―戦― 03:VS テラスト連合国 後編
ルルゥはルルゥで在って、違っていた。
万能な神にでもなったような感覚。神というものを信じたことも、見たこともなかったが、その感覚はうまく表現できないものだった。すべてのことを叶えられる自信にあふれた、危険な能力。だがそれは、ルルゥではないモノの力だ。
落ちろ、落ちろ、落ちろ! つぶれろ、つぶれろ、つぶれろ!
姉に害を与えようとした敵を殺す為に、破壊するためにこれほどの威力をぶつけ、ウラノメトリアの命令権を使っているのに。
敵機はそれ以上の操作と命令権を使って簡単に奪い取っていく。無我夢中で力を使っていたルルゥの身体が熱くなる。鼻血がぬるりと出てきて、そのままごぼっ、と溺れて息ができないような感覚が襲ってきた。
「あああああああああああああああああああああ!」
叫び声は、激痛の絶望に染まった。
身体中が沸騰するように熱い。苦しい。息ができない。
マギナを操っているのは、正確にはルルゥではない。ルルゥはウラノメトリアの『記録』を読み取っただけだ。そして、起こるはずのない奇跡を手にした。
目の前の彼女こそが持つ、その奇跡の力を模倣して使っている!
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
くるしい、くるしい、くるしい!
凄まじい演算能力。命令権行使の威力に身体が追いつかない。掻き集めるウラノメトリアが間に合わない。ルルゥの能力では処理できないものばかりだ。
眼球の毛細血管が破裂し、充血した。歯列の間から血が流れ、声をあげる、あげているつもりの唇から漏れ出る。
本人にぶつけているのに! それよりはるかに優秀な可能性を使っているはずなのに!
なぜこれほどまでに差があるのか。なぜこれほどまで。
ウラノメトリアを収束させる力が敵の方が速い。早い。呼吸をするように自然にやってのける化け物め!
けれどこの抵抗をやめたら姉が死ぬ。自分だけではなく、姉が。姉が姉が姉が姉が姉が!
「き、えろ、ばけものおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「消えるのは敵だ」
認識していた敵機のハンドラーが、そう、唇を動かした。こちらが見えている? そんなわけない。そんなわけない!
金色の塊の人間が、女が、こちらの命を捻り潰そうと指先を動かす。あああああああああああ、やめろやめろやめろ!
ばき。
こちらに向けて伸ばしている、武器の先端。届くはずのない距離で、だというのに、その先端が一気に伸びて貫いていた。装甲を、突き破って。
敵のハンドラーはこちらを凝視している。その目線が、視線が、姉のフィフィではなく、妹のルルゥを、みつめている。そこに怒りも、敵対心も、なかった。ただあるのは。作業をこなすような、造作もないと言わんばかりの、無関心さ。
「ほっ」
頭がおかしくなったのかと思った。敵機のコアの中の音が、きこえる。こっちは死にかけてるのに! これだけ全力を出しているのに!
軽く力を入れたみたいな声を出した。出された! あああああああ、ふざけるな!
くい、と少しだけ武器を、敵が押し出す。爪先立ちをして、少しだけ背伸びをするようなそんな動きで。
(ふざけ、ないでっ!)
コアへの攻撃が少しだけズレていたのだ。その動きを修正したのだ! こちらを逃がす気など一切ない。命を助ける気もない。
姉に迫る武器。迫る死。
ルルゥは真上にある遮蔽扉に手をついた。
「ねえさまああああああああああぁぁぁあぁあああああッッ!」
たすけて、だれかたすけて! まもって、まもってあのひとだけは!
突然、呼吸が楽になった。驚愕に目を見開く瞬間には、あぁ、と納得した。そうか、そうかだから、銀ではなく。金のひかりを、選んだのか。
「ぅわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!」
遮蔽扉を突き破り、泳ぐようにしてルルゥが飛び出す。そのまま瞬きする間に潰されそうな姉にしがみついた。抱き込んだまま、迫りくる武器を睨む。本来であればそれは捉えられない。みえているのは、この視界に映っているのは。
もう一度だ。たったもう一度だけでいい。
敵を殺すためではなく。
姉を守るために使え。
「代替者、宿れぇぇえ!」
即死の運命を拒絶するように叫んだ。喉がいたい。視界が赤い。うまく聴こえない。
ひとの肉体では限界は過ぎていた。それでも耐えたのは、引き寄せた記録が「救う」ということに関しては妥協しなかったからだ。凄まじい速度でルルゥの肉体を保護しながら同時に敵の武器の勢いを防いだ。そのまま押し合いになる。
驚きに瞬きをする、敵機の少女。彼女の細部の動きまでもがルルゥに伝わる。
(重い重いぃ! どけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけ!)
熱がコアの中に荒れ狂う。充満していた高濃度のウラノメトリアを使用して防ぎ続けているというのに、びくともしない。同じだけの出力で押し返しているだけに過ぎないが、ルルゥの視界ではその能力がルルゥとフィフィを守りつつ、敵の攻撃を押し返そうとし、尚且つ、脱出するために力を蓄えるという神業をやっていることが「見えて」いた。
人間が可能な域ではない。
ごぼり、と水底から大きな空気がこぼれる音がする。
敵機のハンドラーの真下の、動力源となっている存在が周囲への索敵をやめ、こちらにだけ集中した。
「ひ」
その射殺すとばかりの残忍な殺気がルルゥとフィフィの、急所というものをすべて、捕捉していく。攻撃の精度がぐんと上がり、血管までも標的に入る。そのすべてを貫き、息の根を止めるという恐怖が押し寄せる。なんだアレは。あんなものが、ラヴァーズ?
