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第2話:招かれざる「共生者」

第2話:招かれざる「共生者」


「佐藤先生、ちょっといいかしら」

るかとの指導を終え、辞去しようとした健一を、夫人のかよが呼び止めた。リビングのソファに深く腰掛けた彼女は、どこか手持ち無沙汰そうに高級なハーブティーを口に運んでいる。

「実はね、下の息子の豊のことなんだけど。あの子、最近絵を描くことに夢中なの。でも、私が教えるわけにもいかないし……。どなたか、お知り合いに美大生か何かで、子供に絵を教えてくれるような方はいないかしら? 礼儀正しくて、佐藤先生みたいに信頼できる方なら最高なんだけど」

健一の脳裏に、ボロアパートの片隅で、狭いスペースを恨めしそうに見つめながら筆を走らせる姉・美咲の姿が浮かんだ。

これだ。

地下室に潜伏するだけでなく、家族を「表」の人間としてこの家に送り込む正当な理由。

「……ちょうど、僕の姉がデザイン学校に通っております。非常に真面目な性格で、子供好きです。もしよろしければ、一度お会いになりますか?」

「あら、佐藤先生のお姉様なら安心だわ! ぜひお願いしたいわね」

かよ夫人の快諾を得た健一は、内心で快哉を叫んだ。これで「家庭教師の弟」と「絵の講師の姉」という二重のパイプができる。家への出入りがこれほど容易になれば、計画の成功率は飛躍的に高まる。


その夜、健一は自宅のアパートで、両親と姉に計画の「修正案」を提示した。

「姉ちゃんは、豊くんの絵の先生としてこの家に入る。つまり、昼間は堂々とリビングにいていいんだ」

「でも、父さんと母さんはどうするの? ずっと地下に隠れているなんて……」

不安げな母に、健一は高田家の詳細な記録ノートを開いて見せた。

タクシーの深夜勤務で疲れ果てた父が、重い口を開いた。

「……そんなことが、本当に可能なのか? 泥棒と同じじゃないか」

「泥棒じゃない。これは『最適化』だよ、父さん。彼らは持て余している空間と豊かさを、僕たちは必要としている場所と生活を手に入れる。誰にも迷惑はかけない。ただ、そこに『いる』だけだ」

健一の言葉には、取り憑かれたような説得力があった。映像記憶によって再現される「完璧な生活」のビジョンに、貧しさに喘ぐ家族の心は、ゆっくりと、しかし確実に侵食されていった。


そして訪れた、雷斗の出張初日の夜。

父の運転するタクシーが、深夜の高級住宅街を音もなく滑るように進む。後部座席には、必要最低限の荷物をまとめた母と美咲。

「監視カメラの死角は、門から左に3メートル。僕がセンサーを一時的に無効化するから、その30秒の間に通用口へ」

健一の指示は、ミリ単位で正確だった。

暗闇に紛れ、四人は高田邸の敷地内へと滑り込んだ。健一の手には、美咲が自作した「特殊な鍵」が握られている。

カチリ、という小さな音と共に、あの地下室への扉が開いた。

冷たく、しかし清潔な空気が四人を包み込む。広大な空間、ふかふかのカーペット、そして最新の設備。アパートの湿った空気とは正反対の、乾いた「富」の匂い。

「……ここが、私たちの新しい家?」

母が震える声で呟いた。

「ああ。今日からここが、僕たちの聖域だ」


家族を地下室に落ち着かせ、健一は一息ついた。

計画通り、雷斗は出張。かよ夫人は友人と温泉旅行。家には、るかと豊、そして地下に潜む佐藤家。

しかし、健一の鋭い耳が、階上からの「異音」を捉えた。

トントン、トントン……。

階段を下りてくる、小さく軽い足音。

健一は心臓が止まる思いで、家族に「静かに!」とジェスチャーを送った。

扉の隙間から漏れる光。

そこには、パジャマ姿でテディベアを抱えた豊が立っていた。彼は、いつもは閉まっているはずの地下への扉が、わずかに開いていることに気づいたようだった。

「……だれか、いるの?」

暗闇の中で、健一は息を殺した。

映像記憶のノートにはない、計算外の事態。

「ねえ、お姉ちゃん? 絵のせんせい?」

豊の無垢な声が、地下室の静寂を切り裂いた。

その背後、二階の廊下からは、スマホのライトを照らしながら歩いてくる、るかの気配も近づいていた。

「豊? こんな夜中にどこ行ってるの?」

豊をるかを呼び戻した

逃げ場のない地下室で、健一は闇に溶け込みながら、次の一手を狂ったように思考し始めた。

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