの中身、すべてを記憶しろ」**と厳命されていた。

雷斗が油断したその時だった。彼はスマートフォンのスピーカーをオンにし、ある人物と話し始めた。

「……ああ、明日の夜だ。いつものホテルで。例の件、書類は持っていく。妻には出張だと伝えてある」

誠の手が、わずかにハンドルを握りしめた。

雷斗の不倫、そして会社の裏帳簿に関わるような不穏な隠語。それらはすべて、誠の耳を通り、深夜、地下室の家族会議へと「報告」されることになる。


一方、家の中では、美咲が別の危機に直面していた。

豊に絵を教えている最中、背後に立っていた長女のるかが、ふと耳元で囁いたのだ。

「先生。パパ、新しい運転手さんが先生のお父さんだって、すごく喜んでたよ。……『身元がしっかりしてるから安心だ』って」

美咲は筆を止めた。るかの瞳には、すべてを見透かしたような冷徹な光が宿っている。

「ええ、父も緊張しておりますが、光栄に思っています」

「ふーん。……でもさ、あの『落とし物』。パパは山岡さんが連れ込んだ女のものだって信じてるけど。……私、知ってるよ。先生が、あの雨の夜、山岡さんの車で帰ったこと」

美咲の心臓が、凍りついた。

るかはニヤリと笑い、豊が描いている絵の具のパレットを指でなぞった。

「先生の家族って、本当に仲良しなんだね。パパの車の『中』も、この家の『下』も、みんなで分け合ってるみたいで」


美咲はその夜、地下室に駆け込み、健一にすべてをぶちまけた。

「健一、るかちゃんに気づかれてる! 彼女、全部知ってるかもしれない!」

健一はノートを閉じ、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には、恐怖ではなく、冷酷なまでの決意が宿っていた。

「……るかは、僕たちを追い出す気はないよ。彼女はこの家で、誰よりも孤独なんだ」

健一は、地下室の天井を仰ぎ見た。

「るかを『共犯者』にする。それが、この寄生を永遠のものにするための最後のピースだ」

佐藤家の侵食は、ついに高田家の子供たちの心にまで及び始めていた。

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