ルルゥの意志だけが視線を動かし、敵のラヴァーズを、みた。
広範囲の索敵をすべてやめたわけではない。割いていた能力の割合をこちらに多くしただけ。
瞼をかたく閉じ、膝を抱えて黙り込んでいる存在。ハンドラーよりもよほど正確にこちらの状況をみている。っ、ちがう。
おぞけが走った。
分析を、している。
「あ。あ、あ」
敵のハンドラーが大雑把に命令権を奪い続けるのも恐ろしかった。
けれど。けれども。
周囲の空気を丸ごと消し飛ばすような、そんなハンドラーよりもよほど恐ろしい。押し合いをしているその威力を。周囲の空気の流れを。ウラノメトリアの状況を。あれが、人間?
(ハンドラーよりあっちのほうが危険よ!)
音の伝達速度。攻撃手法の解析。こちらを看破するという、檻でも作るような動き。上下左右、すべての空間から、狙い撃ちに――――される。逃げ場がない。逃げる隙間がすべて埋まった。いまの今までは、あった逃走手段が奪われた。
ひとつ、またひとつ。
囲う檻の隙間が頑強に埋まっていく。息が、できなくなる。
逃走手段を奪い、そして反撃の手段を奪うつもりだ。命令権を使用しているハンドラーの邪魔にならないように静かに、それでも正確に、開いている扉や窓をすべて閉じるような感覚で物事を進めている。
(どうする! どうする!? どうするどうするどうする!)
ふつうならこの武器の、目の前で火花を散らしている武器の攻撃波だけでこちらは蒸発している。それを凌いでいるのは、同等の威力をなんとか出しているからだ。
マギナは空中に留まっていない。ぼろぼろと崩れている。溶けている。
ウラノメトリアという粒子マシンが、ぼろぼろになっていく。違う。ウラノメトリアで繋がっていたものが離れ、溶解しているのだ。ウラノメトリアの持つ『力』を根こそぎ奪っていることで起きていると言える現象だった。
一方通行の破壊なら、こんなことは起きない。それほどにここでぶつかり合っている力がどれほどのものか、わかる。
そしてこの状態でいられるのは、このハンドラーの未来の可能性を使っていることによるものだ。いや、そうなる可能性があるという見積のようなものだ。今の時点でこれほど拮抗しているのなら、本当の未来なんて予想できない。
「ぎ、ぎぎぎ、ぎぎぎぎぎ」
歯を軋ませて耐える。食いしばったそれが、折れそうなほど、だ。
下から貫かれているからなんとか空中に留まっている状態。そしてこの場での力の衝突で場が、歪みを生んでいる。
ほんの一秒。そして一秒。
長い、と感じる速度。その時間。
ルルゥが借りている、模倣している「救世主」には、敵ハンドラーのような無機質さがない。敵をほふるのではなく、目の前で庇うように立つ姿がうかがえるような人格者だ。
腕の中の姉が反応できない世界。ウラノメトリアをこれほどの高い意識で「見た」ことはない。普段から余計な感覚を得たくなくて、すべてのものを閉じていた。きっと二度とできない。こんな、こんな……!
(堪えろ)
姉を助けるのだ。守るのだ。自分の命よりも大事なこのひとを、守り抜くのだ。そう決めた運命の日を姉は憶えていないだろうが、それでいい。ワタシだけが知っていて、ワタシだけがその誓いを胸に灯しているだけでいい。
だが悔しい。
姉を想う気持ちは本物で、大事で、大切で、愛おしいものなのに。
その想いだけでは覆らないほどの、絶対的な力の差。
いくら保護しているとはいえ、これ以上は危険だ。身体の感覚がない。痛みが、ゆっくりと冷たさになる。からだの中のもろもろに大事な箇所が、悲鳴をあげる。意識がまだあるのは、意地だ。気力だ。
敵は二人。それもおそらく、この世界では最強とも言えるウラノメトリア操作能力の持ち主。国が飼えるようなものではない。……気づかれていないのは、同じほどの能力者がいないから?
瞬き。
刹那。
視界がまわった。転倒、と思った時に膝をつき、蓄えたウラノメトリアに対して起動の命令を出す。拳ほどの力の塊のそれが、はじける。落ちる、と判断するよりも先に、その場を起点として一気に後方に引っ張られた。戦場から瞬きの間に脱出した。
身体に縄でも括りつけたような勢いに、ルルゥは強く目を閉じて姉を抱きしめた。
すでに模倣の力が剥がされている。薄皮がめくれるように、その膜がすべて身体から消え失せている。あっという間に、手にしていた力が遠ざかる。金色の敵から、瞬時に距離ができた。
敵のラヴァーズの檻を破壊した。敵のハンドラーが少し目を見開いている。知覚したその情報に一瞬で手が届かなくなる。
空に放り出されたルルゥが縮こまっている姉を抱きしめる。姉はあの恐ろしい敵のことをきちんと認識はできていない。あの敵は、絶対に会ってはならない存在だ。敵として会ったが最後、こちらが殺されるまで終わらない。
(保護、して、もらった……から、まだ、ま……だ)
そこで意識が途切れた。




